昔の乗り物は、よく揺れました。また、舗装されていない道路も多く、そういう所を走れば、どんなクルマでも上下左右に大きく揺さぶられました。鉄道も、ローカルな路線ほど列車が大きく揺れました。
そして、その “揺れ”のおかげで、長時間座っていても、シートと接している大腿の後面、臀部、腰、背中などが、長時間の圧迫から逃れられたのです。更に、体が揺り動かされ続けますから、静脈やリンパ管のポンプ作用によって、血液やリンパの流れも自然に促されました。なお、この詳細は後述します。
ところが現代になって、乗り物の乗り心地が大きく改善され、道路や線路の凹凸や歪みも、昔に比べると無いに等しくなくなりました。その結果として、乗り物から “揺れ”が “奪われた”のです。
その結果として何が起きたのかと言いますと、長時間座っていると、シートと接している体の部位が圧迫され続け、血流やリンパの流れが滞るようになりました。ひどい場合には血栓が出来てエコノミー症候群を発症するリスクも高まりました。更に、体はほぼ静止状態が続きますので、静脈やリンパ管のポンプ作用が働かなくなり、浮腫(むく)みやすくなりました。なお、この詳細も後述します。
多くの場合、“快適性”というものは、健康を損なう原因になることが多いのですが、今回は、“揺れ”について見ていこうと思います。因みに、もっと短い周期の“振動”につきましては、既に『日常生活から振動を無くしてはいけない』にて述べていますので、必要に応じてご覧ください。
◆ 揺れると圧迫が解除されるメカニズム
ちょっと小難しい見出しになりましたが、すごく簡単なことです。
まず、圧迫される場合を見てみましょう。揺れない近代的な乗り物のシートに座っていると、シートの座面や背面と、自身の体重とによって挟まれた体の組織、即ち、下腿の後面(太ももの裏)、臀部、腰、背中などの組織が圧迫され続けます。その結果、その部位の血管やリンパ管も圧迫され続け、血液やリンパ液の流れが、多かれ少なかれ制限されます。
では、揺れる乗り物に乗った時の様子を見てみます。路面や線路に凹凸または上下のうねりがあるとしましょう。そこを通過したクルマや電車は大きく上下に揺れます。酷ければ、体がフワッと浮き上がることでしょう。その瞬間、圧迫が解除されるわけです。理想的には、腰を痛めない程度に大きく、クルマや電車が上下に揺れ続けているほうが、血液やリンパ液の流れはスムーズになります。
◆ 筋収縮に伴うポンプ作用について
まず、本来のポンプ作用について見てみましょう。静脈は、どちらかと言えば体表の近くを通っており、血管壁も薄くて柔らかく、血圧も非常に低い(数mmHg~数十mmHg)ですので、軽く圧迫するだけですぐに止まってしまいます。また、下腿部の静脈血は重力に逆らって心臓まで戻るだけでも大変ですので、それに大腿部の圧迫などが重なると、心臓まで戻ることが大変難しくなります。
ただ、少し改善できる工夫はされています。それは、下腿部や大腿部の筋肉の収縮に伴って、周辺を通っている静脈も押しつぶされたり広がったりしますので、それをポンプとして使うことで、なんとか循環をアシストするようになっています。なお、中等度のサイズの静脈には、数cm~十数cm間隔で逆流防止弁がついていますので、静脈血は心臓のほうへと一方通行することになります。
そして、リンパ液の流れのほうが大問題です。ヒトの場合、リンパ系には専用のポンプがありませんので、筋肉の収縮によるポンプ作用によって流れることになっています。また、逆流防止弁の数は相当多く、平均的には数mm間隔で設けられています。
ただ、静脈血よりも流れにくい理由は、心臓による血圧の恩恵がほぼゼロであること、途中にリンパ節が存在して抵抗になること、静脈に比べると筋肉からの距離が遠い場合が多いこと、そもそも流れるスピードがかなり遅いことなどで、かなり流れにくくなっています。
従いまして、リンパ液をスムーズに流すには、筋収縮や体の動きによって生じるポンプ作用が、かなり重要だということです。マッサージでもOKですが…。
◆ 揺れない乗り物と揺れる乗り物のポンプ作用
上記のポンプ作用は、静脈やリンパ管が、ぎゅっと押しつぶされ、その後に広がる(圧迫から解放される)という動作と、逆流防止弁との共同作業で発生します。
先ずは、“揺れない”乗り物に乗って、じーっと同じ姿勢を保つとしましょう。筋肉のポンプ作用が働きませんので、特に下肢のリンパ液は大いに滞留します。これに、上記の“圧迫”が加わるわけですから、もう、殆ど流れなくなります。
さて、今度は、“揺れる”乗り物に乗ったとしましょう。路面や線路に凹凸または上下のうねりによって、そこを通過したクルマや電車は大きく上下に揺れます。そのたびに、シートと接している大腿の後面、臀部、腰、背中などがの組織が強く圧迫されたり、元の状態に戻ったりを繰り返します。ちょうど、手押しポンプをシュポシュポと動かしているように…。リンパ管にも静脈にも逆流防止弁が付いていますので、乗り物が上下に大きく揺れるたびに、リンパ液も静脈血も、どんどん流されていきます。
揺れることで、体に起きる変化は、シートと接している部分だけではありません。頭から足先まで、全身が揺さぶられます。揺さぶられれば、それによって圧迫される組織もあるでしょうし、引き伸ばされる組織もあるでしょう。それに伴って、リンパ管や静脈のポンプ作用が働きます。この、全身で起こることのメリットはかなり大きいと思われます。
更に、単に圧迫と引き伸ばしによるポンプ作用だけでなくて、加速度と液体の慣性力と逆流防止弁によるポンプ作用も働くことになります。まぁ、イメージとして、円筒形の筒の中央に一方向だけに開く弁を付け、その筒の中に半分ぐらい水を入れ、左右に大きく振ってみてください。内部で水も左右に動きますが、途中に弁がついていますから、水は片方に移動していきます。これも、全身レベルのポンプ作用だということになります。
◆ 揺れる乗り物は健康器具だ!!
上記のように、揺れる乗り物、要するに、“乗り心地の悪い乗り物”は、それに乗っているだけで血液やリンパ液の循環が滞りなく進行しますので、車内に按摩器やマッサージ器を設置する必要はありません。
逆に、揺れなくなった近年の高級車の中には、シートにマッサージ機能を搭載したクルマが多数あります。それは、揺れないからリンパ液や静脈血の滞留が起きるので、人工的に圧迫したり揺らしたり振動を与えたりするわけです。快適さを追求した結果、自分で自分の首を絞めたことになっているわけで…、人間たちは、一体何を考えてるんでしょうね。
皆さま、大いに揺れたり振動したりするクルマや電車を、もっと尊敬しましょう。
