◆ 膝の痛みを引き起こす原因は多岐にわたる
膝の痛みと一口に言いましても、その原因は実に多様です。代表的なものを挙げるだけでも、関節軟骨や半月板が変性する変形性膝関節症、半月板損傷、前十字靱帯や側副靱帯の損傷、膝蓋骨脱臼、膝周辺の骨折などがあります。また、成長期の子どもに多いオスグッド・シュラッター病、スポーツ活動に伴うジャンパー膝やランナー膝、鵞足炎、離断性骨軟骨炎なども膝痛の原因になります。
さらに、関節周囲の組織に由来するものとして、関節を包む滑膜の炎症、膝蓋前滑液包炎、ベーカー嚢胞、膝蓋下脂肪体の炎症などがあります。また、関節リウマチ、痛風、偽痛風、化膿性関節炎といった炎症性・感染性疾患も膝の痛みを引き起こします。その他にも、膝蓋大腿関節症、膝蓋軟骨軟化症、特発性膝骨壊死、軟骨下脆弱性骨折、関節内遊離体なども知られています。
このように、膝痛の原因は、軟骨、半月板、靱帯、腱、骨、滑膜、滑液包など、さまざまな組織に及びます。「膝が痛い」と言った場合、原因となる組織や発生機序が異なれば、必要となる対処法も異なってきます。
そこで、本記事では、中高年に多く見られる“変形性膝関節症”を中心に取り上げようと思います。そして、一般的な痛みへの対処だけでなく、膝関節の構造や機能に何が起こっているのかを整理し、健全性を維持・改善するための方法を考えていきます。
◆ 痛みを抑えることと、膝関節を治すことは同じではない
変形性膝関節症によって膝に痛みを感じるようになると、多くの人は医療機関を受診することになるでしょう。そこで行われる対応としましては、関節内に関節液が過剰に貯留していれば、それを穿刺して抜く処置、痛みや炎症を抑えるための消炎鎮痛薬の処方、関節内へのヒアルロン酸注射などが挙げられます。症状や関節の状態によっては、手術によって関節の構造や機能を改善する方法も選択され、損傷が進行した場合には人工関節置換術が行われることもあります。
これらの処置には、それぞれ異なる目的と役割があります。関節液を抜く処置は、過剰な関節液による腫脹や圧迫感を軽減することを目的とし、消炎鎮痛薬は炎症や痛みを抑えるために用いられます。また、ヒアルロン酸注射は関節内の環境に働きかけ、症状の軽減を図る方法です。また、人工関節置換術は、損傷が進んだ関節の構造を置き換えることによって、関節機能の再建を目指す外科的治療です。
ここで考えておきたいことがあります。これらの処置によって痛みが軽減したとしても、関節軟骨や半月板の損傷、関節周囲の筋肉の機能低下、関節を支える組織の変化などが、必ずしも元の健全な状態に戻るわけではないということです。つまり、症状を軽減することと、膝関節を構成する組織や機能を回復させることは、分けて考える必要があるということです。
例えば、関節液が過剰に貯留するのは、滑膜の炎症などによって関節内の液体の産生と吸収のバランスが崩れた結果である場合があります。その液体を抜けば腫れや圧迫感は軽減できますが、液体が過剰に産生される原因まで取り除かれたことにはなりません。同様に、消炎鎮痛薬によって痛みが抑えられても、軟骨や半月板の状態が改善したことを意味するわけではありません。
では、膝関節の健全性を維持・回復させるためには、何に着目すればよいのでしょうか。それは、痛みという現象だけを見るのではなく、膝関節を構成する組織がどのような状態にあり、どのような力学的負荷を受け、どのような機能が損なわれているのかを理解することです。そして、その問題に対して、日常生活の中で、どのような働きかけができるのかを考える必要があるわけです。
◆ 変形性膝関節症の患部では何が起きているのか
変形性膝関節症は、一般に「膝関節の軟骨がすり減る病気」と説明されることが多いのですが、実際には、関節軟骨だけに限局した問題ではなくて、関節軟骨、半月板、軟骨下骨、滑膜、靱帯、関節包、さらに関節周囲の筋肉など、膝関節を構成する複数の組織に変化が生じる病態です。即ち、膝関節全体の構造と機能のバランスが崩れていく疾患として捉える必要があります。
では、先ずは、関節軟骨について見てみましょう。関節軟骨は、骨の関節面を覆う滑らかな組織であり、関節運動時の摩擦を小さくするとともに、荷重を分散させる役割を担っています。その主成分は、水分、Ⅱ型コラーゲン、プロテオグリカンなどであり、軟骨細胞がこれらの細胞外基質を維持・更新しています。ところが、加齢や過剰な力学的負荷、外傷、代謝的要因などが重なると、軟骨細胞の働きや細胞外基質の代謝バランスが変化し、基質の分解が合成を上回るようになります。その結果、軟骨の含水状態や弾性、荷重を受け止める能力が変化し、表面のささくれや亀裂、軟骨の菲薄化などが進行していきます。
このとき、軟骨細胞では、基質を分解する酵素であるマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)や、アグリカン(大型のプロテオグリカン)を分解するADAMTSなどの活性が高まり、軟骨基質の分解が促進されます。また、炎症性サイトカインなどのシグナルも、軟骨細胞の代謝状態に影響を与えます。こうした変化によって、軟骨の維持・修復能力と分解のバランスが崩れ、組織としての健全性が徐々に失われていきます。
次に、軟骨の直下にある軟骨下骨についてですが、これにも変化が生じます。軟骨下骨は、関節軟骨を下から支える骨組織であり、荷重を受け止めるとともに、その力を周囲へ伝達する役割を担っています。変形性膝関節症では、骨の吸収と形成のバランスが変化し、骨梁の構造変化、骨髄病変、骨硬化、骨棘形成などが見られるようになります。骨の表面が硬く厚くなる骨硬化は、一見すると支持力が高まったようにも見えますが、骨の弾性や荷重分散の性質も変化しますので、関節に加わる力の伝わり方に影響を及ぼします。
半月板にも重要な変化が起こります。半月板は、大腿骨と脛骨の間に位置する線維軟骨性の組織で、荷重を分散し、関節の安定性を高める役割を担っています。変形性膝関節症では、半月板の変性や断裂、位置のずれ(逸脱)が生じることがあります。特に半月板が関節の外側へ逸脱すると、荷重を分散する機能が低下し、関節軟骨や軟骨下骨の一部に負荷が集中しやすくなります。これによって、関節内の力学的環境がさらに変化する可能性があります。
さらに、関節を包む滑膜にも炎症性の変化が起こることがあります。滑膜は関節液を産生する組織であり、関節内の環境を維持するうえで重要な役割を担っています。変形性膝関節症では、損傷した軟骨や半月板などから生じる組織片や分解産物、炎症性シグナルなどが滑膜に作用し、滑膜炎を引き起こすことがあります。その結果、関節液の産生が増加し、関節内に液体が過剰に貯留して、腫脹や、関節の動かしにくさにつながる場合があります。
その他にも、靱帯や関節包、関節周囲の筋肉にも影響が及びます。関節の構造変化や痛みによって膝を動かす機会が減ると、大腿四頭筋をはじめとする筋肉の筋力や機能が低下しやすくなります。また、関節の安定性や可動域にも変化が生じ、歩行や立ち上がりなどの日常動作に影響を及ぼします。こうした機能低下は、関節に加わる力の分布を変化させ、さらなる負荷の偏りにつながることもあります。
ここで、膝の痛みがどこから生じるのかという点にも触れておきましょう。関節軟骨そのものには、通常、痛みを感じる神経がほとんど分布していませんので、軟骨が損傷していても、それ自体が直接痛みを発生させるわけではありません。痛みには、滑膜、軟骨下骨、骨膜、関節包、靱帯など、神経が分布する組織の変化が関係しています。炎症性物質によって痛覚神経が刺激されることもあれば、神経の感受性が高まることによって、通常なら強い痛みを生じない刺激でも痛みとして感じられるようになる場合もあります。
このように、変形性膝関節症では、関節軟骨の変性を起点または一要素として、軟骨下骨、半月板、滑膜、靱帯、筋肉などに複雑な変化が生じます。そして、それぞれの組織の変化が互いに影響し合って、関節全体の力学的・生物学的な環境を更に変えていきます。従いまして、膝関節の健全性を考える際には、軟骨の摩耗だけに注目するのではなく、関節を構成する各組織の状態と、それらの相互作用を理解することが重要になります。
◆ なぜ膝関節に負荷が集中するのか
前回の記事『人間の体はココが壊れやすい――脆弱性ランキング』におきまして、膝関節の脆弱性は、腰椎・椎間板に次ぐ第2位であることを紹介しました。膝関節は、直立二足歩行をする人体の中でも、特に大きな荷重を受ける関節の一つです。立っているときには上半身の重量を支え、歩行や階段の昇降、立ち上がり、しゃがみ込みなどの動作では、体重に加えて運動に伴う衝撃や、筋肉の収縮による力も受けています。そのため、膝関節に加わる力は、単に体重だけで決まるものではなく、姿勢、動作、筋力、関節の形状、下肢全体の配列など、複数の要因によって変化します。
例えば、歩行時には、膝関節には体重の数倍に相当する力が加わることがあり、階段の昇降やランニング、ジャンプ後の着地などでは、更に大きな力が加わります。特に着地時には、瞬間的に大きな衝撃荷重が発生し、その力は着地姿勢や膝の屈曲角度、筋肉による衝撃吸収の程度などによって大きく変化することになります。
また、歩行時には片脚で体重を支える局面が生じるわけですが、このとき、身体の重心と股関節・膝関節の位置関係によって、膝関節には圧縮力だけでなく、内反・外反方向へ回転させようとするモーメントも加わります。特に膝関節の内側に荷重が偏ると、内側コンパートメントに大きな負荷がかかりやすくなります。実際、変形性膝関節症では内側型が多く見られますが、これは下肢の配列や歩行時の力学的条件などが関係しています。
この荷重の偏りに関係する重要な要素の一つが、下肢のアライメントです。即ち、大腿骨と脛骨の配列が内反方向に傾いている、いわゆるO脚では、膝関節の内側に荷重が集中しやすくなります。反対に、外反方向に傾いたX脚では、外側コンパートメントへの負荷が増える場合があります。こうしたアライメントの違いは、関節面に加わる圧力の分布を変化させ、長期的には軟骨や半月板、軟骨下骨などの状態にも影響を及ぼします。
また、膝関節の荷重を分散する上では、半月板が重要な役割を担っています。半月板は、関節面の適合性を高めるとともに、荷重を広い面積に分散させる働きを担っています。ところが、半月板が変性したり断裂したり、関節の外側へ逸脱したりすると、荷重を受け止める面積が小さくなり、関節軟骨や軟骨下骨の一部に圧力が集中しやすくなります。つまり、半月板の機能低下は、関節軟骨に加わる力学的負荷を増大させる要因になるわけです。
筋肉の働きも、膝関節に加わる負荷を左右します。大腿四頭筋は膝関節を伸展させる主要な筋肉であり、歩行や立ち上がり、階段昇降などにおいて膝の安定性を保つ役割を担っています。また、ハムストリングスや腓腹筋、股関節周囲の筋肉なども、下肢全体の動きを制御し、膝関節に加わる力の方向や大きさに影響します。これらの筋肉の筋力や協調性が低下すると、動作時の関節安定性が損なわれ、特定の部位に負荷が偏りやすくなる場合があります。
さらに、膝関節の屈曲角度によっても、荷重が加わる部位や関節内の圧力分布は変化します。膝を深く曲げる動作では、脛骨大腿関節だけでなく、膝蓋骨と大腿骨の間にある膝蓋大腿関節にも大きな圧縮力が加わります。階段の昇降やしゃがみ込みなどで膝に負担を感じやすいのは、こうした関節内の力学的条件が関係しています。特に、膝蓋大腿関節では、膝の屈曲角度や大腿四頭筋の収縮力によって、関節面に加わる圧力が変化します。
加えて、体重そのものも膝関節の負荷に関係します。体重が増加すれば、立位や歩行時に膝が支える荷重も増加します。上述しましたように、歩行中には体重を上回る関節反力が生じますので、体重の増加は膝関節に加わる力を更に大きくする要因になります。また、体重の増加は、脂肪組織から分泌されるアディポカインなどを介して、関節内の炎症性環境にも影響する可能性があります。従いまして、体重は力学的な負荷と生物学的な影響の両面から、変形性膝関節症に関係していると考えられます。
このように、膝関節に加わる負荷は、体重だけで決まるものではなく、下肢のアライメント、歩行時の身体の動き、半月板の状態、筋肉の機能、膝の屈曲角度などが複合的に関係しています。そして、これらの要素が重なり合うことで、関節内の特定の領域に負荷が集中し、軟骨や軟骨下骨などの組織に継続的な影響を与えることになるわけです。
ただし、重要なことは、膝関節に加わる力そのものが、必ずしも有害なわけではないという点です。関節軟骨や骨、筋肉などは、適切な力学的刺激を受けることで、その構造や機能を維持する性質を持っています。問題になるのは、組織の適応能力を超える負荷が繰り返し加わる場合や、荷重が特定の部位に偏り続ける場合です。従いまして、膝関節の健全性を維持するためには、負荷を単純に減らすだけでなく、関節全体に適切に分散させ、組織が本来持っている適応能力を保つことが重要になります。
◆ 膝関節の健全性を取り戻すためにできること
ここまで見てきましたように、変形性膝関節症では、関節軟骨だけでなく、半月板、軟骨下骨、滑膜、靱帯、筋肉などにも変化が生じ、さらに関節に加わる力学的負荷の偏りが、それらの変化に関係しています。従いまして、膝関節の健全性を維持・改善するためには、痛みを一時的に抑えることだけでなく、関節に加わる負荷を適切に調整し、関節を支える組織の機能を維持・向上させ、関節内の生物学的環境にも目を向けることが重要になります。
具体的な対策は、大きく分けると、①膝関節に加わる過剰な負荷を減らすこと、②関節を支える筋肉や運動機能を維持・向上させること、③体重や栄養状態などを整え、関節組織を取り巻く環境を改善すること、④必要に応じて医療的な処置を利用すること、の4つに整理できます。
これらは互いに独立したものではなくて、例えば、体重を適正化すれば膝関節に加わる力学的負荷を減らすことができますし、筋力や身体の動作機能を高めれば、関節の安定性や荷重の分散にも良い影響が期待できます。また、痛みや炎症が強い時期には、それらを適切に抑えながら運動機能の回復を図ることも必要になります。
重要なことは、膝をできるだけ動かさずに安静を保つことでも、痛みを我慢して運動を続けることでもありません。その時点での関節の状態に応じて負荷を調整しながら、関節を支える組織が本来持っている機能を維持し、適切な刺激を与えていくことです。
具体的な方法は、日常生活での工夫から、運動、栄養、医療的な介入まで多岐にわたります。それぞれの方法について、その仕組みや期待できる効果も含めて丁寧に紹介したいですので、次回の記事で取り上げることにします。即ち次回は、膝関節の健全性を維持・改善するために、私たちが実践できることを具体的に考えていきます。
