完全に絶食状態になるのは、災害などによって身動きがとれなくなった時や、消化器系の手術などによって食べることが出来なくなった時を挙げることができるでしょう。ただ、後者の場合は医療機関によって対処が行われますから、点滴などによって糖類やビタミン類をはじめとした必要成分が注入されますので、現実的には前者の場合が主であると言えます。また、ファスティング(断食)中は、必要な成分が不足しないように適宜補給することが望まれる、ということになります。
いずれにしても、完全に絶食状態になった時には、体内では一体どのような変化が起こるかを知っておくことは極めて重要であると言えます。
細かく見ていくとなると、際限が無いほど細かく見ていくことができますので、ここでは、極めて重要であると思われる代表的な成分に絞って見ていくことにしましょう。
掲載した図(同図のPDFファイル)の左上から見ていきますが、グルカゴンは血糖値を高める指令を伝えるホルモンで、主に膵臓にて生合成・分泌されるものです。5日間ほどの絶食であれば、日数の経過と共に血中濃度がどんどんと上昇していくことになります。これによって体内にて賄(まかな)えるグリセロール、糖原性アミノ酸、ピルビン酸などを原料にして糖新生が行われます。そのおかげで、血糖値は最終的に最低ラインを維持することになります。
なお、肝臓の機能が極度に低下している場合は糖新生が期待できないことや、平素からインスリン分泌が少なかったり、インスリン抵抗性が生じている場合は、低血糖にならないように厳重に注意する必要が出てきます。
その他の様々なホルモンの血中濃度は、種類によって僅かに上昇したり、逆に減少したりしますが、グルカゴンほどの大きな変動は無いと捉えて問題は無いでしょう。
図の左側の真ん中あたりに挙げたのは遊離脂肪酸ですが、これは絶食状態が始まると共に、体に蓄えていた貯蔵脂肪が分解され、それが多量に血中に出てくることになります。従いまして、平素から血中脂肪濃度が高い人は、適宜に糖質を補給することによって血中遊離脂肪酸濃度が高まり過ぎないように注意する必要があります。
一方、体のほうも工夫をしてくれます。それは、血中遊離脂肪酸濃度が高まり過ぎないように、及び、脂肪酸をエネルギー源にするときに多量に必要な酵素(CoA)を節約するために、途中で(TCA回路に入る前に)ケトン体へと変換してくれます。そのため、絶食から2日ほど経過すると、ケトン体の代表的成分であるβ-ヒドロキシ酪酸の血中濃度がどんどんと高まっていきます。この上昇は、およそ20日後ぐらいまで続くことになります。
図の左下に挙げたのは尿素窒素、及び尿酸です。尿素窒素は、体内で筋肉を分解して得たアミノ酸をエネルギー源として利用したときに、そのアミノ酸から切り離されたアミノ基が原料になっています。尿酸は、DNAやRNAやATPが分解されたときに切り離されたプリン体が更に代謝されたものです。要するに、口から食べ物が入ってこない場合、自分の体を分解してでも必要なものを確保する、という活動による代謝産物です。このように、絶食中は自分の体を食べる肉食動物と化すわけですので、特に腎機能に問題を抱えている場合は、自分の体を分解しなくても済むように、何とか配慮する必要が出てきます。
図の右側上方には、種々のビタミンを挙げました。ビタミンの種類によって血中濃度変化の仕方には違いがあります。最も気にすべきなのは、ビタミンB1とビタミンCの濃度低下です。
ビタミンB1の欠乏状態は種々の大きな弊害をもたらすことになりますが、絶食と重なった場合は乳酸が多量に生じることになり、いわゆる代謝性アシドーシスを引き起こすことになります。更に腸内細菌による補給も期待しにくいですので、特に注意するビタミンだと言えます。
その下に挙げたのがビタミンCですが、これはニホンザルの記事の中でも少し紹介しましたが、絶食にすると減っていく一方となります。
その他、ビタミンB6や葉酸も減少を示しますので、このあたりのビタミン対策が必要になってくることになります。
アミノ酸につきましては、血中濃度は絶食時もほぼ通常通りに維持されるわけですが、その分は筋肉が分解されていくことになります。
もう一つ、血中濃度ではないのですが、小腸内壁の粘膜細胞の主要エネルギー源がアミノ酸のグルタミンですので、絶食が2~3日でも続くと、小腸壁の健全性が失われることになります。従いまして、腸に疾患を持っている場合は、一般的な点滴では腸管内にグルタミンを届けることができませんので、強引にでも消化管内へと管を通す必要に迫られてきます。
文字数が多くなってきましたので今日はここまでにしますが、これはあくまで健常人が完全に絶食した場合の話ですので、一般的には体験しにくい特殊な状況の場合であることにご留意ください。