自然界がもたらすファスティングの様子

 ファスティング(断食)に関して、その基本となることについて見ていきたいと思います。野生動物におきましては、自分の食欲とは無関係に、食べ物が満足に得られない状況が生じることがあります。そのような状況が生じる割合は、熱帯雨林では比較的少なく、四季がはっきりしている地域ではそれなりに生じてくることになります。最も過酷だと言えるのは、冬場に雪や氷で覆われてしまうような地域であり、菌類も、植物も、昆虫や爬虫類などの小動物も、低温ゆえに活動できなくなるため、少なくとも地表にて活動することをやめてしまいます。その結果、それらを餌としている大型の動物は、食料確保が非常に難しくなり、なかには餓死してしまう個体も出てくるほど、非常に過酷な状況に陥ってしまいます。望むべくもない、そして避けることもできない、大自然がもたらす自然的なファスティング期間が、毎年のように訪れることになります。

 では、そのようなファスティング期間が訪れることは、彼らにとってメリットなのでしょうか…、それともデメリットなのでしょか…。例えば、可哀そうだと思い、野生のニホンザルに対して、冬場だけでも、彼らのために人間が餌をあげることにしたらどうなるでしょうか。
 彼らに餌をあげると、それは嬉しそうに食べることでしょう。そして、次の日も、その次の日も人間のそばに寄ってきて、餌をおねだりすることになります。その餌に含まれる栄養素が、ニホンザルにとって極めて理想的なものであれば、糖尿病やアレルギーを発症する割合は少なくなると思われますが、最大のデメリットは、もう野生に戻れなくなってしまうことです。冬が過ぎて春が来ても、そのニホンザルは人間から餌をもらうために人間に近づき、貰えないとなれば力ずくでも奪い取ろうとする性格を形成してしまうことでしょう。現代の人間社会において、人間が他人を騙してでも何かを奪い取ろうとする姿に似てくると言えます。

 人工的にニホンザルを飼育されている動物園のような施設は多くあります。今では随分と改善されていることと思われますが、以前には、人間社会で売られているような果物や野菜などを買ってきて、それを与えていたせいで、糖尿病や花粉症などのアレルギーが頻発しました。そもそも、野生の植物には糖分濃度の高いものは殆ど存在しません。食料品売り場で売られている果物や野菜は、人間が品種改良(品種改悪)したが故に、本来の含有成分バランスを崩してしまったものが殆どです。そのため、それを買って与えていると、人間に起こっている様々な病気がニホンザルにも起こるようになってしまいます。
 結局、冬場の野生のニホンザルに楽をさせてあげようと人間が餌をあげると、デメリットばかりが生じてくると言えそうです。

 長い目で見れば、少なくとも寒い地域に棲むニホンザルにとって、毎年冬に訪れる厳しいファスティング期間は、これを乗り越えられた個体のみが子孫を繁栄していくという自然選択圧の一つになっていて、生物進化の原動力にもなっています。そのような厳しい期間であっても、人間は決して食べ物を彼らに与えてはいけない、ということになります。

 では、数か月以上にも及ぶ長いファスティング期間中のニホンザルの、栄養面、生理学的側面はどうなのか…、という点についてですが、図(高画質PDFはこちら)に書き込んだような工夫を彼らは行っています。
 一つは、冬場の硬い木の芽をかじり取ったり、木の枝や幹の樹皮をかじり取って食べています。このような植物の部分は、当然のことながら、果実などとは違って動物が好む栄養素や味は非常に薄く、多くはセルロースやリグニンなどの繊維質です。ただ、彼らの腸管内には、これらを消化分解できる腸内細菌が多く棲みついており、彼らの糞便に樹皮がそのまま出てくることはありません。繊維質によって腸内細菌が養われ、各種の脂肪酸、アミノ酸、ビタミンなどがニホンザルに供給されているからこそ、彼らは冬を乗り切ることができるわけです。最も懸念すべきこととして、彼らも自ら合成できないビタミンCの補給が大きな問題になりますが、多量の木の芽や樹皮を食べることによって、なんとか賄えていると考えられます。
 もう一つ挙げておきますと、冬場の長いファスティング期間中、ニホンザルはタンパク質を時々補充します。掲載した図の下段に幾つかの写真を載せましたが、ライチョウを捕まえた様子、川で魚を捕っている様子、捕まえた大きな魚を咥えて持って帰る様子が捉えられています。ニホンザルのタンパク質要求性は、他の霊長類に比べると比較的低いそうですが、このように、時々タンパク質の補充を行っています。ヒトを含めた霊長類は、ライオンなどのドカ食いをする肉食動物とは異なり、毎日、比較的長い時間を食事に費やすようになっていますので、胃から小腸のほうに常にアミノ酸が流れ落ちてくることを前提としていますから、ファスティング中であってもグルタミンなどのアミノ酸を補給し続ける必要があるということです。それでも足りない分は、自分の筋肉を分解してアミノ酸を確保しますが、それが過度になると運動能力が低下してしまいますので、野生で生きていくことが出来なくなります。
 北国は、春まで、もう少し期間が必要ですが、お猿さんには頑張ってほしいところです。なお、ファスティングニついては奥が深いですので、今後、ぼちぼちと紹介していくつもりです。

 
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