リスクを回避しながら断食(ファスティング)を行う方法

リスクを回避しながら断食(ファスティング)を行う方法

 断食(Fasting、ファスティング)に関連する記事は、先に『グルタミン摂取が途絶えると小腸粘膜はボロボロと剥がれ落ちていく』、『完全に絶食した場合の血中における主要成分の濃度変化』、『自然界がもたらすファスティングの様子』、をupしていますので、併せてお読みいただければと思います。
 因みに、上記1つ目の記事において強調しておくべきことは、小腸内壁の粘膜細胞のエネルギー源はグルタミン(またはグルタミン酸)だということです。何故そうなっているのかについては当該記事をご覧ください。断食の場合にアミノ酸類やタンパク質を一切口にしない場合、特に小腸上部の粘膜細胞はエネルギー不足によって脱落を早め、次々と補充されるはずの新しい粘膜細胞の増殖も阻まれまる結果、粘膜が全体として薄くなり、委縮していきます。また、潰瘍などで既に障害を持っている人の場合は出血に至る場合もあります。従いまして、断食とはいえ、グルタミン(またはグルタミン酸)の摂取を怠らないことが、断食による小腸損傷を防ぐ方法となります。
 上記2つ目の記事では、災害時や遭難時に身動きが取れなくなった場合、或いは消化器系の手術などの場合に、半ば強制的に絶食の機会が襲ってくることになりますので、その時に起こる体内物質や栄養素の血中濃度変化について述べました。特に強調すべきこととして、絶食中には乳酸の濃度が高まったり、ケトン体の濃度が高まったりしますので、血液のpHが酸性側に傾こうとします。これを修正しきれない場合、気分が悪くなって吐き気を催したり頭痛を来すことになります。昔は、これは断食に付き物の現象であるから峠を過ぎれば楽になる、と言って励まされていたようでした。しかし、その主要な原因はビタミンB1の不足ですので、これを放置して敢えてダメージを食らう必要は無いと言えます。
 上記3つ目の記事では、野生動物の場合、自分の食欲とは無関係に、食べ物が満足に得られない状況が生じることがあるわけですので、その場合に彼らが工夫している事柄について述べました。特に強調すべきこととして、冬場に雪に閉ざされるニホンザルの場合であっても、硬い木の芽をかじり取ったり、木の枝や幹の樹皮をかじり取って食べ、それによって繊維質を摂って腸内細菌を養い、大腸内壁粘膜細胞のエネルギー源である酪酸などの短鎖脂肪酸やビタミン類を腸内細菌から得ていることです。また、腸内細菌では期待できないビタミンCは、食べた植物体に含まれているもので辛うじて間に合わせていたり、時には魚や雷鳥などの鳥を捕まえて食し、グルタミンなどのアミノ酸を得ていることを紹介しました。

 さて今回は、断食中に必要となる栄養素や機能性物質の全体をまとめた記事となります。上記の続きとして、それらの成分を順に紹介していくことにします。
 掲載しました図(高画質PDFはこちら)の右側に表としてまとめましたので、内容を補いながら書いていくことにします。ビタミンB1やCについては上述しましたように、絶食中に最も血中濃度が低下していくビタミンです。そのうちビタミンB1は、絶食によって陥りやすい代謝性アシドーシス(乳酸やケトン体の増加によって適正範囲を超えて体液が酸性側に傾いてしまうこと)を防ぐため、及び種々の代謝を円滑に進めるためにも必須となるものです。また、ビタミンCは、絶食によって生じるストレス(酸化ストレス)を回避するために必須です。補給するには、日常的に用いているマルチビタミン製剤とビタミンC製剤を併せて摂れば結構でしょう。

 マグネシウムは各種代謝を進めるために絶対に欠かすことのできないミネラルですが、断食によって口から入ってくる量が激減することになりますので、これは塩化マグネシウムまたは硫酸マグネシウムなどを溶液にして平常時と同様に補給しなければなりません。同様に、亜鉛も次いで重要なミネラルですので、日常的に用いているサプリメントにて同様に補う必要があります。
 グルタミンについても上述しましたように、これは小腸内壁粘膜の主要なエネルギー源になっていますので、断食だと言ってこれを欠かすと小腸粘膜が大幅に剥がれ落ちていくことになります。また、グルタミンは免疫系細胞のエネルギー源にもなっていますので、補給しなければ筋肉中のタンパク質が分解されて補われることになりますので、それも避けたいところです。BCAA(分岐鎖アミノ酸;バリン・ロイシン・イソロイシン)は、断食中の筋肉の分解を抑え、できれば筋力アップを図りたいところですから、摂取することが重要です。シトルリンの摂取は、尿素回路を普段以上に活発化させて、断食中のアンモニア濃度の上昇を抑えるために、何らかの持病を抱えている人の場合は特に重要です。これらのアミノ酸類を得るためには、プロテイン製剤で代用できるかもしれませんが、余分なものを入れないようにする為には各々のサプリメントを摂ることが望ましいと言えます。
 L-カルニチンは、断食によって体脂肪から多量に遊離してくる脂肪酸をミトコンドリアの内部に運ぶために必要です。特に断食中はL-カルニチンが含まれている動物性食品を一切取らなくなりますから、平常時よりも摂取することの重要性が高くなります。α-リポ酸は、断食によって遊離してくるであろう有害物質、特に重金属の悪影響を避けるために重要だと言えます。自分の体の汚染度が高いと感じる場合は、摂ることの重要性が更に高まることになります。タウリンは、断食時に肝臓がフル稼働することになりますので、その機能を高めるために平常時よりも摂取の重要性が高まります。補給方法につきましては、それぞれのサプリメントにて補給すれば結構でしょう。
 ω3系の脂肪酸は、断食中に生じる可能性のある各種の炎症を抑えるためであったり、断食中は自分の肉体を食べて過ごすことになりますので、ω6系が過剰になっている細胞膜からω6系が多く切り離されてきますから、バランスを保つためにω3系の補給が重要になってきます。その他の脂質につきましては、ケトン体の産生量を増やすために、中鎖脂肪酸をMCTオイルにて補給するのが効果的だということになります。
 糖質は、体脂肪から遊離してくる脂質をエネルギー源として利用するために、ある程度の量が必要になってきます。北極圏に住む人々はアザラシの肉などを食べていて糖質の摂取量は無いに等しい極微量になりますが、彼らはそれでも健康に生きています。ただ、急にそのような代謝系に変化させることは不可能に近いですので、平均的な日本人がいきなり糖質ゼロにすると、体脂肪分解と脂質利用能の低迷によって血中脂質濃度が急上昇していきます。それによって循環器系の障害を引き起こすリスクが高まりますので、入院中にブドウ糖の点滴が欠かせないのと同様に、糖質ゼロは避けるべきでしょう。また、糖質摂取を減らすと、血糖値を保つために糖原性アミノ酸も利用されますので、結果として筋肉の分解が加速されることになります。食物繊維は、上述しましたように、大腸内壁粘膜のエネルギー源である酪酸などの短鎖脂肪酸を得るために、腸内細菌のエサとして重要です。断食だというので飲む物に限定したいのであれば、飲むタイプの食物繊維が各社から製品化されていますので、それを利用されれば結構かと思います。

 以上のことは断食における最低限の注意事項です。巷ではファスティング(断食)が美化されていることが多いですが、注意事項を疎かにすると、断食が体調を崩す原因になってしまいます。何らかの持病を抱えている場合に、それを治したい場合には、先ずは日常の食生活を見直し、不足している栄養素を補給すると共に、有効な各種のファイトケミカルを補給することをお考えください。そして、それでもなかなか解決しない自己免疫疾患やアレルギーなどを解決するために、最終的な手段として断食を試みてみる価値は大いにあります。また、体脂肪に蓄積しているかもしれない有害物質を排泄したいという場合にも体脂肪を消費する断食が有効となるでしょう。その場合、血中に遊離してくるであろう有害物質の一時的な高濃度化に注意する必要がありますので、上述のα-リポ酸はその対策のためです。また、断食によって血中に増えてくるケトン体(特にβ-ヒドロキシ酪酸)はニューロンもそれをエネルギー源にすることが出来るのですが、急には無理ですので、定期的に断食を繰り返せばそれも可能になってきます。その他、ケトン体には様々な健康効果もありますので、他の手段で解決できなかった心身のトラブルを解消できる可能性はあります。海外では、Intermittent Fasting(断続的、または間欠的な断食)という、比較的短い時間(15時間~24時間)の断食を何日かに一度行うことを繰り返す断食法が静かなブームになっていますので、そのような方法から始めてみるのも一つの方法かと思われます。記事が長くなってしまいましたが、断食とは、おおよそこのようなものですので、リスクとベネフィットを天秤にかけながら、実践の可否を判断していただければと思います。

 
執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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