今回は「手洗い」について見てみようと思います。学校現場では、子どもたちに執拗に「手洗い」を要求するそうです。また、世間一般でも「手洗い」は感染症予防のための基本の一つだとし、他には「うがい」「マスク」が基本であると、しつこく言います。しかし、よく考えてみてください。少なくとも石鹸を使って手を洗っている動物は、この世で人間様だけです。そのお陰で、人間様だけが、極めて多種類の感染症に罹り、その頻度も圧倒的に多くなっています。なぜ、気づかないのでしょうか…。
一つには、子どもの頃から言われ続けているため、違和感を持たないようになってしまったのだと考えられます。二つ目には、目に見えない世界を舞台にしているため現実が見えないからだと思われます。三つ目には、洗浄剤を製造販売している企業が商売のために活発に除菌を勧めるからでしょう。もちろん、優秀な細菌学者の方々は、手を洗い過ぎないように、そして、洗う場合でも石鹸は用いずに水だけで洗うように勧めているのですが、少数派のために搔き消されてしまっている状況だと思われます。
人体を除いた殆どの物体の表面は、洗えば奇麗になりますし、洗わずに放っておけば、やがて汚れてくるでしょう。その物体に病原菌がくっ付けば、特に過酷な条件を与えなければ、しばらくはくっ付いたままになります。そして、それを洗い落とせば病原菌も落ちていくはずです。ところが、これは物体の表面の話であって、人体の皮膚表面の話ではありません。しかし、手洗いを推奨している人には、人の手の表面と物体の表面との違いが分かっていないことになります。
手の平も、それ以外の部位の皮膚も、分厚さや体毛の程度、或いは汗腺や皮脂腺の密度は少々違いますが、基本構造は一緒です。また、各部位は繋がって連続した面を構成していますし、互いに触れ合いますから、洗わずに放っておけば、各部位の表面の様子は更に似通ってきます。たとえば右手の手の平で左腕を擦ったり、頬を擦ったり、頭を掻いたりすれば、右手の手の平の表面は、触れ合った部位の表面の状態に近付きます。
掲載した図(高画質PDFはこちら)の右上に、皮膚を表したイラストの一つを引用しました。イラストの上部が皮膚の表面になります。その表層に何があるかと言いますと、「マイクロバイオーム・バリア(Microbiome barrier)」があります。これは、何種類もの常在細菌、常在ウイルス、常在真菌などがびっしりと積み重なるようにして定着しています。それらの生存や定着を可能にしているのが、その下層にある「ケミカル・バリア(Chemical barrier)」です。
では、マイクロバイオーム・バリアから簡単に見てみることにしましょう。掲載した図の左半分に、代表的な例を引用しました。この図が表そうとしている重要ポイントは、比較的病原性の高い黄色ブドウ球菌が、一般的に優位を占めている表皮ブドウ球菌によって制圧されていることです。
具体的には図中に解説を入れておきましたが、一つは、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermis)がセリンプロテアーゼ・グルタミルエンドペプチダーゼ(Esp)を産生・分泌することによって、黄色ブドウ球菌(S.aureus)によるバイオフィルムの形成を阻害することです。二つ目は、表皮ブドウ球菌が免疫細胞シグナル伝達を介して角化細胞に抗菌ペプチドを産生するように誘導することによって、黄色ブドウ球菌が死滅することです。従いまして、表皮ブドウ球菌を取り除いてしまうと、黄色ブドウ球菌が来た時に増殖を許してしまうことになります。
或いは、これも常在細菌の一種なのですが、S.lugdunensisによって産生される抗生物質(lugdunin)が、黄色ブドウ球菌のコロニー形成を阻害することです。また、S.hominis が産生した抗生物質は、ヒト抗菌ペプチドと相乗効果を発揮して、黄色ブドウ球菌のコロニー形成を阻害することです。従いまして、これらの常在細菌が居なくなっても、黄色ブドウ球菌が繁殖しやすい皮膚に変わってしまうことを意味しています。
なお、常在ウイルスに関する図は載せませんでしたが、常在ウイルスには細菌に感染するバクテリオファージが多くを占めていて、それは定着する細菌の種類と増殖に影響を与えていますので、常在ウイルスが居なくなっても特定の細菌が増えやすくなったりします。
このように、皮膚表面には非常に多くの微生物やウイルスが生息していて、それらが病原性の高い微生物やウイルスの定着・増殖・侵入を防いでくれている、ということです。
次に、右上の図に示されている「ケミカル・バリア」について見てみましょう。この層には、皮膚から分泌された様々な物質が存在していて、その基材になっているのは皮脂や汗ですが、その中にセラミド、コレステロール、遊離アミノ酸、抗微生物ペプチド、種々の保湿因子、乳酸、尿素、電解質などが含まれていて、低pHになっています。
これらによって、常在微生物が養われると共に、常在微生物以外のものの定着・増殖・侵入が抑制されています。また、化学薬品や環境汚染物質などの有害物質が直接皮膚に触れないようにガードする役割も果たしています。
では、石鹸を用いて皮脂ごと洗い落としてしまった場合、皮膚表面は一体どうなるでしょうか…? マイクロバイオーム・バリアも、ケミカル・バリアも無くなってしまうわけです。すると、病原体、有害物質、アレルゲンなどを、皮膚表面にて防ぐ手段が無くなってしまい、それらの角質層への付着、ひいては侵入を許してしまうことになります。また、手荒れや、かぶれなども起こりやすくなります。
手洗い推進者自身がそのようになってしまうのは自業自得で結構かもしれませんが、小学校などで指導される側の子どもたちは、たまったものではありません。そして最も重要なことは、流行しているウイルスや細菌も付着しやすくなることです。即ち、めったに手を洗わない子、洗う場合でも水で軽く洗う程度の子は、健全なマイクロバイオーム・バリアとケミカル・バリアを持っていますから、病原細菌や病原ウイルスなどの病原体や、有害物質、アレルゲンなどがくっ付き難く、くっ付いても死滅させられたり無毒化されたりします。そのため、他人へと広める(媒介してしまう)リスクは低くなります。しかし、石鹸で丁寧かつ頻繁に洗う習慣を付けると、両バリアが失われるため病原体の角質層への付着が容易になり、他人に広げてしまう(媒介してしまう)リスクが高まるのです。
皮膚の表面は、物体の表面とは全く異なりますので、ご理解のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます。