花粉症に関する記事は、これが5件目になります。この記事では、花粉症の歴史的および生物史的考察を行ってみます。
◆ 日本列島に多量のスギやヒノキが残存した背景
本来、ヒノキ(檜)やスギ(杉)を主材として用いる日本の文化は、美しくて素晴らしいものでした。神社仏閣、城、民家、家具、風呂桶、箸など、日本人は千年以上にもわたってヒノキやスギと共に生きてきたわけです。それらの材としての優れた点は、軽い、まっすぐ、加工しやすい、香りが良い、腐りにくい、日本の気候で育ちやすい、などです。世界でも類を見ないほどの逸材だと言えます。しかし、次のような問題が生じることになりました。
奈良、平安、鎌倉、江戸という、どの時代においても権力者は巨大な木造建築を権力の象徴として建てることを指示しました。東大寺大仏殿、法隆寺、熊野大社、江戸城、などなど…、さらにそのような巨大寺社の再建にも、入手できる限りの太いヒノキやスギが用いられました。そのせいで、日本列島に自生していたヒノキやスギの巨木は、ことごとく伐採されていきました。その後も、特に戦中・戦後に木材需要が増加したため、一時的に禿山が増加した時期(1940年代〜1950年代前半)がありました。
これを受け、戦後の日本は木材不足を恐れ、国策としてスギやヒノキを大量に植林しました。そしてその内訳は、スギが約44%、ヒノキが約25%と、スギのほうが多く植えられました。その理由は、スギの苗のほうが安価であり、成長が非常に早く、加工しやすいという特徴があるからです。
当時は、植林 → 伐採 → 植林 → 伐採、という循環を想定していましたが、その後には、安い外国材が大量に輸入され、植えたスギやヒノキが放置されることになったわけです。結局、間伐されない、樹齢だけ重ねる、花粉だけ大量に出す、という“花粉製造マシン”が日本中に残ったわけです。
◆ スギやヒノキの花粉が大量に空中に放り出される理由
スギ(学名: Cryptomeria japonica)は、裸子植物マツ綱のヒノキ科スギ属に分類される植物で、ヒノキ(学名:Chamaecyparis obtusa)は、同じくヒノキ科のヒノキ属に分類される植物です。両方ともヒノキ科に分類されていることからも、両者は近縁であることが解るでしょう。このことは、花粉症の場合のアレルゲンとなるタンパク質(花粉タンパク質)も、両者において類似していても何ら不思議ではないことを意味しています。
上記の“裸子植物”といいますのは、胚珠(種子になる部分;必要に応じて添付した図(高画質PDFはこちら)を参照してください)が子房に包まれず、むき出しになっている植物のことを指します。そして、雄花に在る花粉が風で飛ばされ、雌花に在る胚珠に直接届くのが大きな特徴です。一方、胚珠が子房の中に包まれている“被子植物”の場合、その8割以上が虫媒花(花粉を蜂などの昆虫が運ぶタイプ)なのですが、スギやヒノキが地球上に誕生した頃にはまだ昆虫が存在していませんでしたので、花粉を飛ばすには風に任せる“風媒花”が最も合理的だったのだと考えられます。
スギやヒノキの花粉が空中に放り出される最大の理由は、花粉を風に任せて飛ばすタイプの風媒花だからなのですが、大量に飛ばす理由は、虫媒花のように昆虫がピンポイントで花粉を運んでくれるわけではないからです。空中ですので四方八方、どこに飛んでいくかは風まかせです。少量の花粉では、1個たりとも雌花の胚珠に到達できない可能性があります。だからこそ、大量に飛ばすことが必要だったのであり、大量に飛ばすことができた個体が子孫を反映できた、という選択圧が掛かっていたわけです。また、風媒花の花粉は風で飛びやすいように比較的小さく軽くできていることも特徴の一つです。
◆ 風媒花の花粉タンパク質が強力な侵入力を持つ理由
風媒花の場合、雄花から放出された1個の花粉が雌花に届く確率は、虫媒花(桜、梅、バラ、大多数の野菜など)に比べて圧倒的に低くなります。だからこそ、スギやヒノキの花粉は、雌花の胚珠に付着したなら確実に、胚珠の内部に精細胞を送り込む能力が要求されたのです。
そのために、スギの場合であれば、Cry j 1 とCry j 2 という2種類の花粉タンパク質を道具として進化させました。先ず、Cry j 1 の役割は、その殆どは花粉壁の外側に配備されていて、胚珠の表面から出る水滴(受粉滴)と反応して、花粉を胚珠にしっかりと固定すると共に、 胚珠の水分を花粉の中へ取り込み、花粉を膨らませて割らせることです。次に、花粉が割れると内部に仕込まれていたCry j 2 が出てきて、胚珠の組織にあるペクチンを特異的に分解して(ペクチンリアーゼという酵素としての性質)、胚乳の組織を柔らかくほぐし、花粉管がスムーズに通り抜けるための通路を確保するように働きます。
このメカニズムが、スギ花粉がヒトに付着した場合のダメージにつながっているわけです。即ち、ヒトの免疫系は、外部から強引に侵入してこようとする非自己物質に対して、それを徹底的に排除しようとするからです。もし、スギやヒノキが虫媒花であったなら、花粉を空中放散することはありませんし、強力な花粉タンパク質を装備する必要もありませんので、それによる花粉症は無かったはずです。
◆ スギは苦渋の選択で春先に花粉を飛ばすことになった
上述のように、スギ花粉は水分によって活動を開始することになるのですが、空中を飛んでいる最中に水分が付着すると表面に配備されている Cry j 1 が働き、花粉が膨潤して破裂し、Cry j 2 が放り出されて、それ以降は花粉としての役目を果たすことが出来なくなります。そのため、スギは2~3月の、1年の中で最も乾燥した時期に花粉を飛ばすようになりました。しかし、次のようなデメリットもありました。
そのデメリットとは、Cry j 1 が機能を発揮するための至適温度は60〜70℃、Cry j 2 の至適温度は50〜60℃だということですので、2~3月の気温であれば、これらの花粉タンパク質がフルパワーを発揮できないことです。また、気温が低いため胚珠が硬くなりますので、さらに分解し難い季節を選んだことになります。そのぶん、これらの花粉タンパク質の威力は全体として相当高められているということになります。
上述の理由によって、お風呂場などの水分(湿度)たっぷりの空間では、飛んできた花粉はすぐに水分を吸って重くなって落下し、破裂してしまうことになります。また、室内で加湿器を使うことでも同様の効果を期待することができます。併せて、加湿された空間では人の粘膜の防御機能が高まりますので、結果として高湿度は非常に有効な花粉症対策になります。また、マスクを使うことで呼吸器への入り口を加湿できますので、それがマスクのフィルター効果に加味されることになります。
また、次のようなことも言えます。Cry j 1 や Cry j 2 の至適温度が上述しましたように高いことは、スギにとってはデメリットですが、2~3月の低い温度でもゆっくりと働けますので、スギにとっては大きなデメリットではなかったようです。しかし、人にとっては重大なことです。人の粘膜や皮膚の温度は低くても30℃以上ありますから、Cry j 1 や Cry j 2 が比較的強く働く温度になることです。このことは、スギにとっては穏やかなタンパク質なのですが、人にとっては過激なタンパク質だということになるわけです。
◆ヒノキには Cha o 1 とCha o 2 があり、それぞれ Cry j 1 やCry j 2 に近い
スギ花粉症のピークから2~4週間ほど遅れて、ヒノキ花粉症のピークが訪れます。スギ花粉のCry j 1 に近いのがCha o 1 であり、アミノ酸配列の相同性は 約80% 前後であると報告されています。また、Cry j 2 に近いのがCha o 2 であり、アミノ酸配列の相同性は75% 〜 82%程度だと報告されています。因みに、これらのタンパク質の名前は、スギやヒノキの学名に由来しています。
そのため、Cry j 1 によって作られた抗体(IgE)が Cha o 1 にも結合したり、Cry j 2 によって作られた抗体が Cha o 2 にも結合したりします。ただ、人によってその程度は様々ですので、スギだけに反応する人や、ヒノキだけに反応する人や、両方に反応する人が出てくることになります。
スギ花粉に比べてヒノキ花粉が少々異なる点を挙げるならば、ヒノキ花粉はスギに比べて外殻(外壁)が物理的に脆いという性質があります。そのため、砕けた破片がPM2.5のサイズの微粒子になる可能性が高く、そのように微細になった破片は数日間にわたって空中を漂い続けます。また、気管支まで吸い込まれる割合が高まります。そのため、これを遮るためには、きめ細かなフィルターが必要になるということです。
◆おわりに
よりにもよって、風媒花である裸子植物を、権力誇示のために巨大木造建築の材料として大量に使い、禿山を生じさせ、慌ててスギの大量植林を行い、消費の当てが外れて膨大な量のスギの成木が日本国土に残存し、多量の花粉を飛ばし、多くの国民を苦しませているわけです。結果論かもしれないですが、無茶なことをせずに自然に溶け込んで暮らしている先住民や長寿村の人の生き方を見習ってほしかったと思います。今からでも構わないですから、日本もそうなってほしいと願うところです。
