◆ はじめに
前回の記事では、健康長寿者の腸内細菌叢には、酪酸産生菌・酢酸産生菌・抗酸化ネットワーク(水素利用菌が関係する)・日本人特有の長寿菌(水素産生菌を含む)という“4本柱”が揃い、互いに補完し合うことによって老化の進行を遅らせる方向へと働く生態系が形成されていることを紹介しました。では、このような細菌は、そもそもどこから体内に入ってきたものなのでしょうか…。そして、私たちは日常生活の中でどのようにすれば、この“長寿腸内細菌叢”を育てていけるのでしょうか…。
本記事では、健康長寿に関わる細菌の“出自(どこから来たのか)”と、日常生活で実践できる“育て方”について、最新研究をもとに整理して紹介します。
◆ 健康長寿に特に重要な細菌は、本来どこから体内に入ってきたものなのか
前回の記事にて紹介しました、健康長寿に関わるとされる細菌──ブラウティア属(Blautia)、ラクトバチルス属(Lactobacillus)、コリンセラ属(Collinsella)、その他にも、アッカーマンシア・ムシニフィラ(Akkermansia muciniphila)、ファーカリバクテリウム・プラウスニッツィー(Faecalibacterium prausnitzii)、メタノブレビバクター属(Methanobrevibacter)などは、特別な人だけが持っている細菌ではなく、むしろ、殆どの人が何らかの形で体内に取り込んでいる“基本セット”の細菌です。そして、これらの細菌は、主に次のような経路で体内に入ってきます。
① 出生時(母親からの微生物継承)
赤ちゃんが産道を通るとき、特にラクトバチルス属(Lactobacillus)やプレボテラ属(Prevotella)をはじめとした、膣内に多く生息している細菌が、赤ちゃんの体表や口に付着したり、それが飲み込まれて腸内に入ります。そして、赤ちゃんの腸内細菌叢の“初期セット”を形成することになります。これらは、産道通過という自然な経路を通じて受け継がれる細菌です。
② 母乳・皮膚接触
以前には無菌であると考えられていた母乳にも、幾つかの選ばれた細菌、具体的には、ラクトバチルス属(Lactobacillus)、ビフィドバクテリウム属(Bifidobacterium)、エンテロコッカス属(Enterococcus) などの存在が確認されています。そして、それらは次のような経路、ならびに方法にて乳腺に運ばれたものです。即ち、母親の腸内に生息している上記の細菌は、まず腸粘膜に存在する免疫細胞(樹状細胞など)によって“安全な形で”取り込まれます。取り込まれた細菌は、その免疫細胞と共に血流に乗って乳腺へと運ばれ、特に妊娠期や授乳期にはこの仕組みが活発になります。乳腺に到達した免疫細胞はそれらの細菌を放出し、そのまま母乳に混ざることによって、赤ちゃんへと受け継がれていくことになるわけです。
言い換えるならば、これらの細菌は母親の腸内から乳腺に運ばれた“安全な共生細菌”であり、母親が幼少期に獲得し免疫系に登録された細菌である可能性が高く、母乳を通じて次の世代へ受け継がれていくものです。
また、授乳時や抱っこの時には、皮膚―口腔経由で、スタフィロコッカス属(Staphylococcus)、コリネバクテリウム属(Corynebacterium)ストレプトコッカス属(Streptococcus)などの皮膚常在菌が自然に赤ちゃんの腸内へと移行します。
なお、このように挙げていく細菌の全てが健康長寿のために有効に働くわけではなく、後に述べますように、年齢や食習慣によって勢力図が書き換えられていくことになります。
③ 飲食物
離乳期以降、赤ちゃんは食事を通じて多様な微生物に触れることになります。食材そのものに付着している微生物に加え、調理や保存の過程で自然に混入する微生物も、腸内細菌叢の形成に寄与します。特に、植物性食品には土壌由来の細菌が微量ながら含まれており、これらは腸内細菌叢の“外部からの補給源”として働くことになります。
また、食材の種類や調理法の違いによって、取り込まれる微生物の構成が微妙に変化するため、日々の食事は腸内細菌叢にとって継続的な“環境刺激”となります。例えば、加熱調理によって多くの微生物は失われますが、加熱後にも残存する耐熱性の細菌や芽胞形成菌は、腸内で一時的に代謝に関わることがあります。更に、食材に含まれる多様な成分──多糖類、アミノ酸、有機酸、ポリフェノールなど──は、腸内細菌の増殖や代謝に影響を与え、腸内細菌叢の構造に長期的な変化をもたらすことになります。
このように、離乳期以降の食事は、微生物そのものを取り込む“入口”であると同時に、腸内細菌叢が外界と接触する主要な経路のひとつです。日々の食材の選択や調理の積み重ねが、腸内細菌叢の構造に静かに影響を与えていくことになります。
④ 環境(家屋・土・空気)
成長とともに、赤ちゃんは指をくわえたり、さまざまな物を口に入れたり舐めたりしますが、それによって家屋・土・植物・空気など、周囲の環境から多様な微生物が取り込まれることになります。これはまさに “自然な微生物シャワー” と呼べるもので、腸内細菌叢の多様性を広げる重要な要素です。
特に幼少期の外遊びや自然との接触は、腸内細菌叢の“幅”を広げるうえで欠かせません。森林の土壌には、何億年もの間、地球環境の激変に適応し続けてきた莫大な種類の細菌が存在しており、これらは人間の腸内でも多様性を支える“基盤”となり得ます。実際、健康長寿に関わるとされる細菌──アッカーマンシア・ムシニフィラ(Akkermansia muciniphila)、メタノブレビバクター属(Methanobrevibacter)、ファーカリバクテリウム・プラウスニッツィー(Faecalibacterium prausnitzii)などの一部は、環境との接触を通じて徐々に腸内へ取り込まれていくと考えられます。
腸内細菌叢は、熱帯雨林のように“多様性によって支えられる生態系”です。母乳や食事だけでなく、幼少期に触れる自然環境そのものが、腸内細菌叢の質を形づくる重要な土台となるわけです。
◆ では、どうすれば“長寿腸内細菌叢”を育てられるのか?
実際に、どのような生活習慣が“長寿腸内細菌叢”を育てることになるのでしょうか…。特に重要であるのは次の4つです。
【1】まず第一に、多様な食物繊維を摂ることです。
食物繊維は酪酸産生菌や酢酸産生菌の主要なエサとなり、腸内で酪酸や酢酸が十分に作られることによって、腸管バリアの強化や炎症の抑制につながります。野菜、海藻、豆類、きのこ類など、“種類の多さ”を意識して摂ることが重要です。
また、同じ食材を繰り返すよりも、少量ずつでよいので一度に多種類を組み合わせるほうが、腸内細菌叢の多様性と安定性を高めることができます。
【2】第二に、発酵食品を日常的に取り入れることです。
味噌、納豆、漬物、ヨーグルトなどの発酵食品には、ブラウティア属(Blautia) や ラクトバチルス属(Lactobacillus)などの有益な細菌を増やす成分が含まれています。
これらの食品を日常的に摂ることによって、腸内の抗炎症ネットワークが強化されます。特に日本の発酵食品は、微生物の種類が多く、“少量でも継続する” ことで腸内環境に良い影響を与えます。
【3】第三に、和食の“多様性”を意識することです。
特に、コリンセラ属(Collinsella)が産生する水素が、ブラウティア属(Blautia)を育てるという、日本人特有の“水素ネットワーク”が存在します。コリンセラ属は、水溶性食物繊維やフルクタン系オリゴ糖を利用しやすい性質を持っており、押し麦や玄米、大豆製品、玉ねぎ、ごぼうなどの食材が、その増殖を支える方向に働くと考えられます。
和食の多様な食材や調理法は、このネットワークを自然に支える構造になっています。一汁三菜のような伝統的な食卓は、腸内細菌叢にとっても理想的な“多様性の器”です。
【4】第四に、抗菌薬や消毒薬の過剰使用を避けることです。
抗菌薬や消毒薬は、腸内の生態系を大きく乱し、長寿に関わる細菌群を減らしてしまう可能性があります。必要な場面ではもちろん使用すべきですが、日常的な“過剰な除菌”は避けることが望ましいです。「清潔すぎる生活」が腸内細菌叢の多様性を損なうという視点は、現代の生活習慣を見直す上で非常に重要になってきます。
◆ まとめ
前回の記事におきまして、最近の研究成果を踏まえた、腸内細菌叢による新しい抗老化メカニズムを紹介したわけですが、それに伴って、何か斬新な食べ物・サプリメント・食習慣などが発見されたのか…と思われたことでしょうが、結論は上述の通り、日本の伝統的な和食だということです。実際、日本の百寿者たちが食しているものが、健康長寿の秘訣だったということになります。
また、百寿者が腸管内に宿している細菌は、特別な人だけが持っているものではなく、出生時・母乳・皮膚接触・食事・環境といった、私たちの生活そのものの中で自然に取り込まれてきた細菌たちです。これらの細菌が腸内で互いに補い合い、酪酸や酢酸の産生、抗酸化ネットワークの形成、日本人特有の水素ネットワークなど、多層的な仕組みをつくり上げることで、老化の進行が遅くなる方向へと働くのです。
結局、私たちが日常生活の中でできること──多様な食物繊維を摂ること、発酵食品の摂取を継続すること、和食の多様性を意識すること、過剰な除菌を避けることなどです。決して、テレビ番組やCMなどで紹介される“斬新な食べ物”を摂ることではないということです。
