日常的に、ごく短時間であっても、それを実行することによって心身のパフォーマンスを大きく高めることが可能だと考えられている方法の一つとして、マインドフルネス瞑想法を挙げることができます。一般には、単に「マインドフルネス」と呼ばれることが多く、本格的にプログラム化された「MBSR(Mindfulness-Based Stress Reduction);マインドフルネス・ベースのストレス軽減法)」というものもあります。
海外においては古くから研究と実践が行われており、最近では有効な治療法の一つとして医療機関においても活用が進んでいます。
一方、日本ではその効果を過大評価および過大宣伝する人たちと、見向きもしない医療機関との差が大きくなってきています。Web検索をするとよくわかりますが、前者の場合、この一見目新しそうなプログラムに多くの人を誘導することによって利益を得ようとするからこその過大宣伝になっているのだと思われます。日本においては多くの分野でこのような状況を見ることができ、人々が相反するような様々な健康情報に惑わされてしまう大きな原因になっています。
さて、マインドフルネスの効果についてですが、これはあくまで脳の働き方に少々の問題が生じている場合に、それを修正する方法であると捉えるのが正解だと思われます。マインドフルネスだけに時間をかけ、学習やトレーニングに力を入れなければ、脳の発達も運動のパフォーマンスの向上もあり得ません。何故なら、特に人の脳は、学習することによって初めて神経回路(ニューロン同士のシナプス結合)が形成されて強化される仕組みになっているからです。瞑想時には、そのような学習をするわけではありませんから、瞑想だけで能力がどんどんと上がっていくことはあり得ません。従って、正しく表現するならば、マインドフルネス瞑想をすることによって、自分の本来の能力を発揮できるようになる、ということになります。
普段なら解けるはずの問題が、試験会場では手も付けられなかった…とか、練習時にはこれだけのタイムが出せたのに試合中は全然ダメであった…、などということがしばしば起こります。何故そのような状況に陥ってしまうのか…、それは、その課題をこなすために主となって働くニューロンの活動が、周囲の関係の無いニューロン集団の活動によって邪魔されてしまうからです。
例えば、目的とは関係の無いニューロンの集団が活発に活動を始めると、脳波測定で検出されるような活動電位に変化が生じたり、それによって脳内の磁場が変化したり、神経伝達物質を介した生理的な変化も起こり、エネルギー源であるグルコースも関係の無いニューロンに浪費されたり、ニューロンからの老廃物も多量に溜まることになります。これらが、本来働くべきニューロンの活動を邪魔することになるわけです。だからこそ、試験時や競技時は、目的以外のことについては「無心」になる必要があるわけです。
巷では、「マインドフルネス」とか、「瞑想」とか、具体的にどうすることなのかがよくわからないまま言葉が一人歩きしているように思えますが、これは要するに、目的とする活動をするために働いてくれるニューロンの邪魔をしないように、それ以外のニューロンの活動を上手く抑える訓練をする、ということになります。換言するならば「集中力を養う」ことになります。この「集中」とは、働くべきニューロンだけに、その活動を集中させることに他なりません。
デフォルトモードネットワーク(DMN)の話を以前にしましたが、多くの場合、これが集中することへの邪魔をすることになります。「この試験、落ちたらどうしよう…」「周囲の子たち、みんな賢そうだ…」「隣の選手が前に出たとき、焦らないようにしなければ…」などと、色んなことを考えてしまいがちですが、それらは内省的思考で、DMNのニューロンが担っている思考回路です。DMNのニューロン群が活発に活動すると、本来活動すべきニューロンが邪魔をされてしまうのです。あなたの潜在的な能力は普段と変わらないのですが、いざとなった時に邪魔されてしまうため、実力を発揮できなくなってしまう、ということになるわけです。
MBSRというプログラムがありますが、興味があれば検索していただければ、関連情報がいっぱい出てきますので、ここでは割愛します。
結局のところ、頭に次々と浮かんでくる邪念を、何ら評価を行わず、それに対する判断も下さず、何ら感情をも生じさせず、そのまま右から左に流してしまう状況を作るのがマインドフルネスです。簡単に言えば、DMNを稼働させない、ということになります。そのための最も簡単な方法は、何でもよいから、それに集中することです。我を忘れて集中しているとき、あなたの能力が最大限に発揮され、ポジティブ脳へと変化し、アスリートは実力を発揮でき、体に起きている炎症も鎮まり、痛みが去り、がんがあっても退縮に向かう、ということになります。なお、掲載した図(高画質PDFはこちら)の右下に、マインドフルネスと、炎症、抑うつ、痛みなどの軽減や、がんの予後が改善されることとの関係を描いた図を引用しておきましたので参照ください。