もう一つのNAD+前駆物質であるニコチンアミド・リボシド(NR)について

もう一つのNAD+前駆物質であるニコチンアミド・リボシド(NR)

 今回の記事は、前回の記事『老化によって減少するNAD+とニコチンアミドやNMNとの関係』の続きになります。なお、前回に述べたうちの次のようなことが、今回の記事に進む前の重要ポイントになります。
 〝老化〟の原因の一つとして、組織の細胞内に存在しているNAD+という物質の減少を挙げることができます。そして、NAD+が減少しないように対策をすれば、老化の原因の一つを解消することが可能になるであろう、ということです。その方法は、NAD+の前駆物質を補給することであり、その前駆物質はNMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)です。ただ、老化が進んでいる場合にはニコチンアミドをNMNへと変換する酵素であるNAMPTに活性の低下が見られることから、NAMPTの活性を維持しておくことも抗老化の重要な対策になるということです。そのためには、NMNの補給だけに頼るのではなくて、NMNの前駆物質であるニコチンアミドを補給することも大切だということでした。
 なお、NMNに関する追加情報を述べておきます。NMNが抗老化に対して有効に働くという話が益々エスカレートしていて、NMNを点滴によって補充するというクリニックが急増しています。もちろん、費用は自費診療のため高額で、1回の点滴が3万円前後になっています。なぜ経口投与ではなくて点滴にするのかといえば、腸管からの吸収が限定的であることが判っているからです。一方で、NMN研究の第一人者であるワシントン大学の今井眞一郎教授は次のようなことを述べています。「私たちの体内にはNADを壊すSARM1という酵素があり、NMNの濃度が上がると、この酵素を働かせるスイッチがオンになり、NADを破壊し始めることが分かってきました。…<中略>…。NMNの安全性が証明されているのは、あくまで経口による摂取です。これは、経口の場合、腸管でNMNが必要以上に吸収されないようセーフガードシステムが働くためです。ですから、継続的な点滴で血液中に高濃度のNMNを注入したら、SARM1が何度も活性化されて神経障害が起こる可能性が十分考えられます。現時点ではNMNの点滴療法は勧められません。」ということです。
 次のような情報もあります。それは、「出回っているうちの6割ほどのNMNサプリには、表示されている量(1錠中○○○mg)の1%以下のNMNしか検出されなかった」ということです。要するに、決して安くないNMNサプリを鋭意購入して飲んでも、6割を超える確率で偽物を飲まされていたということになります。
 また、今井氏の話と併せると、○○○mg入っていたとしても、その全てが吸収されるわけではないということになります。数々の研究論文において「1日に数百mgのNMNを摂取した場合に確かにNDA+の濃度が高まった」ことが間違いでなかったとしても、それは次に述べる現象によるものだと考えられます。

 掲載した図(高画質PDFはこちら)の左下の図を見ていただきたいと思います。この図の左側が血液中を示しているのですが、NMNの何割かが〝Slc12a8〟というトランスポーターを介して組織中に移行しています。ただ、その割合は未だ明らかではありません。残りの大部分は、CD73というタンパク質によって〝NR(ニコチンアミド・リボシド)〟へと変換されます。即ち、点滴によってNMNを血中に放り込んでも、その多くはNMNからリン酸基が外されたNRへと変換されてしまうということです。3万円ほどかけて血中に投与したにも拘わらず、NMNが充分に活かされないことになります。
 次に、NMNから変換されて生じたNRはどうなるのかを見てみますと、一部は何種類かのETNというトランスポーター(ENTs)を介して組織中に移行しますが、残りの大部分は5単糖が外されてニコチンアミドへと変換されてしまいます。
 結局、血中にNMNを投与しても、或いはNRを投与しても、大部分はニコチンアミドに変換されてから組織中へと移行することになるわけです。
 上述の件、即ち、数々の研究論文において「1日に数百mgのNMNを摂取した場合に確かにNDA+の濃度が高まった」ことが間違いでなかったとしても、それはニコチンアミド(俗に言われる「ナイアシンアミド」)を摂取した場合にNDA+の濃度が高まる現象を見ている可能性が高い、ということになります。

 さて、NR(ニコチンアミド・リボシド)についてですが、これもNMNに引けを取らずに抗老化作用を示す物質として脚光を浴びつつあります。NMNと同様に、ヒトを含めた生物の体内に存在する天然物質であり、特に酵母などの単細胞生物に比較的高含有量にて含まれています。そして、そこから精製されて作られるサプリメントのお値段も相当高くなっています。
 NRは、組織の細胞内にてNRKs(ニコチンアミド・リボシド・キナーゼ)によってNMNへと変換されます。なお、ニコチンアミドはNAMPTによってNMNへと変換されますので、変換に関わっている酵素が違っており、老化によってNAMPTの活性が低下していた場合にはNRの特徴が活かせそうです。
 ただし、血中に入った時の現象は上述の通りですが、その前に消化管における動態を見ておく必要があります。掲載した図の右下の図を見ていただきましょう。これは、NRを経口摂取した場合の経路が描かれたものです。先ず、小腸にて何割かが吸収されて肝臓に向かい、NMNを経てNAD+へと変換されます。これで、目出度くNAD+が高まることになります。残りはBST1という酵素にてニコチンアミドへと変換され、次に、ニコチンアミドは腸内細菌によって何割かがニコチン酸(いわゆる「ナイアシン」)へと変換され、肝臓におけるNAD+合成に寄与することになります。その場合の経路は右上の図に描かれています。これは結局、ニコチン酸をサプリメントにて摂取した場合の代謝経路になります。

 では、ニコチンアミドよりも遥かに高額なNRを購入して飲む必要性があるのか…? ということについてですが、最近、多くのがん患者にてNAMPT活性が高まっているという事実があります。しかしこれは、がん細胞が過酷な状況を乗り越えるための非常手段としてNAD+の合成量を高める代謝に切り替えていることによるものです。巷では、これを受けてNAMPT阻害薬なるものを作っているようですが、これは全細胞の生命力を奪ってしまう最悪の方法となります。従いまして、NAMPT(特に細胞外(血液中)のeNAMPT)の活性を高めることががんを促すことになると考える必要は無いと思われます。この事がどうしても気になるという向きには高価なNRを抗老化のために用いても良いかもしれませんが、結局は腸管においても、血中においても、NRの多くはニコチンアミドへと変換されてしまうわけですから、お金の使い道に困っている方以外は、ニコチンアミドを補給すれば良い、と結論付けることができるわけです。

 
執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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