AI(人工知能)を搭載したコンピューターが答えを出し、ロボットが作業を行う時代になってきました。やがて、小型化されたAI搭載マイクロコンピューターが高性能ロボットに搭載される時代が来ると、人間は更に多くの仕事を失うことになりそうです。
ただ、AI搭載ロボットに出来ないことがあります。その典型例は、人間同士が競うことが前提であるスポーツに参戦することでしょう。もし、AI搭載ロボットを選手として登場させたチームがあれば、ルール違反として罰則が下ることになりそうです。他にも、人間でなければ参加できないと決められたイベントには、ロボットは参加できないことになります。
他の分野ではどうでしょうか…。最近では、AIもどんどんと人間に近くなってきており、芸術分野でも活躍できるようになってきました。例えば、小説を書いたり、音楽を作ったり、絵を描いたり、映画を作ったりなども可能になってきました。映画の場合、ストーリーを作り、全ての登場人物の会話を作り、画面に出てくる登場人物を有名俳優そっくりに描き出すことも可能になりました。いま映画業界では、AIの指示のもとに人間が下働きしなければならない状況になりかねないため、AIの利用が問題になってきています。今後、人間はどうしていけばよいのでしょうか…。
AIの弱点は凄い速さで克服されつつあります。もう、不可能は無いかのようですが、強いて言えば苦手な分野があります。それはやはり、予感がするとか、気配がするとか、肌で感じるとか、そのような第六感的な感覚によって答え(戦略や対応方法)を変えることでしょう。因みに、相手の感情を汲み取って対応方法を変えることは、例えば気分が悪くなった時には声の調子がこのように変わり、表情がこのように変わる…などのデータをインプットしておけば、AIでも対応可能だと考えられますが、第六感的な感覚にまで踏み込むことは非常に難しいでしょう。従いまして、そのような感覚を鍛えれば、人間ならではの実力を、当分の間は発揮できそうです。では、どうやったらそれを鍛えることが出来るのでしょうか…。
「この天気、この時間ならば、あそこに行って、このエサを使って、このような釣り方をすれば、この種類の魚が釣れそうだ」という答えを出すことは、そのような情報を予めAIにインプットしておけば可能になるかもしれません。しかし、その場合の竿の長さ、糸の種類や長さ、針の種類、エサの硬さや付け方、沈める深さなどの詳細まで答えるためには更に詳しい情報のインプットが必要でしょう。もっと難しいのは、竿に手ごたえがあった時の動作、引き上げる速さや強さ、針の外し方など、動作に関するものであり、将来において高性能AI搭載ロボットが出来上がったとしても、そのロボットには膨大な数と種類のセンサーを取り付けておかなければ実現できないでしょう。要するに、AIに映画を作らせることよりも、魚釣りをさせることの方が格段に難しいと言えそうです。
掲載した図(高画質PDFはこちら)に、魚釣りをする少女のシーンを幾つか載せましたが、彼女の脳内には、上述したような情報が予めインプットされているのでしょうか…?
少なくとも、釣り歴が数十年というベテランのおじさんのような経験は、彼女にはもちろん無いわけです。従いまして、彼女は、いわば本能的に魚の釣り方が脳内に浮かび、それを元に実行しているように思えます。換言すれば、それは〝野生の本能〟とも言えるものでしょう。
子育てをしない動物、例えば爬虫類や両生類は、親からエサのとり方を教えられるまでもなく、自分でエサを選んで獲って食べることが出来ます。これを〝本能〟と呼んでも結構でしょう。予め仕組まれているというよりは、脳が勝手にエサ取り行動を行えるように脳を構築していくのです。遺伝子の本体であるDNAに書かれている? いや、DNAにはアミノ酸の種類と順番だけしか書かれていません。即ち、エサ取りの仕方を記述した遺伝情報は存在しないわけです。従って、脳が本能を作り出しているということになります。
私たちの脳は、先にupした『運動と音楽で脳由来神経栄養因子(BDNF)を増やそう』にて述べましたように、2~3歳ごろまでは無限とも言える可能性を秘めています。その後、使われないと判断されたシナプス(ニューロン同士の接続部分)は刈り込まれて減少していきます(ご参考;『脳は思い通りに発達させることが出来る』)。食べることに関しては、食品は親が買ってきたり作ったりして子どもに食べさせますので、エサ取りの本能は幼少期に何でも口の中に放り込む時期には残っていますが、それ以降は無くなってしまいます。しかし、この少女のように育てられると、エサ取り本能は無くならず、ますます発達していくことになります。どのように育てれば良いのか…、そのキーワードは〝野生化〟です。
図の右端に書き込みましたように「魚を貰うのではなく、釣り方を教えてもらうのでもなく、どうやったら釣れるのかが自ずと解る」ということでしょう。そして、「魚を釣るという高度な課題を解決する度に、脳は更に発達していく」ことになります。
淡水魚は、DHA(ドコサヘキサエン酸)が餌料環境中に極めて少ないため、餌として食べたプランクトンや藻類が含んでいるα-リノレン酸からDHAを合成する能力をもっていますので、体内には、やはり多くのDHAが含まれています。魚を釣った彼女はその魚を食べることによって、脳の発達に必須のDHAを充分に得ることが出来ます。
また、斜面や不整地を歩くことは、着地した瞬間の足裏からの情報を瞬時に脳に送って、頻繁に姿勢制御を繰り返さなければならないことになります。また、天候や風向きをはじめとした周囲の環境は刻々と変化し、魚の居場所も変化することでしょう。家の中で何かの勉強をしていることに較べると、脳に入力される情報量が桁違いに多くなるはずです。そして、魚を釣り上げたり針を外したり、釣った魚を持って帰るという動作は良い運動になり、脳由来神経栄養因子(BDNF)を多く分泌させることになります。
そのような豊かな情報入力と栄養的な充足によって彼女の脳は高度に発達し、現代人が失いかけている〝予感がする〟とか〝気配がする〟とか〝肌で感じる〟などの第六感とも言える能力をも高めているはずです。そして、釣りの場面以外でも、大人が驚くような能力を色々と見せつけてくれるはずです。〝野生化〟は、軟弱で病気がちになった現代の子どもたちを救うための最も重要なキーワードとなります。