掲載した図(高画質PDFはこちら)の左側に示しましたように、同じタイプの椅子に、自分と、もう一人の人がそれぞれ座っていたとします。あるとき、互いに席を入れ替わって座ったとします。その瞬間、椅子がとんでもなく熱く感じた経験はありませんでしょうか…。
このようなシーンは、職場でもあるかも知れません。隣の席の人が「ねぇ、これどうやたら良いです?分かります?」「ちょっと換わりましょうか」と言って、その人が座っていた椅子に座った瞬間「熱っ」と思うことがあるでしょう。
或いは、少し硬めの椅子などを使っているホールとかスタジアムで、横に座っていた人が「一つずつ右に詰めましょうか…」と言って右にズレ、その人が座っていた椅子に自分が座った瞬間「熱っ」って思ったことがあるでしょう。
なお、次のような場合は該当しません。即ち、それまで自分は立っていて、その後に誰かが座っていた椅子に座る場合です。この場合は、それまで座っていた人の体温で椅子が温まっているわけですから、誰も座っていなかった常温のままの椅子に座るのとでは訳が違います。今日の話は、自分と他の人が同じように椅子に座っていて、その後に席を入れ換わった場合の話です。
一方で、自分が椅子に座っていて、近くのものを取るために数秒間お尻を上げ、再び同じ椅子に座る場面は多くあると思います。しかし、その時に椅子が熱いと感じたことは殆ど無いのではないかと思います。自分の体温で椅子が温められているはずなのに、普通は何も感じないと思います。
ところが…です。他人の体温で椅子が温められた場合に限って、その椅子を熱く感じるのです。「この人、熱があるんじゃない?」と思うかもしれません。しかし、その人も同じことを感じるのです。あなたが座っていた椅子が「熱い」と…。
この、世にも不思議な現象を解明したいと思います。
では、もう、いきなり結論っぽいところに進んで行きます。掲載した図の右側に、人が座っていた座面のサーモグラフィの例を載せました。赤色に近い部分ほど温度が高いことを示しています。
先ず、二人が同じ椅子に同じように座っていたとしても、座面の温まる部位が少しずつ異なります。即ち、あなたが椅子に座ってしばらくすると、椅子の座面に、あなたならではのオリジナルな温度パターンが生じます。10人居れば、10通りの温度パターンが出来上がるでしょう。
その場合、椅子の座面だけでなく、座面に当たっていた皮膚の部分も温まっています。これは、座面と密着しているため、体温が逃げないからです。ただ、最も温度の高い部分から周辺に行くほど体温が逃げやすいので、周辺ほど通常の皮膚温に近くなります。
ここで重要なことは、自分のお尻の部分にも、椅子の座面と同じ形の温度パターンが出来上がっているということです。
さて、席を入れ換わったとしましょう。あなたは、それまで自分が座っていた椅子の温度パターンとは異なった温度パターンを持つ椅子に座ることになります。すると、あなたのお尻に生じていた温度パターンとも異なってしまうことになります。それは即ち、あまり皮膚温が高まっていない部分にも、椅子の座面の温度の高い部分が触れることになります。これがきっかけで、次のような生体反応が起こります。
お尻の部分で感受した、少し異なった温度パターンは、あなたの脳・神経系の担当部分を興奮させ、その異常さをもっと厳密に見極めようと、本能的に感度を高めることになります。この高感度化が、普通なら「温かい」程度であるものを「熱い」と感じさせてしまうことになります。これは、生物進化の過程において、生体防御のために異変に気付きやすくするメカニズムであり、異変が無ければ省エネモードにするために感度を下げておく、ということでしょう。
以上のようなメカニズムによって、世にも不思議な現象が起こります。特に暑い時期は、席を交代する場合には、着座するまでに数分の間を置いた方が良いでしょう。なお、あまり熱く感じない場合は、その人と尻合いだということです。