人間より私たちの細胞の方がかなり賢い

人間よりも私たちの細胞の方がかなり賢い

 前回にupしましたのは『いまだに使用頻度の高い免疫チェックポイント阻害薬の真実』ですが、次の話に行く前に、免疫チェックポイント阻害薬の、極めて愚かな一面を紹介しておきます。なお、この話は他の薬物治療(分子標的薬や一般的な抗がん剤を使用する)場合におきましても同様に、基本中の基本になりますので、一度ご確認をお願いいたします。

 百聞は一見に如かずですので、掲載した図(高画質PDFはこちら)の右下方の大きな図を見て頂けますでしょうか。
 これは、がん細胞が集まって集塊を形成している状態がイラスト化されたものです。この集塊は〝腫瘍微小環境(Tumor microenvironment;TME)〟と呼ばれています。なお、同様の意味の語として〝がんニッチ〟というものがありますが、これは腫瘍微小環境の中でも、特にがん細胞が増殖しやすかったり、転移しやすくなるような、がん細胞にとって有利な微小環境を指すものであるとされています。このブログでは、以降は〝腫瘍微小環境〟と表現することにします。
 腫瘍微小環境の大きさは、がん細胞が千個ぐらいの集塊であれば0.2mm程度、百万個ぐらいの集塊であれば2mm程度だと推定されています。

 がん化した細胞が分裂を開始して増えていった場合、元(親)になった細胞の隣または周囲に、新しく生まれたがん細胞が位置するのは当然のことでしょう。即ち、すぐに切り離されて別の場所に移動していかない限り、がん細胞ばかりが集まった集塊が形成されることになるわけです。ただ、その集塊の内部構造は、想像を遥かに超えて機能的に出来上がっていて、それこそ人類の英知を遥かに凌ぐ知恵と工夫が凝集されている…、ということなのです。

 今回の記事で特に強調しておきたいことは、免疫チェックポイント薬が前提としているような「がん細胞と免疫細胞の接触」などは、少なくとも腫瘍微小環境内では実現しない、ということです。そのような接触が無いのであれば、免疫細胞に備わっているブレーキを効かなくしてしまったところで、腫瘍微小環境内のがん細胞は何の影響も受けないということです。

 では、なぜノーベル賞まで取った理論が生まれたのか…? 研究は、実験室で行われます。実験室でがん細胞を培養し、がん細胞を見つけたら攻撃するであろう免疫細胞(細胞傷害性T細胞をはじめとした多くの種類のリンパ球)を共存させますと、そのリンパ球が、がん細胞を攻撃して死滅させる(アポトーシスに向かわせる)光景が観察されます。ところが、ある時には、がん細胞が免疫細胞に攻撃を仕掛けないように指示を送る、という現象も確認することが出来ます。この時に使われる仕組みの一部が、いわゆる「免疫細胞に掛かるブレーキ」です。それならば、そのブレーキが掛からないようにしてやれば、がん細胞は免疫細胞に攻撃されるようになるはずだ…、というわけです。
 しかし、現実はそれほど甘くはありません。実験室で行える模倣実験のレベルと、ヒトの体で実際にがん組織が生じているレベルとでは、雲泥の差があるのです。

 なぜ、それに関わっていた研究者は甘く見てしまったのでしょうか…。最も大きいと考えられる理由は、「がん細胞というのは、遺伝子が壊れて制御不能になった、壊れた細胞だ」という解釈だと思われます。
 実際には、そんなことはありません。がん細胞というのは、悪環境になった部位で生き延びるために、生命誕生から何十億年という長期にわたって獲得してきた、生き延びるための知恵と力を全て解放した細胞です。例えば、周囲に有毒物質が漂ってきたとします。すると、急速に細胞分裂を行い、自分の周囲に自分をガードするための細胞を配置します。また、通常とは異なった細胞を生み出すことになりますから、免疫細胞にはそれを攻撃しないように連絡を入れます。更に、周囲の免疫細胞には、自分を守ることを最優先するように変化してもらいます。血管網も工夫を凝らし、外部から有毒物質が直接的に流れ込んで来にくいようにします。他にも、書き始めればキリがないほどの工夫が凝らされます。

 そのように、悪環境に耐えるために砦(とりで)を作っているがん組織に対して、その中心付近に居るがん幹細胞を毒物で退治しようとする…。もう、どう考えても最初から無理な愚行だと判断できます。試しに、腫瘍微小環境の外側から、人間が作り出した様々な種類の有毒物質を振りかけてみます。その結果はどうなるでしょうか…?
 最も影響を受け難いのは、腫瘍微小環境の中央付近に存在している、がん幹細胞です。逆に、最も大きなダメージを受けてしまうのは、砦で覆われていない普通の細胞です。
 では、投与量を少し減らしたらどうでしょうか…。減らしても、あらゆる遺伝子を開放し、それを駆使することができるがん細胞は、バクテリアが薬剤耐性を獲得するのと同様に、昔に自分がバクテリアであった頃に使っていた仕組みを使って効率よく遺伝子変異を起こし、薬剤耐性を身に付けます。即ち、低用量で副作用が出ていないようであっても、がん幹細胞は着実に薬剤耐性などのパワーアップを実現させているということです。
 その反撃は、数年経った後に表面化してくることでしょうし、だからこそ、抗がん効果は長くても5年以内の生存率で比較されます。余談ですが、「5年生存率が高まった…」など、それ以降は死ぬのが当たり前だとする啓蒙は、抗がん剤を正当化するための施策の一つです。全く、たまったものではありません。

 上記の中の要点は、掲載した図の右上に書き込みました。そして、左下に書き込んだのが次のことです。これは、その他の生理学的な変化によっても、免疫細胞が腫瘍微小環境内では働けない理由になります。即ち、腫瘍微小環境の内部は、人間からの毒物攻撃が増すにつれて、免疫抑制性代謝物の濃度上昇、各種栄養素の欠乏、低酸素、乳酸の増加による酸性化、免疫細胞に指示を送るためのシグナル伝達の調節不全、細胞外ATPの量の増加、アデノシンやカリウムイオンの増加、などです。また、それによって影響を受ける各種の免疫細胞の種類と、影響の受け方が、右下の大きな図に示されていますので、ざっと眺めてもらえば結構でしょう。
 そして、そのような過酷な環境に耐えられるのは、がん細胞のみだということです。仮に腫瘍微小環境内に、免疫チェックポイント阻害薬の開発陣が期待したような免疫細胞が入ったとしても、そのような環境下では活動することは出来ないということです。要するに、免疫細胞のブレーキを効かなくしたところで、それはがん細胞にとっては何のダメージにも繋がらないということです。
 そればかりか、次のようなオマケが付いてきます。それは、一般組織の細胞は、ブレーキを効かなくされた免疫細胞に攻撃され始めるようになり、〝免疫関連有害事象(irAE)〟と呼ばれる様々な有害事象を引き起こすことになります。今回は詳しく述べませんが、検索していただければ色々と情報が得られると思います。

 
執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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