人はどんどん長生きになってきていますから、自分たちは一体どのような結末になっていくのか…、と考える機会も増えてくることでしょう。病気になっても辛いでしょうし、これといった病気にならなくても、歩き難くなったり、見え難くなったり、聞こえ難くなったり、物覚えが悪くなったりすると、自分が辛いだけでなく周囲の人にも迷惑をかけることになりますから、何とか死ぬまでは健康でいたい、と思う人は多いことでしょう。そこで、今日紹介しますのは〝スーパーエイジャー〟と呼ばれる人たちのお話です。
スーパーエイジャー(Superagers)というのは、ノースウェスタン大学の研究グループによる命名が最初であると伝えられています。そしてそれは、80歳以上の高齢者のうち、中年(50~60代)の平均値と同等以上の知的能力を発揮する人のことを指して使われるようになりました。また、スーパーエイジャーに該当する人の殆どは、知的能力だけでなく運動能力の衰えも少なく、外見も若々しいことが多いとされています。まぁ、このあたりのことは、日本でも自分の周囲を見渡せば「あの人もスーパーエイジャーだと言える」人が見つかることでしょうし、中身が若ければ外見もそれ相応の若さを保っていることが多いことに頷けるでしょう。
現存のスーパーエイジャーを追跡調査したり、高度な分析機器を用いてその特徴を調べたりする研究が、年々盛んになってきています。その理由は、高齢化社会の進展に伴って認知症患者がますます増えてきますので、それを何とか喰い止めるためのヒントを得たい、ということです。そしてまた、自分たちが高齢になった時に認知症にならずに済む方法を知りたい、ということも大きな目的になりそうです。
例によって、インターネットを用いて「スーパーエイジャー」を調べてみますと、まぁ色々な3次情報や4次情報が、様々な業種の人から発信されていて、それを検索エンジンが上位に表示します。その内容を見て、また別のライターさんが書いたり、どこかの医師が書いたりしてネット上に公開します。更に、AIがそれを見て学び、質問の答えとしてそれらを表示します。その結果、肝心の1次情報(即ち学術論文)や、その研究者が所属する研究機関からの概説などの2次情報は、検索結果としては上位に表示されてきません。因みに、それらを表示させるためには、キーワードとして他の何らかの専門用語を幾つか加えることが必要になるのですが、そうでもしない限り、正しい情報は得られないと考えておいて間違いありません。
「スーパーエイジャーは脳が委縮していない、或いは委縮が遅い」とか、「○○の部分の皮質が分厚い」とか、「スーパーエイジャーになるためには遺伝子が絡んでいるから…」とか、「スーパーエイジャーがやっている5つの習慣」など、もう書き放題です。実験データや計測データを添付していないわけですから、違ったことを書いていても一般向けにはバレません。その結果として、けっこう残念な現状を目の当たりにするわけです。
さて、今日メインに採り上げますのは2024年に報告された研究論文の重要ポイントなのですが、掲載した図(高画質PDFはこちら)を先に見てもらうことにします(スマホの方は、後からでも結構です)。右上にグラフを載せましたが、これは脳(大脳)の白質の部分の体積の経年変化を示したものです。因みに、白質といいますのは、最外層にある灰白質(かいはくしつ)の内側にある組織のことで、この部分は、神経細胞から内側に向かって伸びている神経線維が通っている部位になります。
白質は、脳の内部の多くを占めている部分になるわけですが、スーパーエイジャーだからといって委縮が抑制されているわけではありません。80歳を過ぎても頭脳明晰である人の脳は委縮していないわけではなく、普通に委縮していることのほうが多いわけです。
白質であっても、その外側の灰白質であっても、委縮の程度はスーパーエイジャーなのか一般的な高齢者(典型高齢者)なのかよりも、個人差の方が圧倒的に大きくなるわけです。即ち、脳の萎縮と認知機能は正比例しないことのほうが多いのです。
例えば、「スーパーエイジャーの脳は委縮の程度が小さい」という情報を流した場合、一般的には「なるほど、それはよく分かる」といって信用してしまうでしょうし、その執筆者を責めることはしないでしょう。しかし、それは誤情報だということになります。
次に、白質が部分的に壊れている(病変であると判断できる)場合があるのですが、その体積をスーパーエイジャーと一般的な高齢者で比較したのが右下のグラフになります。病変部分の体積は、そうでない部分に較べると概して言えば1/10程度なのですが、平均的には加齢に伴って増加していきます。なお、年齢が進んでも増加しない人もいるようであり、そのような人はスーパーエイジャーのほうに多く居ることが判ります。即ち、スーパーエイジャーは白質が病変し難い傾向がある、ということになります。ただ、統計的には有意差が見られない程の、わずかな差であると言えます。
次に、スーパーエイジャーと一般的な高齢者との決定的な差であると、この論文が主張している計測結果が図の左下にあります。このデータの見方や解説はけっこう難易度が高いため、結論のみ申し上げます。それは、白質の微細構造についてなのですが、スーパーエイジャーの白質の微細構造は、一般的な高齢者よりも「優れている」ということです。因みに、図には、分画異方性(FA)という指標が高く、平均拡散率(MD)という指標が低い、ということを示す解析画像が示されています。
白質は、神経細胞体から伸びている神経線維(軸索)が通っている部分ですが、そのイメージ以上に、何層にもなった複雑な構造をしています。そして、その役割としましては、表層である灰白質からの信号を内部へと伝達することと併せて、他の脳領域の灰白質との信号のやり取りも行います。大雑把に言うならば、灰白質の神経細胞を繋いで思考回路を形成する役割を果たしているということです。
では、白質の微細構造が加齢によって崩れてくると、どのようなことが起こるでしょう…。そうです、例えば、以前の記憶と、新しく入ってきた情報を照らし合わせて、それが何であるかを知ったり、両者の関係を判断したり、それを元に脳の他の領域に指令を出したり…、などという、いわゆる認知機能全体が衰えることになります。
スーパーエイジャーと呼ばれる人たちは、あまり使っていない神経細胞を死滅させて無駄を省き、利用頻度の高い神経回路を維持し、新しく学んだことを具現化するための新たな神経回路を増設します。そのため、全体の体積は減少していきますが、神経線維の本数や結合部分(シナプス)の数は学習結果に応じてダイナミックに取捨選択を繰り返しています。一般的に、灰白質の発達ピークは20代で、白質の発達のピークは中年期であると言われていますが、スーパーエイジャーの場合は80歳になっても発達の勢いを損ねていないということになります。
それならば、将来的にスーパーエイジャーになるためには、遺伝子がどうのこうのというのではなくて、誰でも、毎日、毎秒、神経回路を大いに酷使してやることです。もちろん、辛いと感じることは良くはありませんので、楽しみながら問題提起と問題解決を、出来るだけ多く行うことです。その場合の問題提起は、難易度がある程度高いほうが効果的です。すると、それを解決するために神経細胞は白質の回路をフルに使って解決手段を編み出そうとするわけです。
逆に言うと、無意識で行えるようなルーチンワークは可能な限り避けることです。業務の都合上でルーチンワークになるというなら、その作業を1分縮めるにはどうすれば良いか、その作業をこなすのに他の方法は使えないか…、などというふうに、常に問題提起を行い、その解決策を編み出すことを繰り返すことです。もちろん、それなりのエネルギーがいるわけですが、その見返りとして、スーパーエイジャーの称号が手に入ります。