〝シェディング〟という語を正しく理解しましょう

「シェディング」の本来の意味

 今回も、リクエスト戴きました内容になりますが、タイトルに書きましたように〝シェディング〟に関してです。初めて聞かれる方もいらしゃるでしょうし、これに随分と悩まされている、という方もいらしゃるようです。では、最も基本的な部分から見ていくことにしましょう。

 重要ポイントは掲載した図(高画質PDFはこちら)に書き込んでいますが、これを元にして必要事項を述べていくことにします。
 そもそも、英単語の「shed」は、[不要なものを]捨てる、放出する、排出する、流し出す、落とす、などの意味です。このような場合、和訳になっている各語の意味を別個に記憶したり思い浮かべたりするのではなくて、そのような和訳の全てを包含するようなイメージを頭の中で作り出し、そのイメージを単語の意味として記憶するのが最適です。
 この時点で言えることは、「新型コロナワクチンのmRNAが接種者の体内で自己複製し、それが体外に排出されて他の人に感染して被害を与える」などの意味で「シェディング」という語が使われていることを非常に残念に思います。

 次に行きます。生物学の分野で〝シェディング〟といえば、第一に〝membrane protein shedding:膜タンパク質シェディング〟を思い起こします。これは、正常な細胞の普遍的な活動の一つであって、細胞膜に結合している種々のタンパク質が、細胞膜から切り出される動作を指します。
 切り出されることによって、そのタンパク質が細胞膜から間質液中に遊離し、その多くはメッセンジャーとしての機能を担うことになります。
 要するに〝シェディング〟と聞いたとき、生物学者はこのような細胞の活動を思い起こすことになります。そして、「mRNAワクチンが…」と聞いたとき、「何それ?」というリアクションをとる結果になります。

 次ですが、ウイルス学や感染症学などを扱う基礎医学分野の研究者であれば〝viral shedding〟を最初に想起します。これは即ち、感染細胞からのウイルス粒子の排出を指して使われる語です。通常は短縮して単に〝シェディング〟と呼びます。
 例えば、コロナウイルスに感染し(即ち風邪を引いて)、その後に家族に移してしまったとします。家族に移る原因はシェディングなのであって、それは感染細胞から排出されたウイルス粒子が唾液やその他の粘液中に入り込み、それを家族が吸い込んだために感染するような場合です。いわば、相手が本物のウイルスである場合、シェディングはごく普通の現象になります。

 次ですが、ワクチンなどの開発に携わっている人であれば、〝vaccine shedding(ワクチン・シェディング)〟を想起することでしょう。これは、昔から使われてきた生ワクチンの場合に生じる現象です。少し詳しめの内容は後述しますが、本物のウイルスを何らかの形で弱毒化しただけのウイルスを体内に接種しますので、比較的強力な獲得免疫が得られます。そして、弱毒化しただけのウイルスは、感染性をも保持していた場合には、他者に感染することになります。要するに、〝シェディング〟というのは、生ワクチンを打った場合に起こりやすい現象だということになります。

 では、観点を変えて見ていくことにします。掲載した図の右側に書いた内容になるのですが、これは特に「ワクチンを打った人から何かが排出されている…」ということに対して「異常だ」「怖い」などと感じる人にご理解いただきたいことになります。

 栄養成分でも有害物質でもウイルスでもそうなのですが、体内に入ったものは、保持されるか排出(shed)されるか、のどちらかになります。
 そのうち、体内に保持されるものは、体外に出て行かないわけですから、他者に直接的な影響を及ぼすことはありません。また、保持されるものを継続的に取り込んだ場合、それは体内に蓄積することになるわけですが、これも体外には出て行きませんから、他者に直接的な影響を及ぼしません。
 一方、排出されるもの(shedされるもの)は、遅かれ早かれ体外に出て行きますから、他者に直接的な影響を及ぼす可能性があります。ただし、それがウイルスではなくて有害物質であった場合、有害性(毒性)が高ければ本人が生存できませんので、体外への排出(shed)は起こらないことになります。しかし、有害性が低ければ、本人は生存して有害物質を体外に排出(shed)することになりますが、それは主に糞尿を通じて排出されるだけですので、他者への影響が有ったとしても軽微なものになります。因みに、ワクチンに補助的に添加されている各種の物質はこれに相当します。

 次に、病原ウイルスの場合ですが、ある種のものは体内で増殖して体外に出ていきますので(排出(shed)されますので)、他者に直接的な影響を及ぼす可能性があります。その結果が、いわゆる「伝染病」です。要するに、伝染病はヴァイアル・シェディングによって起こる、ということになります。上述したような、家族に移る場合がこれに相当します。

 次に、問題になっているワクチンの件ですが、病原ウイルスを弱毒化して作った生ワクチン(弱毒生ワクチン)の場合は、弱毒化してもウイルスとしての増殖機能を残している場合は、細胞内でウイルス粒子が複製され、それが細胞外へと排出(shed)されていく場合があります。これが即ち、ワクチン・シェディングになります。
 まぁ、ワクチンを打ちに行かなくても、打った人の傍にいればワクチン効果がタダで得られるわけですから、ラッキーだということになるかもしれません。

 それ以外のワクチン(不活化ワクチン、成分ワクチン、核酸(遺伝子)ワクチン)は、接種後にワクチン成分が排出(shed)されたとしても、それは増殖性を持ったウイルス粒子ではありませんので、他者の粘膜や皮膚から組織内に潜り込むことは極めて難しくなります。
 例えば新型コロナウイルスはACE2受容体を介して細胞内に潜り込もうとしますが、その際には複数のウイルスタンパク質が共同して潜り込み作業に当たります。即ち、巧妙な仕組みを獲得して自然淘汰を勝ち抜いてきたウイルスだからこそ出来る芸当です。
 片や、特定のmRNAを人工的な小カプセルに入れたワクチンは、いきなり筋肉内に入れるからこそ何とか取り込まれるのでしょうが、ワクチン接種者が作り出したエクソソームでは無理です。空中で乾燥・分解してしまいます。残ったmRNAは単なる埃になるだけで、粘膜から侵入することは出来ません。

 「シェディング被害」などというフレーズにて訴えている人は、「mRNAワクチン製剤を打った人の後ろを歩くだけでも直ぐに体に異変が生じる」などと言っています。そんな短時間に、ワクチン成分であるmRNAが気道から体内に侵入することはありません。健康な人であれば、本物のウイルスでさえIgA、粘液、線毛などに阻まれて、粘膜細胞に近づくことさえできません。それなのに、RNAの断片がどうやって細胞に潜り込めるというのでしょうか…?

 悩んでいる人には申し訳ないのですが、それは過敏症です。おそらく、種々の化学物質にも過剰に反応したり、匂いにも過剰に反応したり、電磁波にも過剰に反応したりするのではないでしょうか…。
 私たちは、敏感であることも重要なのですが、アレルギーと同様に、反応し過ぎても困るわけです。何が足りないのかといえば〝鈍感力〟です。前回の記事の〝免疫力〟の件で、何にでも〝力〟の文字を付ける世代を批判的に書きましたが、何よりも先ず〝鈍感力〟を身に付けることを目標にしていただければと思います。

 
執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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