今回は、テーマを心臓へと移していくことにします。心臓が止まってしまうと、何の処置もしなければ、10分後には必ず訪れるであろう死を待つのみとなります。因みに、心停止から1分以内であれば95%が救命でき、3分以内であれば75%が救命ができ、5分経過すると救命率が25%まで低下し、8分経過した場合には救命の可能性がかなり低くなる、とされています。
心臓が止まらなくても、止まった場合と同様の結果を招いてしまうものに〝心室細動〟があります。これは、心室が通常通りに収縮せず、細かく震えている状態になりますので、血液が送り出せなくなります。これを救命するのに有効な方法として、自動体外式除細動器(AED;Automated External Defibrillator)というものがあります。街中では、探せば近くにある可能性がありますが、例えば山の中に居た場合はお世話になれません。考えただけで、非常に怖くなります。
因みに、「心房細動」は致命的ではありません。今回は〝心室細動〟のお話になります。
心筋梗塞も怖いですが。これは主に動脈硬化などの血管(冠動脈)の問題ですから、予防の仕方は比較的分かり易いと思われます。しかし、心室細動を予防する方法は?と聞かれても、それに答えるのは少々難しくなるかも知れません。
「分からないときはインターネットで…」ということで、ちょっと調べてみましょう。あるサイトには次のように書かれています。「心室細動は、心筋梗塞を発症したときや心臓の機能が悪い慢性心不全状態の人、遺伝的な素因をもっている人に起きやすいとされています」ということでした。ということは、心筋梗塞の予防をしていれば良いということなのでしょうか…??
他のサイトを見てみましょう。すると、「心室細動の最も一般的な原因は心疾患であり、特に冠動脈疾患による心筋への血流不足に起因する場合が多く、これは心臓発作が起きた際にみられます。その他の原因としては以下のものがあります。心不全、心筋症、冠動脈疾患などの病気を原因とするショック(重度の血圧低下)、電気ショック、溺水、QT延長症候群、心臓内の電流に影響を及ぼす薬、ブルガダ症候群とその他の心筋イオンチャネル病」と書かれていました。ということは、主原因は血流不足??
前置きが長くなって申し訳ないのですが、急発達中のAI(google)にも聞いてみましょう。すると、次のように出てきました「心室細動を防ぐには、肥満や喫煙、過度の飲酒などの生活習慣を改め、心臓病にならないようにすることが大切です」というのが1番目の答えでした。2番目の答えとして「心室細動を防ぐには、生活習慣肥満を避ける、喫煙を避ける、過度の飲酒を避ける、規則正しい食事を心がける、適度な運動をする」というものでした。3番目の答えとしては「心室細動は、心筋梗塞や慢性心不全、遺伝的な素因などによって発症しやすくなります」と出てきました。
このAIは、知識として海外からの情報をも隈なく習得して統合化し、より正確だと考えられる情報から順に出力していくのでしょう。皆さま、もう、AIに聞く方が正確な場合が多くなってきました。特に医療の分野では、AIの進化が速いです。手術したりはできませんが、医師の仕事の多くはAIが代わりにやってくれて、そのほうが正確だと以前から言われていましたが、もうその段階になってきたと言えるでしょう。そして、このブログにおけるライバルはAIになるわけですが、AIに出来なさそうな部分を記事にしていこうかと思います。
では、心室細動の原因としてAIが最初に挙げた〝肥満〟との関係を見ていくことにしましょう。心室細動に至るまでには、いわゆる一般的に言う〝不整脈〟の頻度が高まっていくようです。なお、この不整脈というものの種類は非常に多くて、30歳代辺りから増えていくことが多いとされている〝期外収縮〟などの比較的無難な不整脈もありますし、要注意である種々の不整脈もあるわけですが、それらを防ぐことも、心室細動を防ぐことに繋がるわけです。
掲載した図(高画質PDFはこちら)の左上に〝異所性脂肪〟の図を引用させた頂きました。本来、私たちの体は、脂肪を蓄積する場所を決めているはずなのです。例えば、空を飛ぶ鳥が、翼の先あたりに脂肪を蓄積したならば、速く羽ばたけなくなって子孫を残すことは不可能になるでしょう。或いは、草食動物が四肢に脂肪を蓄積したならば、速く走れなくなって子孫を残すことは不可能になるでしょう。人類も本来は同じなのであって、生きるために不都合となる場所に脂肪を蓄積することは抑制されていたはずです。ところが、そのような不都合な場所に脂肪が蓄積してしまうようになり、そのような脂肪のことを〝異所性脂肪〟と呼んでいるわけです。
牛の霜降り肉は、人間が食べれば美味しいかも知れないのですが、牛にとってはこの上なく迷惑なものです。おそらく、内臓にもそれなりに脂肪が蓄積しており、病気がちであると思われます。しかしそれを人間が食べれば美味しいと感じるわけで、餌に含まれる幾つかの栄養素を枯渇させてでも異常に太らせていく方法を選んだのでしょう。
それを食べている人間様も、体が霜降り状態になっていきます。筋肉中に脂肪細胞が増え、そのサイズが多くなるとプヨプヨの筋肉となり、筋肉としての性能が低下していきます。心臓の壁に脂肪が増えると、図に書かれていますように、インスリン抵抗性が高まると共に、ミトコンドリアの機能が低下していきます。前者は、高濃度になっている糖の利用能を低下させることになり、後者はβ酸化による脂肪の消費やATP産生能力を低下させることになります。もう、これだけでも、心筋が電気的パルスに応じて的確に作動する能力を低下させることになります。
では、図の左下を見て頂くことにしましょう。これは、心臓の壁の断面を表したものですが、脂肪細胞の塊(脂肪組織)が2ヵ所に描かれています。一つは心臓の外側で、図中には〝心房脂肪組織〟という名前が振られています。勿論、これも異所性脂肪ですので、心臓に対して様々な悪さをすることになります。
そして更に悪さをすることになるのが、もう一つの場所の脂肪細胞の塊で、図中には〝心外膜脂肪組織(EAT;epicardial adipose tissue、またはepicardial fat)〟という名前が振られています。今回の記事の主テーマは、このEATになります。
EATが心臓に対してどのような悪さをするのかについては、図の右下に簡略化しておきました。即ち、心筋層に陥入した脂肪組織は、(房室結節から発せられる電気的パルスの)伝導経路を迂回させたり、本来ならば無いはずのmiRNA(マイクロRNA)、サイトカイン、アディポカインを放出したり、(心筋が収縮する場合に余計となる)電気的な干渉をすることによって、(正確な拍動のための)刺激伝導系を乱すことになります。その結果として、期外収縮などの不整脈が起こりやすくなり、ひいては心房細動や心室細胞などの致命的な現象を生じることになる、というわけです。
ざっくりと言うならば、本来なら無いはずの脂肪細胞が、筋肉細胞に付着することによって様々な邪魔をする、ということになります。
それならば、心室細動を予防したり、期外収縮をはじめとした不整脈を軽減したり予防したりするための最善の対策は、心臓の壁に脂肪を蓄積させないことだということになります。また、既に蓄積させてしまっている人は、それを減らすことが先決だということになります。
掲載した図の右上に、原論文のアブストラクトとして使われている図を元にして、それにイラストなどを付け加えたのですが、決して太っているとは言えない人であっても、内臓脂肪を多く蓄積している人がいます。そのような人の場合、内臓の周囲に脂肪が多く蓄積している以外に、心臓の壁などの組織中にも脂肪が蓄積している可能性が高くなります。従いまして、そのような異所性脂肪をすぐにでも減らすことに重要だということになります。