親ツバメはどうやって我が家を見つけるのか──地磁気と記憶が導く帰巣の精度

親ツバメはどうやって我が家を見つけるのか──地磁気と記憶が導く帰巣の精度
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【1】はじめに
 ツバメ(つばめ、燕、学名:Hirundo rustica)は、スズメ目ツバメ科ツバメ属に分類される鳥です。冬場にその姿をめったに見ないのは、そのほとんどが東南アジアなどの暖かい地域へと移動しているからです。そして、早ければ本州では3月中旬/下旬頃から姿を見せ始め、4月から本格的に巣作りを始め、5月から6月にかけて餌を運ぶ親鳥や、巣から顔を出すヒナの姿が見られるようになります。なお、同じ年に2回目、更には3回目の子育てをする番(つがい)もいて、8月頃まで子育ての姿が見られることもあります。
 ところで、ツバメの姿を見ると、胸の奥がじんわりと熱くなります。ツバメの本来の最長寿命は10年以上あるそうですが、実際には、平均寿命が1~2年という短期にとどまるのです。その理由は、日本と東南アジア間の渡りの途中で、捕食・嵐・衝突・疲労・病気といった数えきれない試練に晒されて、多くの個体が命を落とすからです。1個体の年間死亡率は6〜7割と推定されていまして、生き延びて翌年も日本に戻ってこられる個体は3〜4割にすぎません。平均を取って35%とすると、日本で生まれた子ツバメが2年後に日本で見られる確率は12.25%まで低下することになります。即ち、100羽孵っても、2年後の春に日本に帰って来られるのは、たったの12羽程度だということです。だからこそ、まだ雛のいない時期である3~6月にツバメを見たとき、彼らは過酷な渡りを乗り越えて生き延びた個体なので、「よく無事で帰って来てくれたね…。頑張ったね。さぞかし、辛かったでしょう…」と思ってしまうのです。
 因みに、ツバメが冬に南の国へ移動するのは、主食である飛翔昆虫が日本の冬にはほとんどいなくなるからです。そのため、日本で繁殖したツバメの多くは、フィリピン、マレー半島、インドネシアなどの温暖な東南アジア地域へ、数千kmの旅をして越冬するのです。一方で、日本で冬を越す“越冬ツバメ”もごく少数存在するのですが、全体から見れば例外的な個体にすぎません。

【2】親ツバメはなぜ“同じ巣”に戻ってくるのか
 親ツバメには、前年に作った巣に再び戻ろうとする「帰巣性(きそうせい)」があります。これは、繁殖に成功した場所を翌年も選ぶことによって子育ての成功率を高める、という目的の行動になります。言い換えるならば、前年に繁殖に成功した場所は、餌資源や外敵の状況が自分にとって適していた証であるため、翌年も同じ場所を選べば失敗が少ない、という判断だと言えるわけです。因みに、これは、前年に子ツバメとして巣立った複数の個体の話ではなく、前年に親ツバメであった個体の話です。子育てが2回目である親ツバメは上述の12.5%に相当する、渡りで生き残れた数少ない親ツバメのことです。
 親ツバメは巣の位置そのものを正確に記憶していて、巣や周辺の環境に大きな変化が無い限り、殆どの個体が同じ巣に戻ると言われています。もし、戻ってきた時に巣が壊れていたとしても“元の位置”に強い執着を示し、同じ場所に巣を再建しようとします。もちろん、人間によって同一場所での営巣を物理的に封じられた場合は別ですが…。因みに、同じ家の別の場所に新しい巣が作られた場合は、それは大抵、別の個体であると考えられます。
 では、ツバメはどのようにして、数千kmも離れた東南アジアから、翌年も同じ家の同じ巣に戻ってこられるのでしょうか…。この「帰巣性」の背景には、ツバメが持つ高度なナビゲーション能力があります。これは、地磁気、太陽の位置、星の配置、地形の記憶、匂い、風の流れといった複数の情報を統合して、現在地と目的地を推定する仕組みです。

【3】ツバメの帰巣を支える「地磁気ナビゲーション」
 ツバメの高度なナビゲーション能力の中でも特に重要なのが、地磁気を利用した位置情報の取得であり、次の2つの仕組みが主になります。

① 地磁気を感じ取る「量子コンパス」
 ツバメの網膜には、クリプトクロム(cryptochrome) と呼ばれる光受容タンパク質が存在します。このクリプトクロムは、光を受けると内部で「ラジカル対」と呼ばれる反応性の高い分子ペアを形成します。このラジカル対は、地球の磁場の方向によって反応の進み方が変化する性質を持っています。つまり、ツバメは網膜で生じる化学反応の変化を通じて、地磁気の“方向”を視覚的に感じ取っている可能性があるのです。
 この仕組みは「量子コンパス」と呼ばれ、量子力学的な性質を利用した生体センサーとして注目されています。ツバメはこの量子コンパスを使って、移動中の大まかな方角を把握していると考えられます。

② 鉄を含む磁気センサー細胞
 ツバメのくちばしの奥や三叉神経の周辺には、磁鉄鉱(マグネタイト) と呼ばれる鉄を含む微小な粒子が存在することが知られています。これらの粒子は地磁気の強さや傾きに反応し、その情報が神経を通じて脳に伝えられると考えられています。
 量子コンパスが「方向」を検出する仕組みだとすれば、磁鉄鉱を含む細胞は「位置」や「磁場の強弱」を検出する仕組みであり、ツバメはこの二つの情報を組み合わせることによって地球規模の“地図”を脳内に描いていると考えられます。

【4】親ツバメはどうやって“前年の巣”まで戻るのか
 親ツバメは、上述しましたように、地磁気を利用して広域的な位置を把握しながら渡りを進めますが、最終的に“前年の巣”という局所的な場所へ戻るためには、地磁気ナビゲーションだけでは不十分です。そこで、親ツバメは地磁気ナビゲーションを基盤にしつつ、太陽や星の位置と体内時計との合算による方向付け、海岸線・山脈・川・道路といった地形の記憶を重ね合わせ、更に地域ごとの匂いや風の流れを手がかりにして、自分の現在位置を細かく調整しながら自宅の方向に向かいます。そして、自宅に近づいたならば、驚異的な視力による家の形や周辺の景色の記憶、巣の場所の記憶をもとにして、最終的に “前年の巣”という極めて局所的な場所へ戻ることができるのだということになります。

【5】まとめ
 親ツバメが同じ家の同じ巣に戻ってくるという現象は、単なる習性ではなく、長い進化の過程で磨かれてきた精密な帰巣システムによって支えられています。巣の位置を正確に記憶し、地磁気を利用して広域的な位置を把握し、更に、地形・匂い・風といった複数の情報を統合することによって、親ツバメは数千kmの旅の末に、再び“自宅の軒先の同じ巣”へと帰ってくるのです。
 そして、その帰巣の背景には、渡りの途中で多くの個体が命を落とすという厳しい現実があります。だからこそ、春に姿を見せるツバメは、過酷な旅を生き抜いた“奇跡の生存者”であり、私たちが胸の奥で温かいものを感じるのは、ごく自然なことなのだと思います。
 次回は、視点を少し変えて、「ヒトにも帰巣性は存在するのか」 というテーマについて見ていきたいと思います。ツバメが持つ高度な帰巣能力と比較しながら、ヒトの脳に残された“帰巣性の痕跡”について、科学的に迫っていく予定です。

水瀬あかり

水瀬あかりのひとこと

 春にツバメの姿を見つけると、胸の奥がふわっと温かくなりますよね。あの小さな体で、海を越え、嵐を越え、長い旅を生き抜いて、また同じ場所に帰ってきてくれる。その事実だけで、なんだか「今年も大丈夫だよ」と励まされているような気持になります。
 ツバメが帰ってくる家には、きっとその家だけの匂いや風の流れがあって、ツバメにとっての“安心できる場所”になっているのでしょう。私たちにも、ふと帰りたくなる場所や、心が落ち着く景色がありますよね。
 次回は、そんな“帰りたくなる気持ち”が、実はヒトの脳にも残っているのかどうか──その不思議を一緒に見ていきたいと思います。

 
執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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