【1】 はじめに
起きている間は特に問題が無く、日中の動作で痛みが出るわけでもない。しかし、寝ている間に、腰のあたりがじわじわと痛くなってくる。寝る姿勢を変えて横向けになったり、膝と股関節を曲げて体を丸くしたり、うつ伏せになったり仰向けになったりしても、痛みに大きな変化は無く、時間が経つほど痛みが増して広がっていく…。このような訴えは、決して珍しいものではありません。30代や40代の若い世代の人からも同様の訴えを聞きますので、老化に関わる現象とか、椎間板の変性などの構造上の問題ではないことが多いのです。
このような症状に対して一般的には、寝具が合っていない、寝る姿勢が悪い、寝返りが少ない、寝ている時間が長すぎる、といった説明がよく見受けられます。しかし、寝具を変えても改善しない、寝る姿勢を色々と工夫しても改善しない、寝過ぎといわれる時間ほど寝ていない、というケースが多いのです。
では、寝ている間に体の内部では何が起きているのでしょうか…。本記事では、一般的な説明では触れられない「睡眠中の生理学的な変化」に焦点を当て、時間の経過とともに腰が痛くなる現象を、できるだけ現象ベースで整理していこうと思います。
【2】一般的な説明が当てはまらない理由
寝ている間に腰が痛くなるという現象は、一般的には上記でも少し触れましたように、「寝具が合っていない」「姿勢が悪い」「寝返りが少ない」「寝る時間が長すぎる」といった説明で片づけられることが多いです。しかし、これらの説明は、実際の症状の特徴と一致しないことが少なくありません。例えば、寝具を変えても改善しない、姿勢を変えても改善しない、痛いが故に寝返りは多くうっている、寝始めてから数時間後には痛くなり始めており長時間寝ているわけではない、というケースです。
もし、寝具が原因であれば、横になったらすぐに違和感が出ることが多く、時間の経過とともに痛みが増すという経過とは一致し難いことになります。また、椎間板や腰椎の構造上の問題であれば、姿勢を変えることによって痛みの分布や強さが変化するのが一般的ですが、姿勢を変えても大きな変化が無いということは、「姿勢依存」ではなく「時間依存」の現象であることを示しています。寝返り不足についても同様で、寝返りは睡眠後半に増えますので、睡眠前半から中盤で既に痛みが強くなるという経過とは整合しません。また、栄養状態が良好で、日常の身体の使い方にも注意を払い、抗老化の実践を続けている人でも同じ現象が起こることがあるということです。
以上の点を踏まえますと、「寝具」「姿勢」「寝返り」「構造変化」といった一般的な説明では、この現象の本質を捉えることができません。それよりも、睡眠中に身体の内部で起きている生理学的な変化に目を向ける必要があるわけです。
【3】寝ている間に身体で起きている生理学的変化
横になって眠り始めると、身体の内部では、起きているときとは異なる生理学的な変化が連続して進行します。
まず、入眠直後には自律神経が交感神経優位から副交感神経優位へ切り替わり、心拍数や血圧が低下します。同時に、深部体温を下げるために血流が深部から皮膚側へ移動する“再配分(深部から皮膚側へ移動する流れの切り替え)”が起こり、体幹部の温度がゆっくりと低下していきます。深部体温の低下は睡眠の深まりとともに続き、入眠後1〜3時間ほどで最も低くなります。
深部体温の低下と血流の再配分は、筋膜(筋肉や内臓を包む薄い結合組織)の性質にも影響を与えます。筋膜は温度や含水率の変化を受けやすく、睡眠中は時間の経過とともに性質が変わります(詳細は後述)。ただし、この段階ではまだ痛みとして自覚されないことが多く、変化はゆっくりと進行します。
また、睡眠中は姿勢保持に関わる多裂筋(腰椎を細かく支える深層の姿勢保持筋)の活動が低下します。多裂筋は起きている間、腰椎の微細な安定性を保つために常に働いていますが、睡眠が深まるにつれてこの働きが弱まり、腰椎の支えがわずかに減少します(詳細は後述)。
これらの変化は、横になった直後ではなく、睡眠が続くほど強くなります。そのため、多くの場合は、寝ている時間が一定以上になると腰が痛み出す、という経過をたどることが多くなるわけです。
【4】筋膜の含水率は睡眠中に低下し粘性は上昇する
「詳細は後述する」としていました一つ目の“筋膜”の話に移ります。
筋膜は筋肉や内臓を包み、全身を連続的につないでいる結合組織で、その内部にはヒアルロン酸を含む層があります。このヒアルロン酸は温度と含水率によって粘性が変化し、深部体温が低下するとゲル化しやすくなって粘性が上昇することになります。それに伴って、筋膜の滑りも悪くなる(滑走性が低下する)わけです。
腰痛の場合、特に問題となる筋膜は“胸腰筋膜(きょうようきんまく;腰椎の後面を広く覆う厚い結合組織)”です。この筋膜は、広範囲にわたって張力を受ける構造をしていることや、温度や血流の変化にも敏感だということ、更には、痛みを感じる受容器が豊富に存在することが確認されている、という特徴があります。
睡眠によって深部体温が低下し、血流の再配分によって血流が皮膚側へ移動すると、胸腰筋膜内のヒアルロン酸の含水率が低下すると共に、その粘性が増します。この粘性の上昇は、胸腰筋膜とその下の組織の滑走性を低下させ、動きを制限してしまうことになります。滑走性が低下した状態が続くと、広い範囲で鈍い痛みや張り感が生じやすくなるのです。
なお、この変化は当然のことながら姿勢とは殆ど関係なく、時間の経過とともに進行することになります。即ち、横になった直後には痛みが無くても、睡眠が続くにつれて筋膜の粘性(内部のヒアルロン酸の粘性)が徐々に高まり、胸腰筋膜全体に張力が蓄積されていきます。その結果、左右均等で広い範囲にじわっとした痛みが生じることになるのです。これは、特定の筋肉や関節に負荷が集中しているわけではなく、筋膜全体の性質が変化しているために起こる現象だということです。
【5】多裂筋の夜間モードと腰椎の微細不安定性
次に、「詳細は後述する」としていました二つ目の“多裂筋(腰椎を細かく支える深層の姿勢保持筋)”の話に移ります。
睡眠が深まるにつれて、多裂筋の活動が段階的に低下します。上述しましたように、多裂筋は起きている間、腰椎の微細な揺れを制御し、安定性を保つために常に働いていますが、睡眠中はこの働きが弱まり、腰椎の支えがわずかに減少します。すると、腰椎のわずかな沈み込みや揺れを胸腰筋膜が受け止める割合が増えます。しかも、睡眠中は深部体温の低下と血流の再配分によって胸腰筋膜の粘性が上昇していますので、この負担増が痛みとして自覚されやすくなるのです。
結局、上で述べた胸腰筋膜の粘性上昇と、この多裂筋の夜間モードとが重なることが、腰椎周囲の広い範囲に鈍い痛みが生じる主な原因であると考えられるわけです。
もう一つ付け加えるならば、睡眠中は比較的長い時間にわたって同じ姿勢が続きますので、局所的に血流が低下しやすくなります。特に腰背部は筋膜が厚く、血流の変化に影響を受けやすい部位ですので、圧迫による血流低下が重なりますと、筋膜の含水率低下と粘性上昇が一層高まることになるわけです。
【6】若い人でも睡眠による腰痛が生じる理由
若い人でも睡眠中には深部体温が低下し、血流が深部から皮膚側へ移動する再配分が起こりますので、胸腰筋膜の滑走性が低下することになります。また、睡眠中には多裂筋の活動が低下しますので、胸腰筋膜にかかる張力が増えることになります。更に、睡眠中は比較的長い時間にわたって同じ姿勢が続きますので、局所的に血流が低下しやすくなって、筋膜の含水率低下と粘性上昇が一層高まることになります。これに加え、若い人は日中の活動量が多く、筋膜や筋肉に軽度の疲労や張力が残っていることが多いですので、若くてもこれが腰痛を助長することになると考えられます。
【7】まとめ
寝ている間に腰が痛くなるという現象は、姿勢や寝具の問題として語られることが多いですが、実際の経過を丁寧に追っていきますと、これらの説明では捉えきれないことが分かります。横になった直後ではなく、睡眠が続くほど痛みが強くなるという特徴は、「姿勢依存」ではなく「時間依存」の現象であり、睡眠中に身体の内部で進む生理学的な変化が中心にあると考えられます。
即ち、睡眠が深まるにつれて深部体温が低下し、血流が深部から皮膚側へ移動する再配分が起こります。この変化は筋膜の含水率を低下させ、内部のヒアルロン酸の粘性を上昇させます。特に胸腰筋膜は広範囲に張力を受ける構造をしており、滑走性が低下すると広い範囲に鈍い痛みが生じやすくなります。これらの変化は姿勢とは関係なく、睡眠中の時間経過とともに進行するものです。
更に、睡眠中には多裂筋の活動が低下し、腰椎の微細な安定性が弱まります。この状態で胸腰筋膜の粘性が上昇しますと、筋膜にかかる張力が増え、痛みとして自覚されやすくなります。若い人でも同じ現象が起こるのは、これらの変化が年齢や構造の異変とは無関係に生じる生理学的なプロセスだからです。
以上の点を踏まえますと、寝ている間に腰が痛くなるという現象は、特定の姿勢や寝具の問題ではなく、睡眠中に段階的に進む「深部体温の低下」「血流の再配分」「筋膜の含水率低下と粘性上昇」「多裂筋の活動低下」といった複数の変化が重なって生じるものだと整理できます。これらは誰にでも起こる自然な変化であり、若い人でも同じように痛みが生じることがあるのは、この生理学的背景があるためです。
では、どうすればこの腰痛を改善できるのか…。その方法につきましては、次回の記事とさせていただきます。

水瀬あかりのひとこと
寝ている間に腰が痛くなるという現象は、姿勢や寝具の問題ではなく、睡眠中に身体の内部で進む変化によって説明できるものです。
深部体温の低下、血流の再配分、胸腰筋膜の粘性上昇、多裂筋の夜間モード──これらは誰にでも起こる自然な変化であり、年齢や体力とは関係がありません。原因が分かるだけでも、少し気持ちが軽くなる方が多いように思います。
では、この変化をどのように緩やかにしていけばよいのか…。その具体的な方法については、次回の記事で丁寧に整理していきますね。
