睡眠不足で低下するオレキシン神経系と応急的対処法

睡眠不足で低下するオレキシン神経系と応急的対処法
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◆ はじめに
 前回の記事では、睡眠不足でアデノシンが増える理由と、アデノシンが覚醒を抑制する仕組みを見てきました。即ち、アデノシンは神経細胞の活動量に比例して、脳内の神経細胞外に滞留していき、アデノシンのA1受容体やA2A受容体を介して覚醒を抑制する方向に働きます。このことが、睡眠不足時の脳の状態を作り出す原因の一つになるということでした。
 このように、アデノシンは睡眠不足の生理学を理解する上で重要な要素なのですが、覚醒の安定性まで含めて考えると、次のステップとして“オレキシン神経系”を見ていく必要がありますので、それを今回の主テーマにしたいと思います。概して言うならば、アデノシンは“覚醒の抑制”、オレキシン神経系は“覚醒の安定化”を支える役割を果たしていると解釈していただければ結構です。

◆ オレキシンおよびオレキシン神経系とは
 そもそも、“オレキシン”と言いますのは、視床下部外側野に局在している“オレキシン産生ニューロン”によって産生されるペプチドです。これには2種類があり、一つはオレキシンAで、33個のアミノ酸からなっています。もう一つはオレキシンBで、28個のアミノ酸からなっています。どちらもプレプロオレキシンという前駆体から切り出されて産生されます。そして、OX1R や OX2R というオレキシン受容体を持っている他の神経細胞に指示を伝える役割を果たしています。
 また、“オレキシン神経系”と言いますのは、上記の“オレキシン産生ニューロン”が集まったり軸索を伸ばしたりしている部分を総称したものです。
 なお、進化生物学的な観点では次のような特徴があります。オレキシン神経系は進化的にも保存性が高く、哺乳類ではオレキシンAのアミノ酸配列がほぼ一致しています。これは、覚醒維持やエネルギーバランス調整といった生命維持に直結する機能を担ってきたことを示唆します。
 また、オレキシンは睡眠・覚醒だけでなく、摂食行動、エネルギー代謝、報酬系、情動調整とも関係しています。当初は摂食促進ペプチドとして報告されましたが、現在では、覚醒の安定化が一次的な作用であり、摂食行動の変化は覚醒延長に伴う二次的な現象であると解釈されています。

◆ オレキシン神経系が覚醒を安定させる仕組み
 オレキシン産生ニューロンは、覚醒維持に関わる複数の神経核(同じ機能を持つ神経細胞が集まった脳内の局所領域)に軸索を伸ばしていて、それぞれの神経核が持つオレキシン受容体(OX1R、OX2R)を介して活動を高めます。具体的には、青斑核(ノルアドレナリン作動性)、縫線核(セロトニン作動性)、結節乳頭体核(ヒスタミン作動性)といった覚醒関連の神経核が、オレキシンの作用によって同時に活性化されます。これらの神経核はそれぞれ異なる経路を介して覚醒に寄与していますが、オレキシンはそれらを一括して調整することで、覚醒状態を安定したものに保っています。
 更に、オレキシン産生ニューロンは、脳幹網様体、視床、側坐核、前頭前野などにも投射しており、注意機能、動機づけ、情動反応といった覚醒の質に関わる領域にも影響を与えています。これらの領域は覚醒の質に関わる部位であり、単に「目が覚めている」だけでなく、「集中できる」「作業を継続できる」といった状態を支える基盤となっています。
 従いまして、オレキシン神経系は覚醒の程度と質を維持する上で重要な役割を果たしているということになります。

◆ 睡眠不足でオレキシン神経系の活動が低下する理由
 通常であれば、睡眠によってオレキシン産生ニューロンの活動は一度低下し、代謝状態が回復することで、翌日の覚醒維持に必要なオレキシンの産生と放出が安定します。しかし、睡眠不足が続くと、オレキシン産生ニューロンは休息の機会を失い、代謝的な負荷が蓄積します。その結果、ニューロンの発火頻度が低下し、オレキシンA/B の放出量も減少するのです。
 そして、オレキシンの供給が低下すると、上述しましたように、青斑核、縫線核、結節乳頭体核、更には、脳幹網様体、視床、側坐核、前頭前野などの覚醒関連神経核は十分な活動を維持できなくなります。これによって、覚醒レベルが安定しにくくなり、日中に突然強い眠気が生じたり、集中が途切れやすくなるといった現象が起こります。睡眠不足時にみられる「覚醒の不安定さ」は、このオレキシン神経系の活動低下が背景にあるということです。

◆ 睡眠不足時のオレキシン神経系活動低下に対する応急的対処法
 睡眠不足によってオレキシン神経系の活動が低下すると、覚醒状態を維持する効率が落ち、日中の眠気や集中の途切れやすさが生じやすくなります。根本的な改善には十分な睡眠が必要ですが、日中の活動を維持するための応急的な対処法として、いくつかの生理学的に妥当な方法がありますので、それを列挙しておきます。
【1】明るい光を浴びる(特に午前中)
 強い光刺激は視交叉上核を介して覚醒系を活性化し、間接的にオレキシン産生ニューロンの活動を高めます。特に、朝の自然光や高照度の室内光は、覚醒レベルの底上げに有効です。短時間でも効果があり、眠気の軽減に寄与します。

【2】軽い身体活動を取り入れる
 歩行やストレッチなどの軽い運動は、交感神経活動を高め、青斑核(ノルアドレナリン作動性)や脳幹網様体の活動を促進します。これによって、オレキシン神経系が低下している状態でも、覚醒レベルを一時的に引き上げることができます。

【3】短時間の仮眠(10〜20分)
 短い仮眠は、脳の代謝状態を部分的に回復させ、オレキシン産生ニューロンの負荷を軽減します。20分以内であれば睡眠慣性(寝起きのぼんやり感)が生じにくく、覚醒レベルの改善に有効です。

【4】体温調節による覚醒の補助
 軽い運動や温かい飲み物による体温上昇は、覚醒系の活動を高める方向に働きます。逆に、顔を冷水で洗うなどの急激な冷刺激も、交感神経を介して覚醒レベルを引き上げる効果があります。

【5】目的の明確化や外的刺激の利用
 側坐核や前頭前野は動機づけや注意機能に関わっており、これらの領域にもオレキシン受容体が存在します。タスクの目的を明確にしたり、外的刺激(会話、環境音、適度な緊張感)を利用することで、これらの領域の活動を高め、覚醒維持を助けることができます。

【6】カフェインの適切な利用
 カフェインはオレキシン神経系の低下を直接補うわけではありませんが、アデノシン受容体を阻害することで、アデノシンによる覚醒抑制を一時的に軽減します(参照:前回の記事)。もちろん、夕方以降の摂取は夜間の睡眠を妨げる可能性がありますので、時間帯には注意が必要です。

◆ まとめ
 睡眠不足によるオレキシン神経系の活動低下は、覚醒の不安定さや集中力の低下を引き起こしますが、光刺激、軽い運動、短時間の仮眠、体温上昇、目的の明確化や外的刺激、カフェインの摂取など、生理学的に妥当な方法を組み合わせることによって、日中の覚醒レベルを一時的に補うことができます。もちろん、これらはあくまで応急的な対処法であって、根本的な改善には十分な睡眠が必要ですが、日常生活の中で実践しやすい方法として有効です。

水瀬あかり

◆ 水瀬あかりのひとこと

 睡眠不足のときは、オレキシン神経系の働きが弱くなって、どうしても覚醒状態を維持しにくくなります。
 そんな日は、強い光を浴びたり、少し体を動かしたり、短い仮眠を入れるだけでも、脳の覚醒レベルが安定しやすくなります。
 根本的には睡眠が必要ですが、今日を乗り切るための“小さな工夫”は、意外と大きな助けになりますね!

 
執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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