「人の体は食べた物でできている」という言葉があって、たまに使われることがあるようですが、実際には代謝や生合成によって、食べなかった物も体内で新たに作られ、それらも体を作っていくことになりますので、科学的な文脈においては使われません。「ご飯しか食べていないのに、お腹に中性脂肪がいっぱい付いてしまった…。中性脂肪は殆ど食べてないのに…、うそばっかり…」ってなってしまうわけです。
百歩譲って、「食べた物」の「物」の解釈を「元素」のレベルまで小さくしてみると、確かに飲食物を構成していた炭素や水素や酸素や窒素や硫黄などの元素が、体を構成する元素になっていくのは事実だと言えるでしょう。例えば、硫黄原子を含むアミノ酸を摂取すると、その硫黄原子が外されて様々な分子種に結合されることによって、別の様々な硫黄化合物が新たに誕生します。この場合、体内の硫黄化合物中の硫黄は、元は、食べた含硫アミノ酸を構成していた硫黄だということになります。
「上記の言葉の〝物〟を〝元素〟に換えたら、少しはマシな言葉になるでしょうか…?」
「人の体は食べた元素でできている」(^^; かなり正確さの増した言葉になった気はしますが…、温泉地に行って硫黄を食べたようなイメージが湧きますね。そして、メチオニンとかシステインなどの含硫アミノ酸を食べたというイメージが湧かないようにも思います。そもそも、硫黄はどこから来たのでしょうか? その食べ物が作り出したものなのでしょうか? もし、その食べ物が作り出したものなのであれば、「食べた物で…」という表現が適切なのかもしれませんが、そうでなければ「食べ物」は単なる通過点に過ぎないことになります。
いきなり今日の話の結論の一つを書きますが、この場合の真実は、私たちの体内に在る硫黄は、地球が存在する前に存在していた一つの恒星が、Ⅱ型超新星爆発を起こした時に生成された硫黄だということです。言い換えるならば、硫黄に関してだけの話であれば「人の体に存在する硫黄はⅡ型超新星爆発によって生じた硫黄である」ということになります。
「また、随分と壮大なお話ですね~。そうすると、大昔に、この近くでⅡ型の超新星爆発が起こった時に生成された硫黄が、今の私たちの髪や爪などに入っていると…」
まさに、そういうことなのです。もう少し具体的には、私たちの体内に存在する硫黄は、約46億年前に太陽系が誕生する、その数百万年前に、近くで起こったⅡ型超新星爆発で新たに作られた〝新鮮な硫黄〟と、更に前の数億~数十億年前の銀河史の中で蓄積された〝古い硫黄〟が混ざった、年代の異なる星の死骸に含まれていた硫黄だと考えられるのです。今、まじまじと、ご自分の爪を眺めてみてください。その中には、太陽系が出来る前に作られた硫黄原子が含まれているのです。爪だけではなく、全身に在る硫黄原子の全てがそうなのです。
先に硫黄の話をしましたが、人の体を構成している他の元素についても、添付しました図(高画質PDFはこちら)の左下の表にまとめてみました。なお、この表の特徴は、左端の列には「器官・組織」を挙げていますが、これはイメージが湧きやすいように、特定の器官や組織や成分などを、代表例として挙げています。その右側の列には、特徴とも言える「主な元素」を挙げ、その右側の列に、どのような場面で生成されたのかという「宇宙での生成現象」を示しています。スマホなどで1画面で見て頂いている場合は、後から眺めてもらえば結構です。大まかな話は次に書いていきます。
例えば、DNAやRNAを構成している元素のうち、水素(水素原子)は、宇宙の始まりだとされているビッグバンの時に生成されたものだということです。そしてその年代は、今から約138億年前になります。水素原子は体内だけでなく、空気中の水蒸気にも在りますし、水道の水にも在りますし、全ての飲食物にも、目の前にある物体にも、ほぼ全ての物に在ります。私たちは、約138億年前に作られた水素原子を、構成部品の一つにしているということです。
以降、同様に元素名を挙げていきますが、それは全て原子を意味していますので、その解釈にてよろしくお願いします。
炭素、窒素、酸素は、恒星の内部にて起こる核融合反応によって生じたものです。即ち、最初は水素原子同士が核融合してヘリウムが生じますが、その後は様々なパターンがあって、例えばヘリウム同士の核融合でベリリウム、ベリリウムとヘリウムの核融合で炭素、炭素と水素の核融合で窒素、炭素とヘリウムの核融合で酸素、などというふうに作られたものです。そして、それらの元素を含んだ状態で恒星が爆発(超新星爆発)し、それらの元素が周囲に撒き散らされたことによって、それを材料にして太陽系が作られることになりました。
炭素、窒素、酸素も、私たちの体を構成している主要元素ですから、どこを見てもそれらが存在しています。掌(手の平)を見て、「あ~、ここには太陽系が出来る前に存在していた恒星が寿命を終えて爆発したときに撒き散らされた炭素や窒素や酸素が入っているのか…」などと、しみじみ思っていただければ結構でしょう。
リンの生成は、新星爆発によるものなのですが、これは連星系が存在していたことを示すもので、即ち、主星となる白色矮星と、その近所に居て連動しながら公転している伴星が存在していることが前提となる現象です。即ち、白色矮星が伴星からガス(主に水素)を吸い取り、表面に蓄積した水素が表面で暴発することによって生じたものです。要するに、太陽系が生じる前に、そのような連星系による新星爆発が起こったからこそ、リンという原子が生成されることになったわけです。
この現象に関連しているのが鉄の生成です。鉄という元素は、血液中のヘモグロビンのヘムに組み込まれている元素ですが、この元素は一般的に恒星の内部における核融合反応では生成されないとされています。そして、生成される主な現場は、Ⅰa型超新星爆発であるとされています。このⅠa型超新星爆発は、上記の白色矮星が寿命を全うするときに起こす爆発です。分類および命名の基準は、観測した場合のスペクトルに水素の輝線が見えないものがⅠ型で、そのうちケイ素の輝線が見られるものがⅠa型に分類されます。平易に言うならば、燃料としての水素が使い果たされた状態で輝きを失って白色矮星と呼ばれる状態になった後、伴星であってまだ活動中の恒星から水素などのガスを吸収し、上記の新星爆発を起こすのですが、更にガスを吸収すると星全体が爆発するというパターンを示すのがⅠa型超新星爆発です。鉄という元素は、そのような結末に至らなければ、多量には供給されない元素だということです。
あと二つだけ紹介してから、まとめに入ります。 次に紹介しますのは、脳や筋肉・神経伝達物質のところに挙げられています、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、或いは、その下段の骨・歯のところに挙げられていますカルシウムは、超新星爆発によるものなのですが、この場合はⅡ型超新星爆発によって生成されるものであると考えられています。上記のⅠ型に比べて恒星が大きい(太陽の8~50倍の)場合に迎える最後の爆発(超新星爆発)で、この時に、いわゆる主なミネラルが生成されるということです。
もう一つは、酵素・代謝系のところに挙げられています亜鉛、銅、セレン、及び、微量元素のところに挙げられていますヨウ素、フッ素、モリブデンの生成には、超新星爆発と中性子捕獲反応が併せて起こる必要があると考えられています。後者の中性子捕獲というのは、近くに中性子星が存在していたことが条件となります。また、表の最下段に挙げました希少元素である金やウランの生成には、中性子星が恒星と合体(キロノヴァ)することが条件であると考えられています。要するに、太陽系が存在する前に、近くに中性子星も存在していたことが条件になります。
少々細かい話になりましたが、まとめに入ります。添付しました図の右上の図に、人体を構成する全ての元素を供給することになった3種類の天体現象の図をAIに描いてもらいました。図の内容を短文にて表現すると、次のようになります。各元素の主な供給源になった3種類の天体現象とは、Ⅰa型超新星爆発、Ⅱ型超新星爆発、中性子星合体(キロノヴァ)の3種類です。言い換えれば、この3種類の天体現象が近所で発生していなければ、少なくとも今の地球人の身体組成は実現できなかった、ということになるわけです。
また、図中にも箇条書きにしておきました、全体のまとめを次に書いておきます。
◆ヒトの体を構成している各元素は、もちろんヒトが作り出したものではない。そもそも、生物は元素を作り出すことはできない。
◆それらの元素は、食べた物、飲んだ物、吸ったものに含まれていたものであるが、それら(食べた物、飲んだ物、吸ったもの)も元素を作り出すことはできない。
◆それらの元素は地球に在ったものであるが、地球で変換されて生じたものは極微量であり、99.999999%以上が宇宙由来である。
◆左下の表は、ヒトの体の器官や組織などを構成している主な元素と、それがどこで、どの段階で作られたのかを示している。例えば、水素は宇宙の始まりに起きたビッグバン由来である。炭素、窒素、酸素は、太陽系が出来る前に存在していた恒星の核融合によって作り出されたものである。リンは新星爆発にて作り出されたものである。硫黄、ナトリウム、カリウム、カルシウムはⅡ型超新星爆発によって作り出されたものである。鉄はⅠa型超新星爆発によって作り出されたものであ。亜鉛、銅、セレン、ヨウ素、フッ素、モリブデンは超新星爆発と中性子星からの中性子捕獲にて作り出されたものである。金やウランは中性子星合体によって作り出されたものである。
色々と書いてきましたが、「人の体は食べた物でできている」などという、そんな簡単な表現で済まされるようなものではありません。私たちの体を構成している各種の元素は、ビッグバンも含めると4種類の天体現象の総合的な結果として生じたものです。先にupしました記事『ゼロに等しい確率で誕生した地球もヒトも絶対に粗末にしてはならない』に書きましたように、地球のような好環境の惑星が見つかる確率は、2万箇所の銀河を渡り歩いた場合に1箇所の銀河で見つかる程度の、ゼロに近い確率であることを紹介しましたが、今回の記事でもわかりますように、ビッグバンを除けば3種類の天体現象が事前に重なって起こっていなければ、人体を構成する全ての元素が得られていなかったことになります。このことを考えるだけでも、まさに太陽系や地球の形成は奇跡的であったと言えるでしょう。そして、私たちの体も、その奇跡を受け継ぐことによってはじめて存在できたということになります。体は宇宙の一部である、と言うことも出来るでしょう。
