後ろ向き歩行は筋トレと優れた脳トレになる

後ろ向き歩行は筋トレと優れた脳トレになる
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 私たちは、普通は前に向かって歩きます。即ち、顔面が向いている方向、胸が向いている方向へと歩きます。そして、“後ろ向きに歩く”というのは、その逆であって、背中が向いている方向、後頭部が向いている方向へと歩くことです。「後が見えないから、危ないんじゃないですか?」という指摘はごもっともなのですが、上半身を少しひねり、首を思いっきりひねり、横眼を駆使すれば、何とか後ろの地面を見ることができます。「そんなことまでして…なぜ後ろ向き歩行を?」
 それには、深~い訳があるんです。それでしか鍛えられない部分があるんです。今回の記事では、それを紹介しようと思います。

◆ 後ろ向きに歩く動物は殆ど存在しない
 先ず、基本を押さえておくことにしましょう。ヒトをはじめとした、目を持つ動物は、その目で見える方向に歩きます。目は大抵は体の前面にあります。草食動物や鳥や魚など、広い視野を必要とする動物は体の(頭部の)左右の側面に目があることもありますが、両目で見て距離感をつかめるのは前方の視界だけです。そのため、目で確認して歩けるのは前方へと歩く場合です。だからこそ、脚の構造は、目のある方向に歩く、即ち前向きに歩くことを前提とした構造になっています。それらのことから、動物は普通は前向きに歩きます。特に必要が無い限り(下記の例)、後ろ向きに歩くことはありません。

▽ たまに後ろ向きに歩く動物たち  
・ネコ:狭い場所から後退するときに後ろ向き歩行をする
 ネコは、狭い場所に入り込んだあと、前に進めない場合に後ろ向きで出てくることがあります。また、獲物との距離を微調整したり、危険を察知して距離を取るときにも後退します。ただし、これはあくまで“状況対応のための後退”であり、日常的な歩行パターンではありません。
・クマ:木を降りるときに後ろ向きになることがある
 クマは木に登りますが、降りるときに後ろ向きになることがあります。爪の引っかかりや重心の安定を確保するためで、歩行というよりは下降動作です。これも、後ろ向き歩行を日常的に使っているわけではありません。
・カニ:横歩きが基本だが、後退も可能
 カニは横歩きが有名ですが、実は前後左右に動くことができます。ただし、後ろ向き歩行は逃避行動の一部であり、通常の歩行ではありません。
・ヤギ・ヒツジ:急斜面で後退することがある
 山岳地帯の動物は、足場の確認や体勢の調整のために後退することがあります。しかし、これも通常の歩行パターンではなく、状況対応のための後退です。

▽ 後ろ向きには歩かないのが普通
 要するに、特殊な場合を除き、後ろ向きに歩く動物はいないと言ってよいでしょう。体の構造からしても、後ろ向きに歩くメリットは、上記のような特殊な場合にしか生まれないからです。しかし、ヒトの場合は、“後ろ向き歩き”に大きなメリットがあるのです。

◆ ヒトが後ろ向き歩行をした場合のメリット
① 脳が大いにトレーニングされる
①-1 小脳
 小脳は、体の動きを予測し、実際の動きとの誤差を修正する役割を持っています。前向きに歩行する場合、人生で何十万回も繰り返してきた既習の運動パターンですので、小脳はほぼ自動運転で処理できます。
 しかし、後ろ向き歩行はほとんど経験がありませんので、足がどこに着くのか、重心がどう移動するのか、体がどの方向へ倒れやすいのか、といった予測が難しく、予測と実際との誤差が大きくなります。そして、その誤差が大きいほど、小脳は「この動きは新しい。学習し直そう」と判断し、ネットワークの再構築を始めるのです。
 このとき、小脳では新しい神経ネットワークの形成(シナプスの新生)、既存ネットワークの強化(長期増強)が起きます。小脳のネットワークが強化されると、姿勢の安定、バランス能力の向上、歩行の協調性、転倒予防、細かい動きの精度、などが改善されます。
 特に高齢期では、小脳のネットワークが弱くなることで転倒リスクが上がりますので、後ろ向き歩行は、その弱点を直接補うことができるのです。また、この効果は、他の運動ではなかなか得られないものですので、まさしく後ろ向き歩行の最大のメリットと言えるでしょう。

①-2 前頭前野や頭頂葉
 後ろ向き歩行では、小脳だけでなく、前頭前野(注意・判断)や頭頂葉(身体位置感覚)との連携も強化されます。
 これは、視覚が満足に使えない状況で、後ろ向きに歩くという慣れない運動様式を、身体情報(足裏の圧、関節の角度、筋肉の張力など)を駆使して実行しようとすることが刺激になります。
 結果として、注意力、判断力、危険回避能力、空間認知力、固有受容感覚、身体位置の把握、などの機能が向上します。これは、転倒予防や歩行の安定性に直結する重要な機能です。

①-3 脳への効果のまとめ
 以上のように、後ろ向き歩行では、小脳(運動の協調と誤差修正)、前頭前野(注意・判断・空間認知)、頭頂葉(身体位置の把握)が同時に働きます。
 筋肉や可動域のトレーニングは、他の運動でも代替できますが、小脳・前頭前野・頭頂葉を同時に刺激し、既習パターンを書き換えることのできる運動は、後ろ向き歩行だけだと言っても過言ではありません。
 結局、後ろ向き歩行は、単なる筋トレではなく、脳の複数領域を同時に鍛える“総合的な脳トレーニング” だと言えるわけです。

② 大腿四頭筋、とくに内側広筋が強く働く
 では、脳以外の部位に対する、後ろ向き歩行のメリットを挙げておきます。
 後ろ向きに歩くと、膝を伸ばす局面で大腿四頭筋が強く働きます。筋電図の研究では、前向き歩行よりも後ろ向き歩行のほうが四頭筋の活動量が増えることが示されています。
 特に、膝蓋骨を安定させる内側広筋の働きが高まるため、膝関節の安定性が向上します。膝痛の改善や予防に役立つ筋群が自然に鍛えられる点は、後ろ向き歩行の大きなメリットです。

③ ハムストリングスや膝の可動域が改善する
 後ろ向き歩行では、膝の伸展域を広く使う動きが自然に入ります。そのため、膝の伸展可動域やハムストリングスの柔軟性が改善しやすくなります。
 ストレッチのように「伸ばす」意識を持たなくても、動きの中で柔軟性が戻っていくため、無理なく可動域を広げたい人に向いています。

④ 膝への負担が大きく減る
 そもそも、前向き歩行では、かかとから着地するため、膝蓋骨まわりに強い圧縮ストレスがかかります。これが膝痛の原因になることは、よく知られています。
 一方、後ろ向き歩行では、つま先側から接地してかかとへ荷重が移るため、膝への衝撃が分散されます。変形性膝関節症の患者を対象にした研究では、後ろ向き歩行を数週間続けることで、痛みの軽減と機能改善が前向き歩行よりも優れていたという報告があります。膝に不安がある人ほど、後ろ向き歩行の恩恵を受けやすいと言えます。

⑤ リハビリ領域での応用が広い
 膝関節症、膝術後、足関節障害、脳卒中後の歩行再建など、さまざまなリハビリで後ろ向き歩行が使われています。
 前向き歩行では痛みや不安定さが出やすい場合でも、後ろ向き歩行では関節への負担のかかり方が変わるため、比較的楽に動けるケースがあります。
 安全に負荷をかけつつ、筋力・バランス・可動域を改善できる点が評価されています。

⑥ エネルギー消費量が大きく、心肺への刺激が強い
 同じ速度で歩いても、後ろ向き歩行は前向き歩行よりも約30〜40%エネルギー消費が多いとされています。
 つまり、見た目はゆっくり歩いていても、心肺への負荷は高く、短時間で効率よく運動強度を上げることができます。長時間歩くのが苦手な人でも、短時間で十分な運動効果を得られる点は大きなメリットです。

⑦ 体脂肪の減少にも寄与する
 後ろ向き歩行や、後ろ向きランニングを数週間続けた試験では、最大酸素摂取量(VO₂max)の向上とともに、体脂肪率の低下が報告されています。
 普段使っていない筋群や運動パターンを動員するため、全身の代謝が刺激されやすく、単なるウォーキング以上の効果が期待できます。

◆ まとめ
 後ろ向き歩行は、普段の生活ではほとんど使われない運動様式ですので、脳は既習の前向き歩行とはまったく異なる処理を行う必要があり、小脳・前頭前野・頭頂葉といった複数の領域が同時に活性化されます。特に小脳では、新しい神経ネットワークの形成や既存ネットワークの強化が起こり、姿勢の安定、協調性、転倒予防などに直結する効果が得られます。これは、他の運動ではなかなか得られない、後ろ向き歩行ならではの刺激です。
 さらに、後ろ向き歩行は、膝蓋骨まわりの負担を軽減しつつ、大腿四頭筋(特に内側広筋)を自然に鍛えることができ、膝の安定性向上にも寄与します。ハムストリングスの柔軟性や膝の可動域改善にも役立ちますし、エネルギー消費量が大きいため、心肺への刺激や体脂肪の減少にも効果があります。リハビリ領域でも広く使われているように、膝や足関節に不安がある人でも安全に負荷をかけられる点も大きなメリットです。

 要するに、後ろ向き歩行は、脳・筋肉・関節・代謝の全てに良い影響を与える、非常に効率の良い運動です。特別な器具も必要なく、歩くスペースさえあれば実践できますので、日常生活の中に取り入れる価値は十分にあります。普段の前向き歩行では決して得られない刺激が、後ろ向き歩行には詰まっています。
 もちろん、安全性の確保は一番重要ですので、障害物の無い場所や、危険を伴わない場所で行っていただければと思います。少々の上り坂を後ろ向きに上がっていくと、筋力トレーニングとしての効果も高まりますので、そのような場所があれば積極的に利用してみましょう。

 なお、「歩行」をテーマとした既存記事には次のようなものがありますので、必要に応じてご覧ください。
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