脳は思い通りに発達させることが出来る

大脳皮質の発達の仕方

 脳という臓器は非常に特殊な臓器です。例えば、肝臓や腎臓、心臓や肺などは、赤ちゃんとして生まれた後に放っておいても、それなりに勝手に成長して、基本的な動作ができるようになります。逆に、この子の肝臓を鍛えてやろう…などと思っても、なかなか思い通りに鍛えることはできません。しかし脳は違います。鍛えようと思えば、いくらでも鍛えることが可能です。逆に、学校に行かせずに、常にぼんやりとした生活を送らせたならば、脳の高度な発達は期待できなくなります。何故そのような結果になるのかと言えば、脳を構成している神経細胞(ニューロン)は、使われることによってはじめて成長する仕組みになっているからです。言い換えれば、脳が必要性を感じれば成長するけれども、必要性を感じなければ成長しないということです。
 このことは、鍛え方によって、どのような分野にも対応できるようになることを意味します。例えば、日本で日本語を使って生活できるようにもなりますし、フランスに連れて行かれればフランス語を使ってフランスの文化に溶け込んで暮らせるようにもなります。ピアニストになろうと思えばなれますし、大工さんになろうと思えばなれます。即ち、最初はどのような状況にも対応していけるような状態で生まれてきて、その後に目的に合わせて更に能力を高めていけるような仕組みになっているということです。
 ただし、脳の容積は限られていますから、何に対しても万能であることは非常に難しくなります。例はあまりよくないですが、天才と呼ばれるような能力を発揮する人は、それ以外のことに対しては苦手であることが一般的です。要するに、限りある資源をどのような配分にて使うのか…、という選択をすることになります。

 では、もう少し具体的に見ていくことにしましょう。掲載した図(高画質PDFはこちら)の上段に示したのは、赤ちゃんとして生まれてきた時から6歳になるまでにおける、大脳新皮質の内部構造です。
 ニューロン(神経細胞)の数そのものは、出生する1ヵ月前の頃が最も多く、出生する頃には既に減少する段階に入っているとされています。この減少については何も心配することはありません。多くのものがそうであるように、作られたときには優秀なものと、そうでないものも混じっています。従いまして、作った後に優秀なものとそうでないものの選別が行われ、優秀なもののみが残されていく、という現象になります。また、脳全体の容積には限りがありますから、ニューロンが神経線維を増やしたり伸ばしたりしていくときに空きが必要なので、その空きを作るためにもニューロンの数を減らす必要があるわけです。
 では、新生児から2歳ぐらいまでの大脳新皮質の様子を見てみましょう。この時期には、ニューロンの細胞体から伸びる神経線維の数や長さが、どんどん増加していきます。全体として密になっていく感じです。
 その下段に、模式図を引用しました。〝シナプス形成〟と書かれていますように、ニューロン同士が神経線維(軸索)を伸ばして繋(つな)がっていくのですが、その繋がりの接続部分は〝シナプス〟と呼ばれています。そして、ある1個のニューロンから伸びる神経線維は、複数のニューロンと接続することによって、網目状の神経回路が出来上がっていくことになります。
 このように、新生児を含めた乳児期の脳は、今後に備えて、どのような環境にも適応できるように、とりあえず将来的に使うかもしれない神経回路を網羅する感じで接続数、即ち、シナプス(接続部分)の数を増やします。見方を変えるならば、この時期は、それこそ無限の可能性を秘めた脳を持っていることになります。このままでも良いのではないかと思われる面もありますが、将来的に明らかに使わないであろう回路も存在していますので、何かに例えるならば〝二兎を追う者は一兎をも得ず〟という事態になりかねないリスクを伴っていると言えそうです。

 次に、上段の図の4歳や6歳の頃の大脳新皮質の様子を見てみましょう。2歳の頃よりも神経線維の数が減少しています。その分だけ、接合部分であるシナプスの数も減少していることになります。この現象は、〝シナプス刈り込み〟と呼ばれています。シナプス刈り込みは、幼児期から思春期にかけて大いに進むことが判っています。即ち、この時期において使われなかった回路は、積極的に〝除去〟され、使用頻度の少ない回路は〝弱化〟され、使用頻度の高い回路は〝強化〟されていくことになります。
 掲載した図の右下にグラフを引用しましたが、縦軸は〝シナプス数〟を示していて、幼児期から思春期にかけて、シナプス数が大きく減少していくことが判ります。また、このグラフには、自閉スペクトラム症の場合と統合失調症の場合のシナプスの数の変化が描かれています。前者の場合はシナプス数が多く、後者の場合は少ないという結果が描かれています。これに関する解釈については今回は割愛しますが、シナプス刈り込みは、脳機能を健全に発達させるために非常に重要な過程みであることが解ります。

 では、思春期を過ぎて成人に向かうとき、或いは成人期では何か変化はないのか…?ということですが、脳は、鍛えればここから更に大きく発達していくことになります。高校、大学、社会人になってからの研修、高齢者に至るまで、発達は止まりません。もちろん、ぼーっとしていれば発達どころか、維持さえできなくなりますが、それは使わないものまで維持するという非効率なことはしないという、生物の大原則が適用されるからです。
 左下の図を見ていただきたいと思います。IQ(Intelligence Quotient;知能指数)という指標については様々な議論がありますが、最もオーソドックスな試験方法にてIQを測定し、併せて最新鋭の機器にて大脳皮質の内部構造を調べた結果が模式的に描かれています。そして、IQが高い人の脳は、
皮質の第2層(L2)と第3層(L3)が厚く、ニューロンの細胞体の体積が大きく、複雑な樹状突起を持ち、素早く活動電位(AP)を高めることが出来る、ということが確認されました。要するに、上流のニューロンからの信号を、より素早く確実に下流のニューロンに伝えることが出来る、ということです。言い換えれば〝頭の回転が速い〟ということです。

 以上のことを〝大脳の発達の仕方〟としてまとめるならば、出生から乳児期までは、将来におけるどのような状況や環境にも適応していけるように神経回路が完備されます。次に、幼児期から思春期にかけては、日頃の使われ方によって、発達させるべき能力と発達させなくてもよい能力がニューロンによって判断され、後者に相当していたシナプスが刈り込まれ、情報処理の効率化が進められます。成人期以降は、使用頻度が高い回路ほどニューロンの細胞体が大きく発達し、目的とする情報処理を確実かつ素早く行えるように変化していく、ということです。鍛えれば、必ず成果に繋がるのが脳の世界だと言えるでしょう。

 
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