ヘルペスウイルスは、あなたが疲れるのを待っている

ヘルペスウイルスは、あなたが疲れるのを待っている

 前回は『〝疲労〟と〝疲労感〟は異なる』というお話をしたのですが、今回はその続きとなります。
 普段、自分が疲労していることを感じるのは、オーバーワークなどによる心身の崩壊を防ぐための、大変重要な生体反応です。もし、疲労を感じない心身で産まれてきたならば、もう既に大病を患っているか、命が無くなっているかも知れません。

 大抵の人は、実際に心身が疲労してきた場合、「あ~、疲れたぁ」と感じることでしょう。この場合は「疲労=疲労感」の関係になっていて、大きな問題にはならないと言えます。
 ところが、仕事に燃えている人や、モーレツ社員などと言われる人は、実際には疲れていても疲労感をあまり感じない場合があります。そのため、つい〝過労〟の状態に陥ってしまうことになり、それは非常に危険だということになります。

 或いは、酷い例としましては、社員の健康管理がしっかりと出来ていない会社で、社員に充分な休養を取らせないで厳しいノルマを課したりしているところがあるかも知れません。それは違法行為ですので、その会社は処分を受けることになります。「最近、凄く疲れているんですが…」と打ち明けたとしても、「何を言ってるんだ、もっと頑張れ」と跳ね返されるわけです。
 そのような場合は、疲れているという証拠を提示する必要に迫られるのですが、客観性を高めるためには、病院やクリニックなどで診断書を書いてもらう必要があるでしょう。

 上記のどちらの場合も必要になってくるのは、〝疲労度〟を客観的に判定することであり、その結果を重視して、しっかりと休養を取ることです。或いは、休養を取らせることです。
 掲載しました図(高画質PDFはこちら)の左側に、「疲労度を客観的に測定する方法」を短文にてまとめておいたのですが、その内容は次のようです。
 一つ目は、【1】疲労すると自律神経機能が低下することを利用する方法です。これの実際の測定には、脈波や心電波を測定できる装置が用いられます。この原理を説明しようとすると、かなり長文になってしまいますので、ここでは割愛させていただきます。そして、かなり込み入ったデータ処理を伴っていますので、それを測定する装置と共に、専用のソフトウェアを搭載したパソコンがセットになっています。
 因みに、スマートフォンのストロボとカメラを利用して脈波を検出し、併せて自己申告による心身の状態を色々と入力し、それらによって総合的に疲労度を測定する、という簡易的な有料アプリがあるのですが、金額に相応した結果ならびに精度であると捉えれば結構でしょう。

 二つ目は、【2】疲労すると酸化ストレスが高まり、抗酸化力が低下することを利用する方法です。これには更に幾つかの方法があり、代表的な2種類だけを挙げておきますと、次のようになります。
①血液を採取し、特定の酸化物の濃度を測定したり、血液が酸化物を還元する能力を測定したりして、疲労度を判定するものです。
②尿を採取し、尿中に排泄される8-OHdG(8-ヒドロキシ-2’-デオキシグアノシン)の濃度を測定して、疲労度を判定するものです。
 掲載した図中に代表的な機器の写真を載せておきましたが、いずれも専門の機関に出向き、試料を採取してもらい、結果判定まで待つことが必要です。もちろん、疲労度判定の精度や信頼性は高いものとなります。
  
 三つ目は、【3】疲労すると増加するマクロファージや、それに棲息するヘルペスウイルスを測定する方法です。これは、唾液を採取して調べるのですが、測定や解析には高度な技術が必要ですので、専門の研究機関における測定になります。
 この方法におきましては、非常に興味深い事実がありますので紹介しておきます。「ヘルペス」をご存じの方は結構いらしゃると思われますが、幾つかの種に分類することができます。現在ではHHV-1からHHV-8までが知られていまして、HHV-1及びHHV-2は単純ヘルペスウイルス、HHV-3は水痘・帯状疱疹ウイルスとして知られているものです。また、HHV-6(更にAとBに分類されている)とHHV-7は、特に母親からの受動免疫が少しずつ弱まってくる生後半年~1年ぐらいの乳児に突発性発疹(知恵熱)を起こす原因ウイルスで、主な感染源は家族や近隣に居た子どもたちです。

 以降、HHV-6と7の話に絞ることにします。突発性発疹が治癒した後は免疫が確立している状態なのですが、HHV-6や7は主にマクロファージや脳のグリア細胞に潜伏して免疫系による攻撃を逃れますので、生涯にわたってこのウイルスを保持し続けることになります。そして、心身が疲労すると、潜伏感染していたHHV-6や7が再活性化し、唾液中に多く遊離してきます。
 そのため、唾液中に存在するHHV-6や7の量を測定すれば、疲労度を判定することが可能になるわけです。そのなかで特徴的なのは、HHV-6は1週間程度の疲労の蓄積、HHV-7は1ヶ月以上の疲労の蓄積を調べるのに有効だということです。
 
 唾液中に遊離してきたこれらのウイルスの量を調べる方法は、ウイルスのDNA量を定量する方法によっています。そして、その結果の代表例を、掲載した図の右下に引用させていただきました。
 グラフの左端から順に見ていきますと、「通常労働」ではウイルスの量(HHV-6 DNA)は少ないのですが、「重労働」をこなした後では大幅に増加しています。その後に「1週間の休息」をとると、ある程度まで減少し、休息の効果が出たと言えます。その後に再び重労働(加重労働)を行うと、ウイルス量は再び増加し、その後に休息をとった場合でも、ウイルス量はあまり大きく減っていないことが分かります。これの解釈は、既に疲労が蓄積していて、容易に解消できないレベルにまで達しているということになります。

 このことから何が言えるのか…ということについてですが、唾液中のHHV-6を測定することによって、本当に疲労が解消されたのかどうかが判断できるということです。「2回目の重労働(過重労働)をしたけれど、前回の1回目の重労働の後に1週間の休息を取ったら元気になったので、今回も1週間の休息で大丈夫だろう」と判断してしまうことが危険だということです。
 例えば、スポーツの野球におけるピッチャーの例を見てみましょう。1試合で100球を投げ、翌日から6日間の休養を取り、1週間後にまた登板するとします。打者に打たれないように心身ともに最大のパフォーマンスを発揮して100球を投げることがどれほどの重労働であるかは、唾液中のHHV-6を測定すれば、比較的精度の高い解答を得ることが可能になるでしょう。もし、2回目の登板の後の1週間の休息でHHV-6の濃度が下がっていなければ、休息期間が短いと判断できるでしょうし、下がっていれば1週間で充分に休養できたと考えられるでしょう。

 このように、HHV-6などのような常在ウイルスは、宿主の疲労度を正確に知ることが出来、疲労が続いているようであれば増殖を続けます。なお、成人にとってのHHV-6の有害性は、特に免疫力が低下している人では、脳炎/脳症、その他中枢神経系の損傷、肺炎、多発性硬化症、薬物過敏症、慢性疲労症候群などのリスクを増大させることです。
 また、次のようなことも言えます。それは、HHV-6が主として潜り込む細胞はマクロファージです。ヒトは疲れるとマクロファージが増えるという話は『生活の偏りが白血球の比率を変えて病気を呼ぶ』において既にしたのですが、疲労時にHHV-6が増殖しやすい理由の一つが、疲労によってマクロファージが増えるからだ、ということになります。
 マクロファージは組織内に生じた残骸を処理してくれる重要な細胞なのですが、増え過ぎるとマクロファージが仲介しているアレルギー反応、過剰な炎症による発がん、マクロファージの活動によるアテローム性動脈硬化、メタボリックシンドローム、組織の線維化などが促進されることになりますので、増え過ぎないように過労を抑えることが非常に重要です。

 以上のように、疲労が完全に解消されずに慢性化すると、HHV-6をはじめとしたヘルペスウイルスによる弊害と、増え過ぎたマクロファージによる弊害が重なりますので、くれぐれも充分な休養を取っていただければと思うところです。

 
執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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