今回は、〝分子標的薬〟へと話を進めて行こうと思います。これまで、がん(癌)に対してあまり深く関係してこなかった人からすると、「分子標的薬? なに?それ…」と思うのが当然だと思います。そこで、医療用医薬品の売り上げの話から入っていこうと思います。
掲載した図(高画質PDFはこちら)の左上の表(Answers News作成)を見て頂きたいと思うのですが、これは「2024年 国内医療用医薬品売上高 上位10薬効」と題するもので、「抗腫瘍剤」が圧倒的な売上高で第1位に輝いています。
次に、その右側の表を見て頂きたいのですが、これは「…上位10製品」と題するもので、製品別の売上高の順位が示されていて、「キイトルーダ」という〝免疫チェックポイント阻害薬〟が第1位に輝いています。がんに関係するものだけを見ていくと、第3位には「オプジーボ」が入っています。なお、このブログでは、前回と前々回に〝免疫チェックポイント阻害薬〟を中心としたお話をさせて頂きました。
そして、がんに関係する医薬品の中で第3位に輝いているのは「タグリッソ」という〝分子標的薬〟です。今回は、この分子標的薬のお話をさせて頂きます。
医薬品企業におきましては、抗腫瘍剤、即ち、がんに対して用いる医薬品が開発可能であり、それが売れることは大変名誉なことです。もちろん、開発費も莫大な額になりますが、売れれば利益も相当な額になってきますので、できればそれを目標にしたいと思っている企業は多いことでしょう。そして、抗腫瘍剤開発で歴史のある企業は、どのようにして少ない開発費で多くの利益を生み出すかのノウハウを多く持ち備えていることでしょう。
このような観点で見ていくと、分子標的薬のジャンルで勝負していくことは、非常に理に適っていると言うことができます。何故なら、分子標的薬は、がん細胞を直接的に殺傷するのではなく、増殖を抑えたり、血管新生、浸潤、転移などを抑制するものだからです。更に、殺傷されないがん細胞は、薬剤が少しでも腫瘍微小環境内部に入ってくれば、それに対する薬剤耐性を1年以内に獲得することができます。そうすれば、製薬企業は次の製品として、少しだけ分子構造の異なった第2の分子標的薬を作って製品化すれば、薬剤耐性を獲得した患者にその第2の分子標的薬を使わせることができます。すると再びそれに対する薬剤耐性が1年以内に生じますから、製薬企業は第3の分子標的薬を作って同じ患者に使わせることができます。「え? でも、それでは効いたと判断されないのではないですか?」
そもそも抗腫瘍剤が「効いた」と判断されるのは、それを投与することによって、がん組織が縮小したり、がんの進行が抑えられたりすることを確認できた場合です。患者の健康度がどれだけ悪化しようが、そんなことは何ら関係がありません。そもそも、抗腫瘍剤は〝超有毒物質(劇薬)〟なのですから、健康度などは犠牲になって当然だという認識です。
分子標的薬によってがんの増殖が抑えられれば、がん組織が大きくならないばかりか、古くなった周囲の細胞が徐々に死んでいきますから、投与から数カ月間はがん組織が縮小し、がんの進行が抑えられたと判断されるでしょう。もう、それだけで良いんです。がんという病を根治させる効果などは全く期待されていません。1年近く経過して、再びがん組織が大きくなっても、患者はまだ生きている可能性が高いですから、先に上市されている何らかの抗がん剤よりも延命率が高ければそれで承認が下ります。
そして、1年近く経って患者に薬剤耐性が生じた時、2番目の分子標的薬を投与し、それに対する薬剤耐性が生じた時、3番目の分子標的薬を投与し、それに対する薬剤耐性が生じた時、4番目の分子標的薬を投与し、それに……5番目の…、という具合に、延々と分子標的薬が売れていくことになるわけです。
因みに、一般的な抗がん剤や免疫チェックポイント阻害薬は、毒性が強すぎて患者が早く亡くなっていきますので、分子標的薬の方がたくさんの種類を使ってもらえる…、という計算になります。また、最初に作った分子標的薬の分子構造を少し変えるだけで薬剤耐性を回避できることが多いですから、開発費も少なくて済みます。もう、これを狙わない手は無いでしょう。
随分と刺激的な内容になってしまいましたが、誰もがこのようなホンネを口にすることはありません。普通は「分子標的薬は遺伝子検査の結果によって、その人に合わせたオーダーメイド的な最先端の治療薬です。副作用も少ないですし、免疫チェックポイント阻害薬よりも経済的ですから、ご安心ください。どの抗腫瘍薬でも薬剤耐性は付きものですが、分子標的薬は品ぞろえが豊富ですから、長期間にわたって安心して利用していただけます…」というふうに紹介されることでしょう。
分子標的薬で最も売上高の多い〝タグリッソ(一般名は、オシメルチニブ(Osimertinib))〟の特徴を、掲載した図の右側に書いておきましたので、後で目を通していただけば結構です。
なお、敢えて確認しておきたいことは、「EGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子に活性化変異」というフレーズがありますが、これは後天的なものであって、ごく普通の細胞(ごく普通の幹細胞)が、がん細胞として増殖率を高めたいと判断した場合に、細胞自らがその部分の遺伝子を変異(より活発に動くような活性化変異を)させることによるものです。従いまして、もちろん先天的なものではありませんし、この変異ががん化の原因でもありません。また、EGFRの変異が使えなくなれば、他の増殖亢進システムを使って増殖を維持することになります。細胞は人間よりもかなり賢いのです。
もう一つ、ゲフィチニブまたはエルロチニブ → オシメルチニブ → ブチガチニブ と順に使ってきた場合、ブチガチニブの添付文書には次のような記載があります。即ち、【致死的な有害反応】突然死、呼吸困難、呼吸不全、肺塞栓症、細菌性髄膜炎、尿路性敗血症、肺炎。【最も頻度の高い重篤な有害反応】間質性肺炎、視覚障害。【頻度の高い軽度の有害反応】悪心(おしん;吐き気)、下痢、疲労、咳嗽(がいそう;咳(せき))、頭痛。【特に注意すべき臨床的所見】高血圧、徐脈、視覚症状、呼吸器症状、アミラーゼ上昇、リパーゼ上昇、血糖上昇、クレアチニンホスホキナーゼ上昇。ということです。
この中で、【致死的な有害反応】の内容は、もちろん、がんよりも遥かに怖いです。ただ、ブリガチニブを使う段階にまで年月が経過していれば、突然死しても、呼吸困難に陥っても、それは薬のせいだと思われないだろう…という感じなのだと思われます。
従いまして、最初の分子標的薬を使い始めた時点から、このシナリオがスタートするということです。だからこそ、日頃から抗がん対策をしっかりと行い、もしがんが発覚したとしても、決して上記シナリオに乗っていかないように、お願いしたいと思います。