この「確率のシリーズ」は、当面はこの記事で最後にしておこうと思いますが、最後に相応しい、あなた自身の存在確率です。それは、言い換えれば「自分」という意識を持った知的生命体の存在確率です。
そもそも、地球のような好環境の惑星は、天の川銀河のような銀河を2万箇所渡り歩いて、ようやく1箇所の銀河で見つかる程度の希少さだというお話をしました。併せて、地球のような好環境の惑星が在ったとしても、ヒトのような知的生命体が生まれ育つ確率は、楽観的に見積もったとしても、たったの0.00001%(1千万分の1)でしかないというお話もしました。
もう、これだけでも、あなたや私が居ることは奇跡に近いものだと言えるでしょう。しかし、まだまだこんなものではありません。街を歩くと沢山の人に出会いますが、そのことと、「自分」という「意識」を持った特定個人が存在することとでは訳が違います。
よく聞く話としましては、「あなたは1億個の精子の中から選び抜かれて誕生した人だ」というものがあると思います。添付しました図(高画質PDFはこちら)の左上に図と解説を入れましたが、一度に約1億個の精子が放出されても、卵管まで到達できるのは数千〜数百個程度。更に卵子の周囲まで到達できるのは数十個程度。最終的に卵子に侵入できるのは たった1個だということです。そして、もし隣で泳いでいた精子が先に卵子に入ってしまっていたなら、あなたは存在していなかったことになります。このことから、「自分」の存在は1億分の1、パーセンテージに直すと0.000001%だということになります。
まぁ、このことだけでも、「自分」というものの存在は、やはり奇跡的だということになりますが、もっともっと奇跡的だという話を紹介していくことになります。
一般的に、子どもが欲しいと思っても、すぐに授かるものではありません。受胎までに要する期間は、平均的には6カ月ほどだとされています。その間に、女性は約6個の卵子を放出しますし、男性は平均値として約52億個の精子を放出することになります。そのうち、「あなた(自分)」が誕生することになるのは、それらの組み合わせの中の、たった1つの組み合わせの場合だけです。
これを計算した計算式と結果を図の左下に掲載したのですが、結果を申し上げますと、〝312億分の1〟ということになります。上記の1億分の1が、かなり大きな数値に見えてきたはずです。即ち、「自分」の誕生が、更にその312倍の困難さだったということです。しかし、まだまだこんなものではありません。上記の確率は、両親の組み合わせが既に完了していることが前提の場合です。しかし実際には、「自分」の母親と父親が出会っていなければ、「自分」は存在していなかったことになります。
「質問なのですが、宗教的には、魂がどの体に入るのか…、といった話を聞くことがあるのですが、別の親の間に「自分」が生じることは無いのでしょうか…」
科学による見解では、魂というのは、脳の活動によって生じるものであるため、脳が無い所に魂は存在し得ないことになります。また、脳が遺伝的にも構造的にも機能的にも少し異なっているだけで、それは「自分」ではない、ということになります。従いまして、別の両親であった場合、そこに「自分」が生じることはあり得ないということになります。
話を戻しますが、自分の両親が出会い、子を持つという判断に至る確率は次のようになります。添付しました図の右側の表がそれなのですが、両親となる人の状況によって確率が異なるため、AIが3つのシナリオに分けて、それぞれを計算してくれました。
両親が同じ学校・職場などで継続的な接触がある場合、子どもを持つという判断に至る確率は0.24%でした。一方、両親が同じ都市圏で生活していて接触が散発であった場合、同確率は0.03%でした。更に、両親が異なる都市に居て偶然の出会いに依存していた場合、同確率は0.003%にまで低下するという計算結果になりました。
そこで、上記の真ん中の0.03%という数字を、両親が出会って子を持つという判断に至る確率の代表値とし、それを先に算出されている確率の数字に掛け合わせていくことにします。それは即ち、「自分」というものが生まれるに至った最終的な確率を算出することになります。
計算式は添付しました図の右下方にありますが、結果だけを述べると、〝1兆400億分の1〟ということになりました。この数値が、「自分」というものが生まれるに至った最終的な確率だということになります。
因みに、この極めて小さな確率を他のものに例えると、次のように言うことができます。現在の地球人の総数は約80億人ですので、1兆400億というと、地球130個分の人間の数だということになります。従いまして、〝1兆400億分の1〟という確率は、130個の地球から人間を1人だけ選ぶ確率に相当します。これはもう、「自分」の存在は奇跡だとしか言えないでしょう。そして、科学的には全く同じ脳は作られませんので、1回きりの人生だということになります。どのようなことが起っても、それは、奇跡的に生まれてきたからこその体験であって、有難く受け入れることが大切なのでしょう。
