今回は、脳の機能を高めたり、運動機能を高めたりする方法の一つをご紹介することにします。また、これは幼少期から老齢期に至るまで有効な方法となります。
私たち人類は、生まれ出た時には既にヒトの赤ちゃんだと判る外観を呈して生まれてきますが、体内では生物進化の歴史をトレースするように、単細胞時代、多細胞になった頃の時代、魚類や両生類であった時代など、それぞれの時代の生物の状態を経ていきます。ただ、やがてはヒトの赤ちゃんとして生まれ出られるように、準備できるものは出来るだけ完備しようと工夫されます。例えば、音は胎内に居ても受けることが出来ますから、聴覚と、それを解釈して反応する脳の仕組みは比較的早期に発達していくことになります。だからこそ、赤ちゃんを宿した母親の話し声や血流音などの音環境が非常に重要だということになります。しかし、羊水中に浮かんでいる状態では受けることが出来ない刺激については、外界に出てから初めて体験していくことになります。さぁ、大変です。
外界に出ると、胎内では体験できなかった、それまでとは全く異なった環境が赤ちゃんを襲ってきます。重力、皮膚刺激、空気、乾燥、寒さや温度変化、異種生物の侵入、まぶしい光、羊水ではない他の飲み物が口から入ってくる…、などなど、ごく短時間のうちに別世界へと連れ出されることになります。
赤ちゃんは生後、それまでとは随分変わった環境に適応するために、まさしく急速に心身が変化・発達していきます。見方を変えるならば、常識的かつ可能な範囲内で少々過酷と思われる環境変化を与えるほうが、将来的に優れた適応能力を獲得することにつながります。このような事は、医療機関の無い長寿村の人たちや、戦時中に生まれた人々の逞しさを見れば、容易に想像がつくことでしょう。
そのものが大きく発達している時期が、そのものを鍛える絶好の機会となります。例えば視力を採り上げるならば、生後に目を開ける頃に、何か月も片目だけを眼帯で覆ってしまうと、覆ったほうの目の機能が高まらずに弱視になってしまいます。このように、然るべき刺激が入力されることによって初めて、それを処理する神経系や脳の部分が発達していくことになります。
出生後の赤ちゃんに襲い掛かる環境変化の一つとして〝重力〟を挙げましたが、この時はまさに人類の祖先が上陸を果たした時に相当します。体の上部の重みが体の下部を押しつぶすように働きます。その時に骨は、押しつぶされないための強度を自動計算し、必要な骨密度をもった骨を成長させていくことになります。宇宙飛行士が無重力状態で何か月も過ごすと骨密度が低下し、地球に帰還してから数十年たっても完全には戻らないことが報告されています。即ち、骨密度を自動計算する時期にしっかり骨を作っておかなければ、後から高めようと思っても思うようにはいかないことを物語っています。
手足を動かす脳・神経系の発達についても同様です。赤ちゃんの頃の〝這い這い〟が重要である理由は次のようです。それは、人類の祖先が上陸した当初の両生類や爬虫類の時代に、地上において生命維持を果たすために必要な諸々の身体機能を、生活状況に合わせて調整しながら作り上げていくことです。
運動の面では、例えば前進する時の手と足の運び方やタイミングですが、これは将来に短距離走をする場合にも関係してきます。速く走ろうと思えば、足が着地したときに腕がどの角度にあるかによって100m走のタイムが変わってきます。普通、専門のトレーナーに指摘されない限りは、腕の振りと着地のタイミングなどについては意識せずに走っていることと思われますが、それは意識しなくても、幼少期に小脳などに登録されたタイミングが大人になっても無意識的に使われているからです。ただ、登録されているタイミングが最初からズレていれば、走っているときに無駄な方向に力が分散してしまって速く走ることが出来なくなります。日本に居るトカゲは小さな体ですが、非常に速く走ります。彼らは手足をどのタイミングで出すかなどを考えることなく、いわば天性で速く走れます。その手足のタイミングを習得する時期が、這い這いの時期なのです。
やがて、腕や脚を伸ばして四足歩行(しそくほこう)をする時期に入ります。多くは、この頃になるとつかまり立ちをしようとし始めますが、急がせてはいけません。もっともっと、四足歩行の期間を増やす必要があります。
この時期は、人類の進化においては哺乳類になった当初の頃に獲得した諸々の機能について、その調整ならびに発達をする時期になります。例えば、それまでの変温動物から恒温動物へと変化しますが、そのためには体温を保つための自律神経系機能を発達させる必要があります。或いは、子育てという高度な活動をしますが、それには愛情など、心理学的に情動と呼ばれる脳機能が必要になってきます。或いは、エサの在りかや獲り方を記憶したり、敵や味方かを覚えたりなど、記憶力を高める必要があります。そのような一連の機能を担っているのが辺縁系(大脳辺縁系)と呼ばれる部分ですが、これは四足歩行の時期に養われます。
運動機能としては、体幹が下垂しないように支えたり、重い頭を持ち上げたり、上半身を前腕で支えたりなど、関連する筋肉群を大いに鍛えることになります。試しに四足歩行を行ってみてください。一体、何分間我慢できるでしょうか…。
これまでに、勧められた色々な運動をやってみたが、どうも問題が解決しないという場合、四足歩行を1日に何分間か、そして、それを何日間か試してみてください。私たちは、二本足で歩くことが当然だと考えているからこそ、解決しない問題が多くあるのです。チンパンジーのような霊長類であっても、速く走るときには四足で走るように、霊長類の基本の動きのもう一つは四足歩行であると言ってよいでしょう。
先見の明がある保育所では、子どもたちに四足歩行の時間を設けています。それは、脳機能と運動機能の双方を高めるためです。海外でも多く採り入れられていますし、中国では四足歩行で散歩をする人々もいらっしゃるそうです。また、四足で100m走のギネス記録を塗り替えようと頑張ってらっしゃる方を図(高画質PDFはこちら)に掲載しましたが、彼らの運動機能はもとより、辺縁系、小脳、脳幹の機能も相当高まっているのではないかと考えられます。
では、まだの方、ぜひとも四足歩行をお楽しみください。