おカネで買えない大切なもの

子どもが大人になった時に鮮明に思い出すのは、お母さんや、お父さんが、直接何かをしてくれた時の事である。

 物に関しては、おカネさえ出せば何でも買える時代になりました。また、いわゆる情報と言えるようなものも、インターネットに繋げばおおよそ手に入るようになりました。ひいては、AI(人工知能)の進歩によって、人間ならではの知的作業を機械に任せられる時代になってきました。しかし一方で、〝心の豊かさ〟というものについてはどうなのでしょうか…。もちろん、個人差も大きいわけですが、巷では詐欺による事件が急増してきていたり、子どもや高齢者を虐待する事件が増えてきていたリ、発達障害や精神障害が増えてきていたりなど、人間としての心の発達に問題をもつ者の割合が増えてきているように思われます。また、そのような状態になって当然だと言える世の中の変化を幾つも挙げることが出来ますので、先ずは、そのような明らかになっていることだけでも解決していければ良いのではないかと思われます。

 相手がどのように感じ、どのように思うのか、ということを察知し、その相手と協調できるように行動することが、社会性動物である人間の基礎能力であると言えます。上述の詐欺や虐待などは、その基礎能力が全く獲得できていないからこその非社会的行為となります。脳の部位や機能から見てみるならば、社会性や理性に関わっているのは前頭前野であると言われていますので、その脳領域の発達が不全であるということになります。
 この脳領域が大きく発達するのは、小学生から中学生にかけての時期になります。だからこそ、集団による学校教育や、学校内での部活動やボランティア活動に大きな意味が出てくることになります。仮に、この時期を過ぎて高校生や大学生になってから社会性を発達させようとしても、基盤が出来ていなければ非常に難しくなってくるわけです。

 その様子を、もう少しミクロな視点で見ていきましょう。前頭前野が担当する社会性や理性が発達するという現象は、その脳領域に在るニューロン同士のシナプス(結合部位)が強化されていき、いわゆるニューロンのネットワークが強固になっていく、という現象になります。そして、その現象が最も活発になるのが小学生から中学生の時期だということです(ご参考:『脳は思い通りに発達させることが出来る』)。
 もう一つ、重要なことがあります。その脳領域におけるニューロンのシナプスが強固なものになっていくためには、少なくともシナプスが刈り込まれていないことが前提となります。そもそも、ニューロンそのものの数は、出生後に急激な速度で減少していきますが、これは正常な現象ですので問題はありません。一方、ニューロン同士を何ヵ所かで結合しているシナプスの数は、一般的には2~3歳あたりまでは増加し、その後は減少していきます。ただし、日頃から使われているニューロンのシナプスは減少せずに、使われていないシナプスが減少していくことになります。このことは〝シナプスの刈り込み〟と言われていて、要は、ネットワークおよび情報処理の効率化が行われる、ということです。
 では、2~3歳以降に、社会性や理性に関係する刺激が入ってこなかったらどうなるでしょうか…?その部位のニューロンは「もう刺激が入って来そうにないから、省エネのためにシナプスを退縮させよう」と判断することになります。即ち、刈り込みの対象になってしまいます。こうなると、無いものを強化するわけにはいかない、という結果を招くことになります。

 結局のところ、幼少期に愛情が欠落した育てられ方をすると、社会性や理性に関わる脳領域を、小学生から中学生にかけて大きく発達させることが難しくなります。従いまして、幼少期も非常に大切だということになります。
 更に、小学生から中学生にかけては前頭前野の部分のシナプスが本格的に強化されていく時期になりますので、社会性や理性に関する刺激をたっぷり入力してやる必要があります。掲載した図(高画質PDFはこちら)の〝竹馬〟の話はその代表例です。最も身近な人であるお母さんやお父さんとのコミュニケーションを通して、子どもの前頭前野のシナプスがどんどんと強化されていくことになります。
 また、あのとき親がこんなことをしてくれた、こんなことを教えてくれた、こんな優しい対応をしてくれた、などの記憶は、他の人と対応する場合の行動規範になります。親が愛情たっぷりの手厚い子育てをしていれば、その子どもも同様の思考や行動をするようになります。そんな子ばかりが将来の日本にいてくれれば良いなと思うばかりです。
 もう一つ付け加えておくならば、おもちゃなどの遊ぶ物は他から与えられるものではなくて、自分で作るものだという基本を大切にすることだと思います。自分でものを作っていくことは、極めて高度な脳活動になりますから、どんなにAIが発達してもそれに負けない優れた頭脳が養われることになります。そして、何歳になってもそれを続けることが健脳を維持する最善の方法でしょう。

 
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