エビの殻を食べるとどうなる?

エビの殻を食べるとどうなる?

 今度は、動物由来の食物繊維の話に移っていこうと思います。ところで皆さま、エビの殻はどうされてますか? 多くの人は、肉の多い腹部のみを、殻を取ってから食べられることと思います。また、尻尾の先(尾肢)も食べずに残されることと思います。「いや、ワシは丸ごと喰うでぇ!!」という野生的なオジサンもいらっしゃるかもしれないですが…。では、あの殻を食べると、胃や腸の中でどうなってしまうのでしょうか…。或いは、そのまま出てくるのでしょうか…。

 エビの殻の成分の多くはキチンという物質で、そう簡単には溶けたりしない、化学的には比較的安定ものです。万が一、水に溶けたりすると、エビやカニは海や川の中で溶けてしまうことになりますから、何が何でも溶けるわけにはいかないでしょう。生物進化の途上におきましては、溶けやすい殻を持った生物が誕生したかも知れませんが、それは子孫を残すことが出来なかったため、溶け難いもののみが生き残って子孫を繁栄してきたのだということになります。
 一方で、エビやカニを餌として食べて生きる動物も誕生したわけですが、彼らの中にはエビ(やカニ)を食べた時に、それを消化できない個体が一時的には(突然変異などで)生じたかもしれません。しかし、その個体は成長できずに死に絶えたはずです。逆に、エビを丸ごと飲み込んだ時にそれを消化できた個体は、栄養素をたっぷりと得ることができたでしょうから、子孫を繁栄して現在に至ると考えられます。
 …ということは、少なくとも人類が、大昔に魚のような形をしていて海に棲み、エビなどの甲殻類をも餌にしていた頃は、エビを丸ごと消化できたはずです。それは即ち、エビの殻の主成分であるキチンを分解することを可能にしていたはずです。では、今の人類はどうなのでしょうか…?

 確かに、エビフライに出来るような比較的大きなエビは、腹部の肉だけを食べて、頭胸部や尾肢は食べずに捨ててしまうかも知れません。しかし、散らし寿司に混ぜるような小エビは、丸ごとを食べることになると思われます。或いは、海老せんべいに埋め込まれたエビの殻を外すような芸当は出来ないでしょう。従いまして、小さなエビであれば丸ごと食べるのが普通であって、それに伴ってキチンを食べることになります。
 掲載した図(高画質PDFはこちら)の右下にも書き入れたのですが、キチンは他の生物にも存在していて、エビやカニの殻には20~30%、昆虫の外骨格には5~60%、キノコの細胞壁には10~40%、酵母の細胞壁には1~3%などと、私たちが食べている食材の中に、多かれ少なかれ含まれています。日本では昆虫食は一部のマニア的な人々に限られているでしょうが、他のものは大抵食べているはずです。

 「食物繊維」の定義としましては、「人の消化酵素で消化されない食物中の難消化性成分の総体」ということになっています。そして、キチンはこれに該当する成分であるとされています。さて、本当はどちらなのでしょうか…。
 哺乳類が持っている消化酵素として、以前から〝酸性哺乳類キチナーゼ (acidic mammalian chitinase, AMCase) 〟というものが発見されていました。そして、それがヒトの胃からも分泌されることが、今から10年ほど前に確認されました。従いまして、栄養学の本などで動物性の食物繊維としてキチンを挙げているものは、過去の内容のままだということになります。
 更なる変化も起きていまして、エビを殻ごと食する機会の多い地域の人たちでは、その酵素活性が高く、殻などは捨てるのが当たり前だと思っている人たちでは低いことも確かめられました。生物は常に無駄を省くように変化していきますから、使わない遺伝子は発現レベルを低下させていきます。そして、それで弊害が出なければ良いのですが…。

 結論に向かいますが、キチンを食べると消化管の中でどうなっていくのかというと、消化酵素として胃から分泌される〝酸性哺乳類キチナーゼ〟によって、キチンが分解されていきます。キチンは〝N-アセチルグルコサミン〟の分子が長く繋がったもので、その他に、分子数として全体の1割ほどに 〝グルコサミン〟が混じっていることが一般的だそうです。このあたりの更に詳しい話は今日は割愛しますが、そのような構造のキチンに酸性哺乳類キチナーゼが作用すると、N-アセチルグルコサミンが2個つながった状態にまで分解されると共に、混じっていたグルコサミンも遊離することになります。
 この酸性哺乳類キチナーゼという酵素は、胃酸にも耐えて活性を示しますが、十二指腸で中和され、膵臓からタンパク質分解酵素であるトリプシンやキモトリプシンが分泌されてきても、それに耐性を示します。即ち、酸性哺乳類キチナーゼは胃の中でも、腸の中でもキチンを分解し続けることになります。これならば、大きめのエビを殻ごと沢山食べても、途中で分解されて、未分解物が出てくることは無いと考えて結構でしょう。

 N-アセチルグルコサミンやグルコサミンと聞けば、膝などの関節炎に効くのか否かなどの話が脳裏を横切ると思われますが、この件につきましては以前にupしました『膝の痛みや変形性膝関節症に有効なファイトケミカル』にて書きましたように、軟骨細胞が過剰にアポトーシスするために生じるものですので、N-アセチルグルコサミンやグルコサミンなどが足りないことが原因ではありません。だからこそ、効かないことが多いわけです。そして、今日は詳細を避けますが、たまに効く人がいるのは、N-アセチルグルコサミンやグルコサミンが、膝などの炎症に関わっている腸内細菌叢に良い影響を与えるからです。結局のところ、総じて言えば、N-アセチルグルコサミンやグルコサミンはヒトの栄養素として重要だということです。
 考え方としましては、私たちが進化の途上で栄養素として得ていたものは、体はその栄養素を当てにするようになってしまっているわけです。キチンもその一つであって、エビなどは丸ごと食べるのが当たり前だという体が出来上がっているということです。だからこそ、エビは出来るだけ殻ごと食べましょう!ということになります。
 また、関連する現象として次のようなことが挙げられます。それは、エビの殻を食べなくなった現代人は、キチンを分解する酵素である酸性哺乳類キチナーゼの活性だけでなく、マクロファージが産生分泌するキトトリオシダーゼ (chitotriosidase-1, Chit1)というキチン分解酵素の活性をも低下させてしまい、組織にキチンの線維が蓄積してしまう〝○○線維症〟を発症しやすくなっているのだと考えられます。なお、この件につきましても、機会を改めて紹介したいと思います。

 
執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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