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◆ 第28話 ── お店での出来事と帰り道
★コラム:理系と音楽の関係
機転の利くお客さんからの提案で、「ぶつりーず」というグループ名に決まった6人のメンバー(あかりさん、みのり、高木先生、高原教授、佐野教授、JAXAの白石主任研究員)。彼らは、ブルースの即興演奏に続き、エリック・クラプトンの『Wonderful Tonight』を見事に演奏し、店の内外のお客さんを魅了した。
では──なぜ、彼らはあれほど自然に息の合った演奏ができたのだろうか。その理由を考えるうえで、実は理系教育と音楽教育の関係は、とても興味深い。
海外のトップレベルの大学では、理工系の学生であっても音楽活動を続けることは珍しくない。たとえばハーバード大学でも、学生オーケストラやジャズアンサンブルなどの活動が盛んで、多くの理系学生が参加している。
これは決して趣味というだけではない。音楽は、リズム、構造、記憶、運動、感情、そして即興的な判断まで、脳の広い領域を同時に使う高度な知的活動である。そのため、音楽経験は論理的思考や創造性、協調性などを育てる要素の一つとして注目されている。
優秀な理系の研究者や技術者に、楽器演奏を趣味とする人が少なくないのも、おそらく偶然ではない。
そして──ぶつりーずの6人が、あの奇跡のようなセッションを生み出せた理由の一つも、こうした「音楽が引き出す脳の力」にあったのかもしれない。
◆ 圧巻の演奏が終わった店内
ぶつりーずの演奏が終わった直後、誰もが立ち上がり、手を叩き、叫び、泣き、笑い、店内外が完全に沸騰した。6人は、客席に向かって深く頭を下げた。拍手や歓声が少し収まってから顔を上げるつもりだったが──収まる気配は無かった。
「あかりさーーん!!」「みのりちゃーーん!!」「pyu-―― pyu――-」「教授ーーー!!」「先生ーーー!!」「もっとやってーーーっ!」「ぶつりーず、さいこーー!!」「水瀬先生ーー!!」「pyu-―――」「先生たちー!こっちむいてーーっ!」「すてきー!!」「ありがとーーーっ!!」「pachi-pachi-pachi-pachi……」「hyu――hyu――」「みのりーーーっ!!」「……」「今日のこと…絶対忘れないからね――っ!」
そのとき──少し違った声が飛んだ。
「写真、お願いしていいですかーー!?」「おねがいしまーーす!!」「ぶつりーずの写真撮りたーーい!!」
その声が重なったおかげで、6人はようやく顔を上げることができた。
高原教授は、少し照れながらも、客席に向かって笑った。
「…もちろん、いいですよ。こんなに温かい声援をいただいたんですから……記念に、みなさんと一緒に撮りましょう」
店内外が再び沸いた。
「きゃーーー!!」「やったーーー!!」「ぶつりーずと写真撮れる!!」
店主が慌ててスマホを構え、店外の人々も歩道からスマホを掲げた。
あかりさんは、少し恥ずかしそうに笑いながら、ドラムセットの前に立った。
白石主任研究員は、シェーカーを掲げてポーズをとった。
みのりは、サックスを胸の前に抱えたまま、客席に向かって小さく手を振った。
高木先生は、ベースのネックを高く上げてポーズをとった。
高原教授は、エレキギターのネックを下げてポーズをとった。
佐野教授は、キーボードに両手を乗せて演奏シーンを再現した。
「はい、撮りまーす!!」「ぶつりーず、こっち向いてーー!!」「みのりちゃーん!!」「あかりさーーん!!」
その瞬間、店内外の照明と、夕方の街の光と、ぶつりーずの笑顔が重なり──最高の一枚が撮影された。
写真撮影が終わりかけたそのとき──店内の後方から、少し遠慮がちな声が上がった。
「すみません……さっきの Wonderful Tonight、僕、録画してたんですけど……アップしてもいいですかーー!?」
6人は顔を見合わせた。そして高原教授は、全員が拒否していないことを確認してから答えた。
「…ええ、他のメンバーも大丈夫そうなので…構いませんよ。ただ、他のお客さんの顔が映らないようにだけ、気をつけてくださいねっ」
店内外が再び沸いた。
「やったーーー!!!」「ぶつりーずの動画アップされる!!」「絶対見るーー!!」
写真撮影が終わっても、店内外の熱気はまったく収まらなかった。
「もう一枚撮らせてーー!!」「まだ終わらないでーー!!」「みのりちゃーん!!」「あかりさーーん!!」「教授ーー!こっち向いてーー!!」「ぶつりーず最高ーー!!」「握手してくださーーい!!」
店の出口付近には、スマホを構えた人たちがぎっしりと集まり、歩道まで人の波が続いていた。
店主が苦笑しながら言った。
「……あの、みなさん。このままだと、ぶつりーずの皆さんが帰れないんですけど……」
しかし、誰も動かなかった。むしろ、
「帰らないでーー!!」「サインほしいーー!!」
という声がさらに増えた。
ぶつりーずの男性メンバーは、それぞれ小声でつぶやいた。
「…出口… 完全に塞がれてますよ……」
「……どうやって出ようか……」
「…ありがたいことですけど… 帰らなければならないですからね…」
みのりは、あかりさんの袖をそっと引いた。
「……あかりさん、どうしよう……」
あかりさんは、少し困ったように笑いながら言った。
「うーん…… とりあえず、店主さんの指示に従おっか……」
店主は、店内の人々に向かって声を張り上げた。
「みなさーん!! いったん通路を空けてください!! ぶつりーずの皆さんが帰れませんので!!」
しかし、ほとんど効果が無かった。むしろ、逆効果のようだった。
「まだ帰らないでーー!!」「もうちょっとだけーっ!!」「まだ終わらないでーー!!」「ぶつりーーず!!」
6人は、互いに顔を見合わせた。
そして、高原教授が少し照れたように笑いながら言った。
「……これは、しばらく出られそうにないですね」
そのとき、みのりが、横に退けてあったマイクの前に立った。
「…あの…皆さま…」
客は、一斉に、みのりの方を向いた。
「みのりちゃーーーん!!」「みのりーーー!!」「かわいいーっ!!」
みのりは続けた。
「…あの… 今日は…本当に…ありがとうございました。…また…機会が作れれば、ここで演奏したいと思います。…そして、今日は、ママがお家で夕ご飯作って…待っててくれてますので、このへんで帰らせていただけると…すごく嬉しいです。よろしくお願いします(微笑)」
前方にいた男性客が大きな声で答えた。
「そりゃそうだ! こんな可愛い娘さんを困らせちゃいけない! 男性の皆さん! 協力し合って、通路を確保しましょう!!」
「うん! そうしよう そうしよう! 」
「はーい、みなさ~ん!! ぶつりーずの皆さまが退場されますので、通路を開けて、大きな拍手で見送りましょう!!」
7~8名の男性が、誘導係のスタッフのように上手く連携しながら、店外まで溢れたお客さんたちの間に通路を確保してくれた。
そして、皆が盛大な拍手で、そこを通過するぶつりーずを迎え、そして見送った。
「今日はありがとーーっ!!」「またやってねー! 絶対だよっ!!」「みのりちゃーん!!」「あかり先生っ!!」「先生たち、ありがとーーっ!!」「今日のこと、絶対に忘れないからねーーっ!!」「ありがとーっ!ぶつりーず!」
店を出た歩道の両脇にも何十メートルもの人の壁ができ、誘導してくれている男性たちの先導によって、ぶつりーずのメンバーが通過していく……。声援と拍手が鳴りやまない中、多くの人が握手を求めた。ぶつりーずのメンバーは、それぞれ、丁寧に握手で答えた。
……ようやく、人の壁の最後尾にたどり着いた。先導してくれた8名の男性たちは、そこで歩みを止め、左右4名ずつの最後の花道を作った。
「今日は、ありがとうございました」「また、やってください!」「今日は、ゆっくり休んでください」「今まで聞いた中で最高の音楽でした」
ぶつりーずの6人のメンバーは、歩道の左右いっぱいに広がり、全員で深く頭を下げた。
その様子を見た多くのお客さんは、目に涙を浮かべながら、ひときわ大きな拍手を送り続けた。
それほど、今日の音楽の感動が大きかったのであろう。
――――こうして、ぶつりーずのメンバーは、帰路につくことができた。
◆ 最後まで素敵な人
各メンバーは、帰りの交通手段などを確認し合い、高原教授、佐野教授、白石主任研究員は、タクシーで帰ることになった。
あかりさんは、図書館のスタッフ用駐車場、高木先生は、図書館の一般用駐車場にクルマを停めてあった。
あかりさんが、みのりにそっと言った。
「……今日は、歩いて帰るのは…やめとこうか…」
みのりは小さく頷いた。
「はい……ちょっと、怖いかも…です…」
高木も同じことを思っていた。今日の熱狂ぶりを考えると、みのりはもちろんのこと、あかりさんも含め、二人に街中を歩かせるのはさすがに危険だと思った。
「私も図書館まで戻りますので、ボディーガード役を務めますよ」
「……ありがとうございます」
そう言ったあかりさんは、みのりと顔を見合わせながら、安心したように笑った。
歩きながら、高木は、思い出すようにつぶやいた。
「…さっきのお店での、水瀬さんや佐伯には、本当に驚いたんですけど… …自分自身も、あれほどスムーズにベースが弾けたことにも驚いたんですよ」
すると、みのりもすかさず
「あっ、先生… 私も同じ感じがしてます。…あの時の自分、いったい何が起きていたんだって…」
あかりさんは、二人のその会話を聞いて、うつむきながらクスクスと笑っていた。
あかりさんの反応を見て、高木は驚きながら尋ねた。
「…え?! ちょっと…水瀬さん …何がそんなに面白いんですか?! ……もしかして… あかりマジック…とか…(苦笑)」
あかりさんは、少しだけ話すことにした。
「音楽の力とか… 楽器の力って凄いですよね…。みんな、あんなふうになっちゃうんですから(笑)」
みのりが不思議そうな顔をした。
「えっ?? …でも…普段から、スマホとか… それをイヤホンで聞いたりしてますけど… あんなふうにはならない… …生だから…音が凄いってことですか?」
あかりさんは答えた。
「その効果も大きいでしょうね。スマホで再生した音をイヤホンで聞くと、スマホで処理できる周波数の範囲の音だけが選ばれて、その中でもイヤホンで再生できる周波数の音だけが出てきて、それが耳の鼓膜で受け取られて脳に届く…。でも、今日ぐらいの音量の生演奏だと、低音部の場合だったら、バスドラの音圧とか、ベースの震えとかが、体全体で感じられますよね。そして、高音部の場合だったら、各楽器の倍音は私たちが聞き取れる周波数の遥か上まで伸びていて、その超高周波音は全身の細胞とか、タンパク質分子とか、各分子の結合部分まで揺らせてしまうほどの威力があるんです。それによって、ニューロンが直接的にも間接的にも刺激されて、脳幹部分が大脳を制御する能力も高まって、大脳の各領域の同期が促されたり、創造的な仕事を担当する領域の能力も高まったりします。だからこそ、普段の自分の何倍もの能力が発揮される…ということですよね」
高木が、納得できたような顔で頷いた。
「水瀬さんが、講演の中でおっしゃっていた、自分で楽器を演奏することの大切さの一つなのですね…。自分で演奏するときには大いに頭も体も使う…というだけでなくて、出てくる音自体も脳を活発化させる…」
あかりさんは静かに頷いた。
「はい、そういうことだと思います。あと…、みのりさん、今日もLifeSignal Generator 持ってますよね?」
「はい。持ってます …あっ、これも、図書館の控え室で、皆さんに影響を与えていた…」
あかりさんは微笑みながら頷き
「そうだと思います。そして、最大の理由は…皆さんの潜在能力が高いことだと思います」
そんな話をしていると、すぐに図書館の駐車場に着いた。
「佐伯は、私が送っていきましょうか?」
高木は、あかりさんに問いかけた。
「あ… 私、みのりさんのお家、初めてですので…私が送っていきます。…みのりさん、いいですよね?」
「あ、もちろんです!!」
「じゃ、ボディーガードの役割として、水瀬さんのクルマのところまで行きますよ(かなりの笑顔)」
その時間、向かう先であるスタッフ用駐車スペースには、ライトブルーのフィアット500eだけが停まっていた。
高木は目を輝かせた。
「あれ?! フィアット… 水瀬さんのクルマですか?!」
みのりが、ちょっと自慢気に頷いた。
「そうなんですよ! あの素敵なクルマ、あかりさんのです!!」
高木は、あかりさんに、あまりにも似合っているクルマに感激した。
「高木先生、今日はほんとに長時間、ありがとうございました」
あかりさんは、そう言って、高木に丁寧に頭を下げた。
みのりも一緒に頭を下げた。
そして――二人はさっそうと500eに乗り込み、シートベルトを締めた。
あかりさんはウィンドウを開け、高木に会釈をしながら、音もなく駐車スペースからスタートした。
高木も、視線を外すことなく会釈しながら思った。
(…エンジン音がしなかった… EVなんだ。。 …それにしても…水瀬さんとあのクルマの組み合わせ…なんてエレガントなんだ…)
高木は、あかりさんが500eに乗り込むシーン、その柔らかな表情、ウィンドウを開けての会釈、その全てにうっとりしながら、クルマが見えなくなるまで…その場に立ち尽くしていた。
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