若い子の夢を実現させようとする大人たち

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水瀬あかり・佐伯みのり
◆ 第25話 ── あかりさんの講演後の控え室で

講演が終わって控え室に戻ったあかりさんを訪ねて、高原教授、佐野教授、JAXAの白石主任研究員、高校の高木先生、高木先生に連れられた佐伯みのりが、控え室のドアの外まで来ていた。

図書館のスタッフが、ドアの前の様子を館長に伝えると、それを聞いたあかりさんは、にっこりと微笑んで…
「あっ、館長さん… 入っていただくよう、お伝えください」

スタッフがドアを開けて入室を促すと、高原教授を先頭に、一人ずつ深く一礼をしたのち、順に入室してきた。そのときあかりさんは内心で…
(……あっ、高原先生… …そして…初めて出会う人… …次の人も…初めて… …次の人は…たしか…高校の先生… …えっ!みのりさん…)

まず、高原教授が口火を切った。
「水瀬さん、今日は…本当に素晴らしいお話、ありがとうございました。…先にちょっと紹介しておきます。こちらから順に、うちの大学の脳科学研究室の佐野教授です。その隣が、JAXAの主任研究員の白石さん、その隣が、私の研究室の出身で…今は高校の先生をしている高木君、その隣は、紹介するまでもないですが、高木君の生徒さんで、佐伯みのりさんです」

紹介された後、皆それぞれ再び深く一礼し、あかりさんも一人ずつ丁寧に頭を下げて対応した。控え室には椅子が4席分しかなかったので、スタッフが館長の分も含めて椅子を3つ、隣の部屋から持ってきた。
「どうぞ、おかけください」

全員が、一つの円を描くように椅子を配置し直し、計7名の円陣が出来上がった。
まず、佐野教授が、目をちょっと大きく見開いて話し始めた。
「…あの…私… 水瀬さんのお名前を最初に知ったのが、佐伯みのりさんのMEGを測定しているときだったんです」

あかりさんは、少し驚いたような表情で…
「えっ!? そうだったんですか…」

佐野教授は続けた。
「はい。…私が…佐伯さんのMEGを測定しているとき、測定の終盤で急に周波数が揃って、脳全体が心地よさの極みのようなパターンを示したんです。…そこで私は、佐伯さんに「今、何か別のことを考えましたか?」と尋ねると、佐伯さんは「水瀬あかり…という人のことを思いました」って言われたんです。そうでしたよね…、佐伯さん」

みのりは、大人ばかりが集まった部屋で少し緊張していたのと、急な問いかけだったので少し驚いたが…
「…は、はい。…あのとき、そうでした…。あかりさんのこと…思ったんです」

あかりさんは、みのりから、そのような細かい話は聞いていなかったため、同じくちょっと驚いたが、すぐに微笑んだ。
「…みのりさん… ありがとう…」

みのりは、今の自分があるのは、全てあかりさんのおかげだと思っているため、思わぬ言葉を掛けられ、一瞬で胸が熱くなった。

佐野教授は続けた。
「…私はそのとき、思い出しただけで脳全体の状態を、ここまで変えてしまう人物がいるとは…と驚きました。…また、事前に高原教授からは、M-HIMの考案者が水瀬さんであることや、佐伯みのりさんに大きな影響を与えた人であることも伺いました。…ですので、講演が終わった後、どうしてもお会いしたいと思っていまして… それが実現できて、本当に光栄です」

あかりさんは、恐縮したような面持ちで答えた。
「佐野先生のところで、みのりさんのMEGや脳波を測っていただいたんですね…。…確かに、私はみのりさんに、少しアドバイスしたりしましたが、彼女は本来の実力を見せ始めた…ということだと思います。本当に…、これから…すごく楽しみな人ですね」

JAXAの白石主任研究員が、思わず口を開いた。
「私は、事前に大学の情報センターから、JAXAとの共有事項として、次のような連絡を頂いたんです。その内容は『高校生の佐伯みのりさんが、M-HIMによる火星模擬居住体験で異常適応パターンを示した可能性があります』ということと、『M-HIMの考案者であり、佐伯みのりさんの能力を解放させた人物でもある水瀬あかりさんが、今週土曜日に科学セミナーの講師をされる』という内容でした。……あのぉ…高原先生、これって、大学の情報センターのAIによる自動送信ですよね」

「はい、そうですね」

「『異常適応パターン』という語に、少しドキッとさせられましたが…  …その、佐伯みのりさんという生徒さんが…今ここにいらっしゃる…彼女…なのですね!?」

高原教授が、笑みを浮かべながら説明した。
「はい、そうですよ。そして、その件は…私が水瀬さんから『佐伯みのりさんは、M-HIMでの火星環境の全てに対して、何らの恐怖反応は出ませんでした。そして、0.38Gを楽しんでいました』って報告してくれたんです。私がそのことを学内報告に書いたんですけど、それをAIが短文化して『異常適応パターンを示した』なんて表現にしてしまったんですよ。『異常』とは、ちょっと言い方が良くないですよね…。…佐伯さん、ごめんなさいね」

みのりは、少し笑って答えた。
「…いいえ …あの体験、すごく楽しかったです。…また機会があれば、何度でも体験したいです」

あかりさんは、みのりの様子を確認しながら、少しだけみのりの将来の希望をほのめかした。
「みのりさんにM-HIMを体験してもらいましたのは、次のような理由からなのです…」
もう一度、みのりの表情を確認し、大丈夫そうであることを確認した。
「みのりさんは… 将来は、宇宙での仕事に興味を持っているそうなんです。そこで、ちょっと火星を体験してもらおうかな…って思ったんです」

JAXAの白石主任研究員が一番大きく反応した。
「佐伯さん、それはもう、大歓迎ですよ!」

すかさず、佐野教授が、みのりの…これまでに確認できた驚異的な能力について紹介し始めた。
「白石さん、この子は本当にすごいんです。あっ「この子」っていういい方はちょっと失礼でしたね(苦笑)。佐伯みのりさんは、うちの大学の教授会でも前代未聞の大評判になっている生徒さんで、その決定打は、物理学専攻の大学生が最短でも解くのに15~20分は掛かるレベルの物理の問題を、たったの2分で解いてしまったことなんですよ。もう、うちの部屋の大学院生もそうでしたし、教授会では全教授が凍り付いてしまうほどの衝撃が走りました。もう、絶対にあり得ないって…」

JAXAの白石主任研究員は目を丸くし、みのりの方を向いて体をのり出した。
「えっ!? そうなんですね…。 …佐伯さん、大学なんて行かなくていいですから…、来年の春から、うちに来てくださいよ。今、3年生ですよね?」

佐野教授が、きっぱりと返した。
「いいえ、2年生です」

白石主任研究員は、まさしく異次元のものを目の当たりにしたような表情に変わった。
「え?! 2年生なのに… 物理学専攻の大学生が速くても15~20分かかる物理の問題を…? たったの2分で?? ……もう、それだったら…大学にも行く必要がないかも…  …じゃ、ちゃんと給料払いますから、来週からうちに来てくださいよ…」

高原教授が笑いながら答えた。
「白石さん…、佐伯さんは来春から、うちの大学に飛び入学で受け入れることが、もう決まったんですよ。ちょっと遅かったですね(笑)」

「えーーっ、そうなんですね…(苦笑) …でも、飛び入学って… しかも、それを大学側から要望されたんですよね…きっと…。 …普通、大学側からなんてあり得ないですよね… …でも、解ります」
白石主任研究員は、思わぬ大きな獲物を獲り逃がしたような表情にてため息をつき、さらに続けた。
「…あっ ……そして、佐伯さんの能力を解放させた人物が… 今、目の前にいらっしゃる…水瀬あかりさん…  …あと、佐伯さんの潜在能力と努力… そして、高校の授業で実際に物理を教えてらっしゃる高木先生の教え方が上手い… そういうことが重なって…佐伯さんの驚異的な能力が開花した…」

あかりさんは、白石主任研究員に…
「私は、先ほど言いましたように、少しアドバイスをしただけですよ」
と言って微笑んだ。

そのあかりさんの返答を聞いて、みのりはどうしても話したかった。
「…あの… あかりさんって… いつも……ほんとにいつも… こんなふうに、自分のことは表に出されないんです。…でも、今の私は、あかりさんがいなければ、何も満足にできない泣き虫だったんです。……実は…ある日… 塾の帰りに… 全てがうまくいかない感じがしてて、帰り道のベンチに座って泣きそうになってたんです。そのときに、優しく声をかけてくださったのが、あかりさんでした。あかりさんの一言一言が… なんか、自分の頭の中を軽くしていって… …その後も…どんどん自分を変えていったんです…」

5人の大人たちの視線が、みのりに集中した。その中、みのりは続けた。
「……途中… あかりさんが凄い人だって最初に分かったのは… 私が…難関大学の入試問題で、難問に分類されている物理の問題を、あかりさんに送って、こういうものを解くためのアドバイスのようなものがあれば、いつでも結構ですから教えてください…ってメッセージを送ったんです。…そしたら、数分後に返事が返ってきて…… そこには…解き方と、答えらしき難しそうな数式が書かれていたんです。私はすぐに模範解答例と照らし合わせてみました。そしたら、その中の設問の4問とも…全部正解だったんです。…その時間帯、私の放課後の時間帯でしたから、あかりさんはお仕事中だったと思います。それなのに…、難関大学の難問を、おそらく…本当は数分も掛からず、片手間でさっと解かれたんだと思います。私は、もう信じられなくて…、…神様に出会ったんだと思いました…」

5人の大人たちは、あらためて、あかりさんの、とんでもない能力に身震いした。
(……水瀬あかりさん… 佐伯さんの物理の解答も驚異的だったが… それを遥かに凌ぐと思われる能力…)
(……会場で大学院生が質問していたが… …水瀬さんの頭の中…いったいどうなってるんだ…) 

みのりは、さらに続けた。
「…その後も、数式の意味や、化学反応の考え方など、アドバイスいただきました。…あと、あかりさんからは、2種類の装置と、5種類のカプセル/錠剤を頂きました。それの効果も大きいと思います…。もし、私があかりさんと出会っていなければ…、今の私はありませんでした。…もう…… いくら感謝しても、感謝しきれないんです…」
みのりの目からは、大粒の涙がこぼれ落ちた…。そして、もう、それ以上は話せなくなってしまった。

高木先生が、あかりさんに、少し遠慮がちに尋ねた。
「…あの…水瀬さん… …今、佐伯が言いました… 2種類の装置と、5種類のカプセル/錠剤って、どのようなものなのでしょうか… …もし…差し支えなければ、教えていただけますか…」

あかりさんは、微笑みながら頷いた。
「はい、大丈夫ですよ。2種類の装置とは、講演の中でも紹介しましたPhytoCoreと LifeSignal Generatorなんです。ただし、TSSやM-HIMに組み込むサイズのものを、電子回路の基盤などを可能な限り小型化して、小さくまとめ、それぞれを専用のケースに詰め込んだものなのです。LifeSignal Generatorのほうが小さくて、手のひらにすっぽり収まる大きさです。PhytoCoreのほうは、複数の植物成分を入れた容器が付属しますので、お部屋に置く芳香剤ぐらいのサイズです。…そして、5種類のカプセル/錠剤といいますのは、その一つは、講演の中で紹介しました、火星適応型微生物群(Mars-Compatible Microbial Consortium)を詰めたカプセルなんです。その他は、質疑応答のお時間に紹介させていただきましたような、各種の栄養成分とか、植物由来の機能性成分なんです」

大人たちは互いに顔を見合わせた。そして、高原教授が口を開いた。
「…ということは… 小型化されてはいますが… M-HIMに搭載されているPhytoCoreと LifeSignal Generatorを、実際に佐伯さんが日常的に体験している… そして…特に重要な細菌や栄養成分も摂取している… ということなんですね…」

みのりは、ちょっとあかりさんのほうを見た後、自分で答えた。
「はい、PhytoCoreは、自宅の私の部屋に置いています。部屋に入った瞬間、森の中に入ったような清々しい気分になります。 ……そして、LifeSignal Generatorは、学校に持って行ってるカバンの中に入れています。あっ、そうだ…、通学の途中で、飛べなくなっているスズメに出会ったんです。それで、私はLifeSignal Generatorをカバンから出して、そのスズメに近づけたんです。そしたら、みるみるうちに元気になっていって、数分後に飛び立っていきました。…これ…すごいんだって思いました。……あと… …5種類のカプセル/錠剤は、最初の頃は朝夕飲んでいましたけど、今は朝だけ飲んでます」

佐野教授が、あかりさんに尋ねた。
「…あの… 水瀬さん… これらの2種類の装置とか、5種類のカプセル/錠剤が、佐伯さんの能力を、いったいどれぐらい高めているのでしょう…」

あかりさんは、落ち着いた表情のまま答えた。
「これらの装置や、飲んでもらったものは、佐伯さんの脳が、本来の能力を発揮するための環境を整えてくれたんです。たとえば…異なった2種類のガソリンエンジンがあって、それらにガソリンを供給しなかったら、両方とも回らないですよね。次に、かなり粗悪な燃料を入れた場合、エンジンは回ったけれども、高回転まで回らなかった。今度は適切な組成のガソリンを入れ、空気との混合比率も最適化し、燃焼室の温度も最適化した場合、どちらのエンジンも本来の力を発揮した。エンジンAは100馬力を発生しました。エンジンBは300馬力を発生しました。…そして、みのりさんの脳は、300馬力を発生できるエンジンなのだと思います。一方、他の多くの生徒さんの場合、適切な燃料が入れられていなかったり、空燃比が不適切であったり、燃焼室の温度が不適切であったりと、環境が整えられていませんので、本来の力が発揮できない…そういうことなんだと思います」

高原教授が大きく頷いた。
「なるほど!! それはよく分かる…。100馬力の素質を持つ学生の環境が整ってないので、日ごろは30馬力を発生している。300馬力の素質を持つ佐伯さんの環境が整ったので300馬力を発生した。その差10倍。20分かかるものを2分で処理した。…これなら、何とか理解できるかもしれない…」

佐野教授も、2人のやり取りを聞いて大きく頷いていた。
「…だからこそ… 水瀬さんは、何度も何度も、環境を整えることの重要性を強調された…」

高原教授は、にこやかな表情で高木先生のほうを向いた。
「ね、高木君… あなたの高校は、いわゆる“超進学校”だから、そもそも勉強が苦手な子は、いないはずだよね…」

「まぁ、確かにそうですが…」

高原教授は続けた。
「そして、中でも高い能力を秘めていた佐伯さんが、水瀬さんによって目覚めさせられた…。一般人から見れば、あり得ない超能力も、水瀬さんから見れば当然の結果… …そうですよね?水瀬さん」

あかりさんは、笑いながら
「…そういうことにしておきましょうか… 高原先生っ」

みのりは、大人たちの楽しそうなやり取りを眺めていたおかげで、いつの間にか笑顔に戻っていた。

佐野教授が、少し真面目な顔に戻って問いかけた。
「佐伯さんが、火星環境にすごく適応できそうだ…というのは、TSSやM-HIMに組み込むPhytoCoreやLifeSignal Generatorの効果が出やすく、0.38Gの低重力環境でも心身が健全に保たれる。そして何よりも、宇宙が大好き…。……ね、白石さん… これはもう、JAXAにとっては絶対に逃がせない逸材ですよね!?」

白石主任研究員は、ちょっと不服そうな顔で…
「でも…、すぐには、うちには来てくれないんでしょう…。佐伯さんが大学終わるまで、最低でも、4年間待たなければならないじゃないですか…」

高原教授が、すかさず答えた。
「いや、白石さん… M-HIMがらみの研究は、JAXAと一緒に進めなければ効率が悪いわけですから…、もちろん、水瀬さんは既に共同研究者ですし、佐伯さんも高校2年在学中から、うちの研究に参加してもらえることについて、高校側から承諾をもらったんですよ」

白石主任研究員の表情が変わった。
「えっ! そうなんですか!? 佐伯さんは、高校2年生の段階で研究室にも出入り…。いやぁ… 今日、こうやって顔合わせできたこと、凄く嬉しく思います。…あの…佐伯さん… 大丈夫ですか? 脅えたりしてません?」

みのりは笑った。そして笑顔で答えた。
「あ… ぜんぜん大丈夫です」

その笑顔を見たあかりさんも、高木先生も、高原教授も、佐野教授も、白石主任研究員も、この上ない笑顔に変わった。そして、若い子たちの夢の実現を、何よりも最優先に考える大人の顔になっていた。

子どもたちや、若い世代の人たちは、自分の夢を大いに語っておくべきであろう。みのりが、宇宙飛行士になりたいという自分の夢を、あかりさんに伝えたからこそ、あかりさんはみのりにM-HIMを体験させた。そのときの良結果が大学を通じてJAXA(宇宙航空研究開発機構) にも伝えられた。JAXAの主任研究員が、あかりさんの講演を聞きに行き、講演後に出会ったみのりに対して、すぐにでも採用したいとの希望を示した。これまで、宇宙飛行を経験した日本人は14名であるが、その多くはJAXAに所属している。みのりにとって、夢の実現に最も着実なルートが確保されてしまった…ということになる。

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