創造の脳は、こうして目覚めた

創造の脳, 広域同期, LSG, PhytoCore, 未来の感覚, 水瀬あかり, 佐伯みのり, 脳科学, 創造性, 教育モデル
スポンサーリンク

今回のアイキャッチ画像(高解像度版)
水瀬あかり
◆ 第41話 ── 水瀬あかりが明かす、みのりの「変化」

◆ 高原教授と佐野教授の会話
MEGのデータ整理を終えた夕方、高原教授と佐野教授は、測定結果を並べながら静かに話し合っていた。

「……やはり、最も気になるのはここですね」
高原教授は、アドリブ演奏時の脳活動のグラフを指差した。
「この“創造の脳”が、みのりさんにとって先天的なものなのか、それとも後天的に形成されたものなのか…」

佐野教授は頷いた。
「ええ。もし先天的だとしたら、みのりさんは、生まれつき創造性の回路が強いということになります。しかし、今日のデータを見る限り、それだけでは説明できない気がします」

高原教授は、少し考えてから言った。
「私も同じ印象です。先天的な才能だけで、ここまで広域ネットワークが乱れずに同期することは、まず考えにくいですね。むしろ、後天的な“何か”が、みのりさんの脳を作り変えた可能性が高い気がします」

佐野教授は、机の上の資料を軽く叩いた。
「……やはり、LSG(LifeSignal Generator)の影響でしょうか…」

「その可能性はありますね。LSGが出す信号を、みのりさんの脳が長期間にわたって浴び続けていたとしたら……脳がその信号を学習し、それを無意識のうちに音楽として再現している可能性があります」

佐野教授は、少し驚いたように眉を上げた。
「つまり…、LSGの信号 → みのりさんの脳が学習 → 音楽として再現 → 他者の脳に作用、という流れが成立する…と」

「ええ。もしそうなら、みのりさんの演奏が、生命現象の中枢に作用する理由も説明できます。人間だけでなく、猫にまで影響した理由も…」

二人はしばらく黙り込んだ。研究者としての興奮と、未知への畏れが入り混じった沈黙だった。

佐野教授が静かに言った。
「……先天的か後天的か。この問題を解くことが、みのりさんの脳の本質に迫る鍵になりますね」

「ええ。そして、もし後天的だとしたら… “創造性は育てられる”ということになります。これは、教育界にとって革命的な意味を持ちますよ」

「……思い返せば、みのりさんは、短期間のうちに大きく変化したと聞いていますね」

「ええ。あの子は、数週間のうちに“別人レベル”に変わった。その変化に最も大きな影響を与えたのは……水瀬あかりさんでしょう」

佐野教授は、少し身を乗り出して言った。
「水瀬さんは、みのりさんに何をしてきたんでしょうね。LSGを渡したのは確かに一つの要因でしょうけれど……それだけじゃないはずです」

「ええ。LSGの信号だけで、ここまで脳の広域ネットワークが整うとは考えにくい。むしろ… 水瀬さんが、みのりさんの、脳の使い方そのものを変えた可能性があります」

「脳の使い方……ですか」

「ええ。思考の仕方、注意の向け方、感情の扱い方、創造の入り口… そういった、脳の操作方法を、あの人はみのりさんに教えた可能性がある。水瀬さんなら、それができても不思議ではありません」

佐野教授は、しばらく黙ったあと、静かに言った。
「……じゃあ、何よりも、水瀬さんに直接聞いてみるのが最も早いですね」

高原教授は、迷いなく頷いた。
「ええ。みのりさんの脳が先天的なのか、後天的なのか。その境界線を知るためには、みのりさんの脳を作った人に聞くのが、一番確実ですよね…」

二人は、同時に視線を合わせた。
「……水瀬あかりさんに、連絡を取ってみましょう」

高原教授は、思わず[水瀬あかり]をスマホの画面に表示し、発信ボタンを押した。
数回のコール音のあと、落ち着いた声が聞こえた。
「はい、水瀬です」

「…あ…水瀬さん! 高原です。突然のお電話で申し訳ありません。…実は、佐伯みのりさんの脳活動について、少しお話を伺いたくて…。…もしよろしければ、お見せしたいデータもありますので、大学のほうに来ていただけるお時間ありますでしょうか…」

「はい、今日の午後でも大丈夫です」
その返答は、まるで予想していたかのように自然だった。

「ありがとうございます。佐野先生と二人でお待ちしています」
高原教授は、通話を終えると、小さく息を吐いた。
「……来てくださるそうです」

佐野教授は、胸の奥にわずかな緊張を抱えながら頷いた。
「では、準備しておきましょう」

◆ 水瀬あかりが高原研究室に
夏休み期間に入った大学の、穏やかな午後の研究棟の廊下に、静かな足音が響いた。
そして、ドアをノックする音が、高原研究室の室内に届いた。
「水瀬です」

「はいっ!どうぞ!」
高原教授は思わず大きな声で応答した。

高原教授にとって水瀬あかりは、M-HIMを通じての共同研究者であり、何度も話をしている相手ではあるが、やはり一目置く相手であり、その意味で緊張する相手でもあった。

あかりが研究室のドアを開けると、高原教授と佐野教授が急いで立ち上がり、頭を下げた。
「本日は、お越しいただき、ありがとうございます」

「いえ。みのりさんのことですから(微笑)」
あかりの声は、柔らかいのに芯があり、研究室の空気を一瞬で整えるような静けさを持っていた。

佐野教授が、少し照れたような表情で挨拶した。
「図書館で素晴しい講演を聞かせていただき、その後のお店で素晴しいドラムの演奏まで聞かせていただき、その節は本当にありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました。佐野先生のキーボード、本当に素晴らしかったです。…そして、高原先生のギターも、本当に素晴らしかったです」

佐野教授と高原教授は、照れながら再び深く頭を下げた。

「じゃ、佐野先生のほうから、データの紹介、お願いできますか…」

「はい、わかりました。 …水瀬さん、こちらにお掛けください」
佐野教授は、厳重に管理されている学内サーバーのデータ保管庫にアクセスし、みのりの脳活動データを、高原研究室のパソコンに表示しながら説明を始めた。

「水瀬さん… まず、このデータをご覧ください。これは、みのりさんにキーボードを、楽譜通りに演奏してもらっているときの脳活動です。視覚野が楽譜を処理し、前頭前野がテンポと構造を維持し、運動野が指の運動を制御する──非常に効率的で、無駄のないネットワークです」

あかりは静かに頷いた。
「……熟練した演奏者の典型ですね」

「ええ。局所的で、安定していて、揺れが少ない。“再現系ネットワーク”としては、ほぼ理想形です」

佐野教授は、次の画面へ切り替えた。
「そして、こちらが“アドリブ演奏に入った瞬間”の脳活動です。まず、ここ…。DMNが強く立ち上がっています。通常、DMNは“内側の思考”を扱うネットワークで、外界の処理とは同時に働きにくいのですが…。同時に、前頭前野の“未来予測”の領域が強く活動しています。これは、次の音を“作りながら予測する”ときにだけ見られる特殊な反応です。さらに、意味処理の側頭連合野、身体表現の感覚運動野、感情の辺縁系――これらが同時に同期しています」

あかりは、個々を確認し、頷いた。

佐野教授は、波形を指でなぞりながら続けた。
「そして、ここが最も重要です。乱れが無いんです。むしろ、時間が経つほど 整っていくんです。通常、創造的な活動では、脳の活動は複雑になりすぎて、少しノイズが出ます。しかし、みのりさんの場合は逆で、複雑になればなるほど同期が強くなるんです」

続いて、佐野教授は、画面全体を示した。
「まるで、脳全体がひとつのチームになって動いているような状態です」

高原教授が静かに言葉を添えた。
「つまり、楽譜演奏のときは“再現の脳”。アドリブ演奏のときは“創造の脳”。その違いが、驚くほど明確に出ているんです」

佐野教授は、深く息を吸った。
「このレベルの広域同期は、創造的な活動のときに、ごく一部の人で見られることがありますが…。みのりさんの同期の強さは、私たち研究者の脳活動でも、ほとんど見たことがありません。“創造するときの脳の理想形”と言っていいレベルです」

◆ あかりによるデータの解釈
佐野教授の説明が終わると、研究室には静かな空気が落ちた。モニターには、みのりの脳が“創造の瞬間”に見せた、あの広域同期の美しいパターンが映し出されたままだった。

あかりは、静かに画面を見つめていた。その表情は、驚きではなく、“理解している人の表情”だった。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「データを見せていただき、ありがとうございました。みのりさんの脳、順調に好転できたことを嬉しく思います」
その声は、あまりにも自然で、まるで“当然の結果”を確認しただけのようだった。

佐野教授は、思わず息を呑んだ。
「…もしかして… …このようになることを… 予想されていたんですか…?」

あかりは、モニターから視線を外さずに答えた。
「はい。みのりさんの脳は、脳内の環境が整えば、このように動くはずでしたから…」

高原教授は、思わず身を乗り出した。
「……環境…ですか…。 ……水瀬さん… みのりさんに、どのようなことをされてきたのか… 詳しく教えていただけますか」

あかりは、ゆっくりと頷いた。そして、モニターに映る“創造の脳”を指先でそっと示した。
「この状態は、みのりさんの“本来の姿”なんです。ただ… 最初にお会いした頃は、このネットワークが“眠っていた”んです」

佐野教授は、眉を寄せた。
「眠っていた…?」

「はい。脳の広域ネットワークは、安心・環境・身体・未来──そのどれかが欠けると、動けなくなるんです。みのりさんは、最初の頃、そのすべてが不足していました」

高原教授は、深く息を吸った。
「……だから、あの子はあれほど繊細だったのか…」

あかりは頷き、モニターの波形を見つめながら言った。
「でも、みのりさんの脳は、“整えば動く”タイプの脳でした。だから私は、安心を作り、脳内の環境を整え、身体を整え、未来の感覚を開きました」

佐野教授は、思わずペンを止めた。
「……未来の感覚を開いた?」

あかりは、静かに微笑んだ。
「はい。未来のイメージがある程度固まると、脳は“今の自分”を変える力を持ちます。みのりさんは、その力を持っていました」

高原教授は、モニターの“創造の脳”を見つめながら呟いた。
「……アドリブ演奏に入ったとき、脳が一気に広域同期を始めた理由も…」

あかりは、静かに頷いた。
「はい。創造は、脳が“自由”になったときにだけ起こります。みのりさんは、身体の緊張からも、自己監視からも、脳幹の情報不足からも、未来の閉塞からも──すべてから解放されたんです。だから、この脳の動きは、みのりさんにとって“自然”なんです」

佐野教授は、深く息を呑んだ。
「……幾つもの束縛が外れた、ということですか」

あかりは静かに頷いた。
「はい。脳が自由になれば、創造は自然に起こります」

佐野教授は、しばらく言葉を失っていたが、やがて、静かに口を開いた。
「……水瀬さん。あなたは……みのりさんの脳の変化を、最初から“予測”していたんですね」

あかりは、モニターから視線を外し、二人の教授を見つめた。
「予測というより……みのりさんの中の“創造の力”を見ていただけです」

高原教授は、息を呑んだ。
「……創造の力…?」

あかりは、静かに微笑んだ。
「はい。もっと具体的に言うなら──みのりさんは、微細な情報を拾う力、意味をひとつに統合する力、未来を感じ取る力、そして、創造のときに脳が自然に広域同期する素質を持っています。それらは、本来すべて“創造の力”です。私は、その力が働けなくなる原因を、一つずつ外していっただけです」

高原教授と佐野教授は、しばらく言葉を失った。
(……水瀬さん……この人は、脳の“構造”そのものを見ている……)
(……我々が扱っている脳科学の範囲を……軽々と越えている……)

しばらくの間をおいて、高原教授が、ちょっと申し訳なさそうに切り出した。
「…あの… 水瀬さん… あなたが、みのりさんに対して、されてきたことを、少し詳しめにお聞かせいただけないでしょうか…」

▼ 「安心」を作った
あかりは微笑みながら答えた。
「はい、ここだけのお話ということで…話させていただきます。みのりさんは、最初にお会いしたとき、胸の重さ、呼吸の浅さ、未分化な情動に覆われていました」

佐野教授は、深く頷いた。
「……あの子は、前頭前野が過負荷になりやすいタイプだと思いました」

あかりは静かに続けた。
「安心が無いと、脳は“守るための回路”ばかり使います。そのため、“創造の回路”は、完全に閉じてしまいます」

高原教授は、息を呑んだ。
「……だからこその繊細さだったのか…」

「はい。だから私は、まず“安心できる関係”を作りました。否定しないこと。急かさないこと。言葉を奪わないこと。呼吸の深さを合わせること。歩幅を合わせること。視線の高さを合わせること」

佐野教授は、驚いたように眉を上げた。
「……完全なペーシングですね。心理療法の技法を、脳の同期として使っていた……」

あかりは、静かに頷いた。
「安心が確保できると、脳は“守る回路”を閉じて、“創造の回路”を開き始めます。自律神経も安定しました」

▼「自己効力感」を回復させた
あかりは続けた。
「そして… 自分の言葉が受け止められると、脳の中心が安定します。みのりさんは、それをずっと欠いていました」

高原教授は、胸の奥に重いものが落ちるのを感じた。
「……そうだったんですね……」

「私は、みのりさんに対して、何ら意見も言わず、何の要求もせず、ただ寄り添う形で接してきました」

▼ 「思考の仕方」を変えた
あかりは、モニターの前頭前野の領域を指しながら続けた。
「また、当初のみのりさんは、学校での授業で、“覚える”ことに過度の負荷がかかっているようでした。あるとき、みのりさんから幾つか質問がありましたので、次のように答えました」

二人の教授は、興味深そうに身を乗り出した。

あかりは続けた。
「たとえば、物理につきましては、要点だけ言いますが、『数式は現象のメモ…』『覚える必要はない』『その現象が単純だからこそ、数式で書ける』『まずは、どんな変化が起きているのかだけ見てみれば十分』『変化の流れが分かれば、あとは式を並べるだけ』ということを伝えました」

高原教授は、大いに納得して頷いた。
「……つまり、式は“覚えるもの”ではなく、現象を見れば“自然に形が決まる”という順番ですね」

「はい。みのりさんは、現象を読み取る力が強そうなので、式が最初に出てきたとしても、先に現象を読み取ることから始める習慣がついたと思います。それによって、脳への負荷も一気に減ったはずです。やがて、みのりさんにとって物理の数式は、“普通の言語の一つ”になったことと思います」

佐野教授は、その捉え方に驚きを隠せなかった。
(……数式が言語になった… 例の物理問題の、あの超高速の計算処理… 言語か… なるほど…)

今度は、あかりはモニターの側頭連合野──意味処理の領域を指した。
「化学につきましては、次のようでした。みのりさんから、化学反応に関する質問をいただきましたので、『化学反応が起こるかどうかは、物質どうしの“安定の差”で決まります。より安定になれる方向があれば、反応は自然に進みます』と…。その後、高校に招かれる機会がありまして、化学の先生から、みのりさんが化学式を見ただけで電子雲の偏りが見えるようになったと伝えられました」

高原教授は、興味深そうに頷いた。
「…なるほど… それによって、みのりさんは、反応式を“覚える”のではなく、化学反応式に書かれている各物質が安定しているかどうかを、電子雲の偏りでイメージするようになった…ということですね…」

「はい。電子がどこへ行きたがっているのか、どの形になるのが電子配置として安定なのか、それを見る習慣がついたのでしょう」

▼ 「脳内環境」を整えた
次に、あかりは、モニターの波形を指した。
「今度は、脳が働くための脳内環境の改善をしました。都市には、生命信号がほとんどありませんので、脳幹が情報不足になり、前頭前野が過活動になります」

高原教授は、深く頷いた。
「……そこで、LSGの登場ですね」

「はい。みのりさんの脳幹は、生命信号を必要としていました。だから、LSGで、超高周波音を主体にした生命信号を補ってもらいました」

佐野教授は、画面を見つめながら言った。
「……だから、アドリブに入った瞬間、脳幹のノイズが消えたのか」

「はい。そして、PhytoCoreという装置で、心身が必要としているフィトンチッドを補いました。詳細は、図書館での講演の時にお話しさせたいただいたのですが、PhytoCore は、地球上の植物がコミュニケーションに使っている物質を、種類ごとに、そして濃度ごとに、精密に再現して放散できる仕組みになっています。これを人が吸い込むと、嗅覚を通じて脳の辺縁系にダイレクトに作用して、やがて脳幹が大脳各部位の“弱い同調”を促し、脳全体が落ち着いたリズムで働き始めます」

高原教授は、思い出したように反応した。
「そうか! M-HIMにも搭載されている… 人類にとっての必須成分… 我々も含め、大抵の人はそれが足りていないからこそ、本来の力が発揮できていない…。みのりさんは、それが補えたからこそ、本来の力が発揮できるようになった…」

あかりは頷いた。
「はい。脳は、空気の質に非常に敏感ですので、みのりさんの部屋は、数分で“脳が働ける空気”になったはずです」

▼ 「身体」を整えた
あかりは、さらに続けた。
「脳は、材料が不足すると働けません。その他にも、神経の材料、腸内細菌の材料、その細菌を育てる材料、脳の活動を支える栄養素――これらをみのりさんに渡し、同時に整えていただきました」

佐野教授は、驚愕の表情で頷いた。
「……同時に、ですか…。単独では効果が出ませんからね…」

「はい。みのりさんの脳は、材料が揃った瞬間、“本来の回路”が使われ始めました」

▼ 「未来の感覚」を開いた
あかりは、少し遠くを見るように言った。
「人は、未来のイメージがあると、脳のネットワークが自然に整います。みのりさんには、火星の体験を通して、“自分の未来は広い”という感覚を持ってもらいました」

佐野教授は、深く息を吐いた。
「……未来のイメージが、脳の回路を作る……これは、教育の根幹に関わる話ですね」

▼ 「創造の入口」を開いた
そして、あかりは、みのりがアドリブ演奏しているときのデータを示した。
「極端な言い方かもしれませんが、創造性は、遊びからしか生まれません。楽譜演奏は再現。アドリブ演奏は創造。みのりさんは、元々、楽器で自由に遊ぶことが好きだったのでしょう。例のお店での演奏、みのりさんが自由にアドリブを楽しめるよう、私はドラムでちょっぴり誘導させていただきました」

二人の教授は目を大きく見開いた。
(……あの時の… 水瀬さんのドラム… そんなことまで考えての演奏だったのか…)
(……楽器を使って… みのりさんの能力を引き出す… プロの演奏家なら、演奏自体に集中するため、絶対に考えないことだ…)

◆ 教授たちの驚愕
あかりの説明が終わると、研究室はしばらく静まり返った。

佐野教授は、ゆっくりと息を吐いた。
「……水瀬さん。あなたが行ってきたことは、教育そのものを変える、かなり深くて緻密な理論ですね」

高原教授は、モニターを見つめたまま小声で呟いた。
「脳科学の枠を……完全に超えている…… あなたは……いったい……」

あかりは、静かに微笑んだ。
「みのりさんは、もともと力を持っていました。私は、それを邪魔していた原因を取り除いただけです」

高原教授は、深く頷いた。
「……環境を整えれば、子どもの脳は本来の力を発揮する…… それが、みのりさんの並外れた脳活動の答え……ということですね」

あかりは、静かに目を閉じた。
「はい。そして、それは… すべての子どもに当てはまります」

研究室の空気は、静まり返ったまま動かなかった。モニターに映る脳波の光が、壁に淡く反射し、その揺らぎだけが、時間の流れを示していた。

高原教授は、ゆっくりと視線をあかりへ向けた。その目には、研究者としての尊敬だけではなく、言葉にできない“畏れ”が宿っていた。
(……この人は…… 脳を“研究”しているのではない…… 脳という存在そのものを……理解している……)

佐野教授も、胸の奥がひやりと震えた。自分が長年追い続けてきた脳科学という学問が、まるで“地図の端”に過ぎなかったことを悟った。
(……水瀬あかり…… この人は…… 我々がまだ名前すら持たない領域を……当たり前のように歩いている……)

あかりは、二人の視線を静かに受け止め、ただ穏やかに微笑んだ。その微笑みは、優しさであり、同時に、“理解の深さ”が人の形をして現れたような、そんな静かな圧倒感を帯びていた。

高原教授は、さらに次のように思った。
(……この人は……教育を変えるとか、脳科学を変えるとか……そんな次元じゃない…… “人間という存在”そのものを……別の高さから見ている……)

誰も言葉を発せず、ただ、水瀬あかりという存在の“深さ”に、二人の教授は静かに、そして深く、畏れ慄(おのの)いていた。

第40話に戻る> <第42話に進む>

 
タイトルとURLをコピーしました