短期間または単発の強ストレスは生命力を高める良薬となる

短期間または単発の強ストレスは生命力を高める良薬となる

 もし、極めて強い精神的ストレスに数日間以上にわたって曝されている…、という人がいらっしゃるならば、その人に対して次のように言うことができます。「このたびは、本当にお疲れ様でした。今、心身ともに疲弊を感じていらっしゃるかもしれませんが、生物学的な視点で見れば、あなたの心身は、この数日間で生命力を数段アップグレードされた可能性があります。また、年配の方であるならば、この数日間で健康長寿への重要なアップグレードを完了された可能性があります。」…ということです。

 では、まだ若い世代の人の場合、強い精神的ストレスによって心身がどのように変化したのかを具体的に紹介します。
 1つは、 脳の“回路の最適化(神経可塑性の向上)”が行われたことです。即ち、強い負荷がかかると、脳内ではBDNF(脳由来神経栄養因子)などの発現が一時的に高まって、新しい回路を作る準備が整うのです。このことによって、普段なら数ヶ月かかるような“新しいスキルの習得”や“複雑な問題の理解”が最短距離でできる“超学習モード”に入っています。そのため、このチャンスを逃さず、新しい一歩を踏み出すことを期待いたします。
 2つ目は、ストレス・システムの校正(キャリブレーション)が行われたことです。これは、強ストレスに一度曝された回路は、次に来る同程度の負荷に対して「大したことない」と認識できるようになるということです。言い換えれば、“動じない自分”という最強の武器を手に入れたということです。
 3つ目は、“火事場の馬鹿力”を出せるようになったことです。高コルチゾール状態は、全身のエネルギー利用効率を一時的に最大化します。即ち、あなたの細胞一つひとつの燃焼効率が最大まで引き上げられたということです。
 4つ目は、免疫システムの“スクラップ&ビルド”が行われたことです。高濃度のコルチゾールは、一時的に免疫細胞を組織から“動員”し、その後のリラックス期に細胞の入れ替えを促進します。
 総じて言うならば、この数日間の苦痛は、あなたを削ったのではなく、あなたを“高性能な個体”に作り変えるためのプロセスになった、ということです。

 次に、年配の方の場合に、強い精神的ストレスによって心身がどのように変化したのかを具体的に紹介します。
 1つは、システムの“最大出力”の点検が済んだということです。百寿者の研究によって、次のようなことが判っています。それは、長生きをする人は、いざという時に多量のコルチゾールを分泌する能力を維持しています。あなたの今回の強ストレスは、自分のストレス応答システム(HPA軸)が、限界に近い負荷にも耐え、しっかりと作動することが確認できたのです。この“高負荷の経験”は、細胞レベルでの生命力を呼び覚まし、将来のより大きな困難に対する“免疫”となったのです。
 2つ目は、細胞の“ホルミシス”が誘発されたことです。強烈なストレスは、一時的に細胞内の修復スイッチ(FoxO3やHSPなど)をオンにします。数日間にわたる高負荷は、普段の平穏な生活では眠っている“自己修復メカニズム”を強制的に起動させ、体内の古いタンパク質や、損傷した細胞を整理するきっかけを作ったのです。
 3つ目は、脳の“回路の再配線”が行われたことです。強いストレス下では、脳は状況を打開するために神経可塑性(再配線しやすくなる状況)を高めます。この数日間、あなたの脳はフル回転で適応しようとしました。この負荷を乗り越えた直後の“今”こそ、脳は最も柔軟に新しい回路を形成できる状態にあるわけです。

 併せて重要なことは、この強ストレスを長引かせないことです。いや、難しいことではありません。脳が勝手に次のようなことをやってくれるのです。言い換えるならば、脳には、どんなに激しい嵐も“日常の景色”に変えてしまう、素晴らしい自己防衛システムが備わっているのです。その仕組みを、簡単に紹介しておきます。
 1つは、“警報”を“日常の音”に変えるよう、神経細胞が感度調節を行うことです。初めての強ストレスは、脳の扁桃体(不安のセンサー)を激しく鳴らし、コルチゾールを一気に放出させます。しかし、数日間その状態が続くと、脳は次のように判断します。「この高い電圧は、異常事態ではなく、今の私のデフォルト(定常状態)なのだ」…と。すると、脳は受容体の数を調整し、同じストレス刺激に対して、いちいち過剰反応しないように、その事に対する感度を書き換えていきます。これを生物学では“ダウンレギュレーション”と呼びます。「やがて時が解決してくれる」と言いますが、その理由の一つがこれであり、脳がストレスの強さに合わせて、自分の感受性を自動でチューニングし直すからなのです。
 2つ目は、“不快な刺激”を“背景ノイズ”に追いやるフィルター機能が働くからです。脳の前頭前野は、何度も繰り返されるストレスパターンを学習します。最初は“一大事”として処理していた不快な出来事も、脳がそのパターンに慣れると、それを“予測可能な背景音”として処理し始めます。数日~数週間も経つと、あれほど気になっていたストレスが、生活の背景に溶け込んでいくのを感じるはずです。これは脳が「この刺激にはこれ以上エネルギーを割かなくて良い」と学習した証拠なのです。
 3つ目は、“新しい自分”のセットポイントが確立されることです。脳は、高いコルチゾールに晒された状態でも、その中で“新しいバランスの取り方(ホメオスタシス)”を見つけ出します。あなたが「乗り越えた」と感じる時、それはストレスが消えたからではなく、あなたの脳がその高負荷を前提とした“新しいオペレーティングシステム”を立ち上げた時だからです。この新しいセットポイントこそが、あなたの回復力(レジリエンス)そのものになります。

 概して言うならば、今あなたが感じている強い苦痛・不安・違和感などは、脳が新しい仕組みを構築している最中に立てる“工事の音”のようなものです。新しい仕組みが完成すれば、今のストレスは必ず“克服した過去”になります。
 あなたの脳は、あなたが思っている以上にタフで、どんなに強烈なストレッサーが降りかかっても、やがてあなたの力に変える賢さを持っています。この数日間の経験を終えた時、あなたは一回り大きな“脳の処理能力”を手に入れているはずです。安心して、脳の適応力に身を任せてみてください。

 
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執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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