がん細胞に見られる遺伝子変異は結果である

 今日は、がん(癌)に関する最も基本的なことについて確認しておくことにしましょう。なお、複数のことをまとめて述べるつもりですので、それぞれについて言葉不足になることを否めませんが、お付き合いください。

 一つ目は、「自分の家系には、がんで亡くなった人が多いのですが、自分も受け継いでいるのでしょうか…?」という問題についてです。気にすべきなのは、がんで亡くなった時の年齢であり、40歳以前や、50歳代で亡くなられた家族が複数いらっしゃる場合は、巷には遺伝子検査をする機関が複数ありますので、一度、調べてもらえば最小限のことは判ると思われます。ただ、該当する遺伝子に変異があるからと言っても、変異の種類や程度は本当に様々です。全く問題を起こさないDNA領域の変異も結果に含まれますので、検査結果が取り越し苦労になるかもしれません。それならば、検査などを受けないほうが精神的ストレスの面からも有利になります。
 因みに、乳がんの場合に見られるBRCA1遺伝子の変異やBRCA2遺伝子の変異が有名ですが、これらももちろん、そのDNA配列の、どの部分に、どのような変異があるのかによって、全く問題にならないケースが多いわけです。そもそも、BRCA1やBRCA2は、損傷したDNAの修復に関わるタンパク質ですので、もし、問題となる種類(レベル)の変異を持っている場合は、後天的に損傷したDNAを上手く修復することが出来なくなります。この場合の対策としては、DNA損傷を出来る限り避けることであり、例えば、X線を使う検査を受けないことが大切です。X線以外にも、体内および組織内に生じる変異原物質(活性酸素種もその一つ)、または体外から入り込む各種の変異原物質の量を極力減らすことが大切になります。
 
 二つ目は、一世を風靡している「がんは、何種類もの遺伝子の変異が積み重なって生じるもの」という仮説です。近年では巧妙になってきていて、「発がんイニシエーター → プロモーター」などという二段階説が蔓延(はびこ)るようになりました。しかし、これらは洞察が甘いとしか言いようがありませんし、そもそも、生じたがん細胞を検査して見えたことを、つじつまの合うようにストーリー化しているだけのものです。正しくは、次のような経緯を経て、がん化に至ります。
 体内の、どこの組織においても、新しい細胞を生み出すのは「幹細胞」です。がん細胞を生み出すのも「幹細胞」です。後者については、特に「がん幹細胞」と呼ぶこともありますが、これは普通の「幹細胞」に戻ることができ、両者の違いを挙げるとすれば、どの遺伝子を、どの程度発現させているかに少々の違いがある、という程度です。従いまして、がん細胞を生み出す必要が無くなれば、普通の「幹細胞」に戻ることになります。
 では、がん細胞に見られる各種の遺伝子変異は何なのか?という疑問が浮かぶことでしょう。そもそも、そのような遺伝子変異は、がん患者から、がん組織を採取し、DNAの塩基配列を調べた結果であり、「この部分のDNA塩基配列に、このような変異が見られた」ということが判るわけです。そして、「このがんの場合は、この遺伝子の、何番目の塩基配列に、このような変異が多い」などということも判ってきます。ここまでは事実なので、特に問題は無いのですが、それは「がん幹細胞のDNAを見たわけではないでしょ?」ということです。先ほど述べましたように、「がん幹細胞」の遺伝子は至って正常なのです。
 では、なぜ、特定の遺伝子に多くの変異が見られるようになるのか?という疑問に対する答えですが、掲載した図(高画質PDFはこちら)の右端に書き込みましたように、がん幹細胞から生み出されたがん細胞は、自らが分裂・増殖能力を獲得するために、その目的に合ったDNA変異を、敢えて誘発するように行動するからです。その具体的な方法は、例えば「がん抑制遺伝子」と呼ばれる遺伝子のクロマチン構造を活性化状態にし、各種の変異原がアクセスしやすいように変更することです。その結果として、がん抑制機構が変異のために働かなくなり、増殖が容易になるわけです。また、「がん原遺伝子」が乗っているクロマチンの部分を活性化状態にしてがん化を進めると共に、そこにDNAの活性化変異(発現を高めるような変異)が起これば、それは修復せずに活かすことによって、より強力な増殖能が得られることを期待するわけです。

 まだまだ言葉足らずなのですが、要するに、がん細胞に観察される複数のがん関連遺伝子の変異は、がん細胞が自ら誘発するものであって、これは、がん化した結果として生じているものです。それならば、発がんの原因は何なのかといえば、変身しなければ(普段は使わない遺伝子の封印を解かなければ)生きていけない悪環境になったしまったことです。だからこそ、組織や細胞に過酷な悪環境を与えないことが何よりも大切なのだ、ということになります。

 
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