社会が揺れ始めた――水瀬あかりの言葉を求めて人々が集う

社会が揺れ始めた――水瀬あかりの言葉を求めて人々が集う
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水瀬あかり
◆ 第21話 ── 図書館に押し寄せた人々と、開演までの物語

職員会議が終わり、職員室に戻ってきてから、高木は化学担当の江藤と少し話した後、スマホを取り出して高原教授の番号を押した。数回の呼び出し音のあと、高原教授の落ち着いた声が聞こえた。
「はい、高原です。どうだった?」

高木は、深く息を吸ってから答えた。
「……先生。職員会議で、佐伯みのりの飛び入学について、学校として全面的に支援することが決まりました。そして、2年生在学中の大学の研究室への出入りも、大いに支援することになりました」

電話の向こうで、高原教授が小さく息を吐いたのが分かった。
「……そうか。いやぁ……本当に良かった。佐伯さんの能力は、大学でも話題になっているよ。特に、あの計算用紙の件が、学内に広がってるようだよ」

高木は、少し笑った。
「先生……あれは、本当に衝撃的でした。うちの職員会議でも、あの解答用や計算用紙のコピーを資料として見てもらったんですよ。そしたら、皆がその異次元さに言葉を失いました」

「だろうねぇ。あの子は本当に特別だよ。…それにしても、高校側が全面的に支援してくれることが決まって、本当によかったよ」

高木は、静かに頷いた。
「……佐伯には、明日伝えます。きっと喜んでくれると思います」

「うん。また進展があれば教えてね」

通話が終わると、高木はスマホを机に置き、しばらく天井を見つめた。
(……佐伯…… 君の人生は、今日……確実に変わったんだ……)

その後、高木は自宅に帰った後も、自分の机で職員会議のメモを整理していた。
(……佐伯のお母さん…… 本当に……必死で頑張ってこられたんだろうなぁ……)
高木は、みのりの母親が見せた、あの表情や、涙を思い出していた。
(……佐伯本人も……ずっと一人で頑張ってきたんだ…… その頑張りすぎが、かえって障壁になっていた…… それを……水瀬あかりさんが解き放った……)
高木は、静かに目を閉じた。
(……明日、佐伯に伝えよう…… 佐伯の未来が、正式に動き始めたことを……)

◆ みのりへの伝達
翌朝――校舎には、いつもの朝の光が差し込んでいた。高木は、職員室で教材を整えながらも、みのりが登校してくる時間を待っていた。

やがて──廊下の向こうから、みのりの姿が見えた。いつものように、静かで、落ち着いた歩き方。
高木は、廊下に出て、軽く手を挙げた。
「佐伯… おはよう! ちょっと…いい?」

みのりは、ちょっと驚いて高木のほうを見た。
「あっ、おはようございます! 何ですか?…先生…」

高木は、胸の奥にある言葉を整えてから、ゆっくりと口を開いた。
「……昨日の職員会議でね… 君の飛び入学について、学校としても正式に支援することが決まったんだよ。そして、君が2年生の在学中にも、大学側の要望である研究室への出入りを、全面的に支援することが決まった。まずは… おめでとう!」

みのりの目が、少し潤んだ。
「……本当ですか… …先生、ありがとうございました」
みのりは
深く頭を下げた。

高木は、静かに微笑んだ。
「佐伯… 本当によかったよ…。 …あと、うちの学校の授業時間中に大学の研究室に行くこともあると思うけど、その場合の出席の扱いとか、その他の細かな問題は、学校側で調整するから、心配しなくていいからね」

みのりは、ゆっくりと頷いた。
「……ありがとうございます…… 先生……」

そのときのみのりの瞳は、昨日までとは違う光を宿していた。未来を見つめる、静かで強い光であった。

◆ 校長からのセミナー案内
高木がみのりに飛び入学の決定を伝えたその後、職員室では授業前の短いミーティングが始まろうとしていた。

校長が前に立ち、手元の資料を軽く整えながら口を開いた。
「先生方…、ひとつ共有事項があります。今週の土曜日、市民図書館で開催される“市民向け科学セミナー”について、図書館から正式な案内資料が届きました。グループウェアにもアップしてありますので、時間のあるときに確認しておいてください」

多くの先生たちが、何だろうという表情を浮かべた。そこで、校長は続けた。
「なお、講師は水瀬あかりさんです。以前、うちの学校にも来校いただきましたので、どのような方かは皆さんもご存じだと思います。水瀬さんは、佐伯みのりさんを、ごく短期間で“異次元の能力”へと引き上げた人物でもあります。あの変化は、学校としても衝撃でした」

先生たちは大きく頷いた。校長は、少し声を落として続けた。
「水瀬さんのお話を、先生方はもちろんなのですが、生徒たちや、生徒の親御さんにも聞いてもらう価値は非常に高いと思います。もしかすると……二人目、三人目の佐伯みのりが生まれるかもしれません。少なくとも、生徒たちは大きな影響を受けて、学力を伸ばす可能性は十分にあります」

職員室の空気は引き締まった。確かにそうだという、確信の表情に変わった。校長はさらに続けた。
「そこで、先生方…。今日の朝のホームルームで、生徒たちにこのセミナーを紹介してあげてほしいのです。会場は市民図書館のホールで、収容人数は150名とのことです。また、生徒たちには、各自のタブレットで案内資料を見られるようにしてありますので、その案内もお願いします」

校長は資料を閉じ、最後に一言添えた。
「水瀬さんの言葉は、生徒たちの未来を変える力があります。ぜひ、参加を促してあげてください」

ミーティングが終わるとともに、高木は思った。
(……これは……ただのセミナーで終わらない気がする……)

◆ 大学側での動き
その日の午後――高原教授は、研究室のPCに届いた連絡事項を確認しながら、少し眉をひそめた。
『市民図書館からの科学セミナーの案内』
(ん? 図書館からの…? 珍しいなぁ…)

高原は内容に目を通した。
(……「地球から見た火星・火星から見た地球」 …これがタイトルなのか…… えっ! 講師は… …水瀬あかりさん…)
高原は、驚くとともに、納得した。
(……そういえば… 水瀬さんと以前に話していたとき…「市民向けの科学セミナーで少し話すことになりました」って言っておられた… これが、それなんだ…)

本来、図書館からのセミナー案内が学内に広められることは殆ど無い。しかし、大学本部の情報センターが、共同研究先リストに「水瀬あかり」が登録されていることから、AI化されている情報システムが、これを自動的に拾い上げて表示したのである。

高原は、すぐに内線電話を取り、佐野教授の研究室番号を押した。
数回の呼び出し音のあと、佐野教授の声が聞こえた。
「はい、佐野です」

「あ、高原です。少しお時間いいですか。連絡が回っている市民セミナーの件なのですが……」

「…ちょっと待ってくださいね…… あ、これですね…。今週の土曜日…「地球から見た火星・火星から見た地球」というタイトルのやつ…」

高原は、少しだけ息を整えてから言った。
「ええ…。そのセミナーの講師が、水瀬あかりさんなのですけどね…。…ここの研究棟の奥にM-HIMがあるじゃないですか…。そのM-HIMの考案者が、彼女なのです」

電話の向こうで、佐野教授が大きく息を呑んだ気配がした。
「ええっ!? ……あのM-HIMを考案した人が……この水瀬さん……?」

高原は静かに頷いた。
「そうなんです」

少しの間を置いた後に、佐野教授は、何かを思い出したように話し始めた。
「…そういえば… 佐伯みのりさんのMEGを測定しているとき… ……あっ、そうだ!! 佐伯さんのMEGが、終盤になって急に周波数が揃い、脳全体が心地よさの極みのようなパターンを示したんです。そして、私が佐伯さんに「今、何か別のことを考えましたか?」って尋ねると、佐伯さんは「水瀬あかり…という人のことを思い出しました」って言った…。そのとき、私は思いました。思い出しただけで、脳全体の状態をここまで変えてしまう人物がいるとは…って。…その水瀬さんですよね…」 

高原も、そのときの様子を佐野教授から聞いていたため、自信をもって答えた。
「そうですよ! その水瀬さんです」

佐野教授は、しばらく沈黙した後に答えた。
「……思い出しただけで佐伯さんの脳磁図を変えてしまう人物が……あの…M-HIMの設計者……。市民向けのセミナーとはいえ、これは…絶対に聞き逃してはならない講演ですね…」

高原は、少し笑った。
「そう思いますよね。私も同じ気持ちです」

受話器を置いた佐野教授は、すぐに研究室の大学院生たちを呼び集めた。
「みんな…。今週の土曜日、市民図書館で…M-HIMの考案者である水瀬あかりさんの講演があるんだ。タイトルは「地球から見た火星・火星から見た地球」です。時間が作れる人は、参加したほうがよいと思います」

すると、以前にみのりの測定に立ち会った大学院生が、おもむろに呟いた。
「先生、その人…佐伯みのりさんのMEG測定中に、思い出しただけでパターンを一瞬で変えてしまった人…ですよね!?」

佐野教授は微笑みながら答えた。
「そうです。私も、さっき、高原教授からこの話を聞いた時に、そのことを思い出したんだよ」

横にいた他の数名の大学院生も、M-HIMの考案者であることや、高校2年生の佐伯みのりを急変させたその人物に、大いに興味を示した。

佐野教授は、さらに続けた。
「学部生にも伝わるように、情報センターに連絡しておくよ。また、授業の前にもアナウンスしておく」

そのあとすぐに、学生への連絡に使われているグループウェアへのアップが行われるとともに、学内の掲示板には、あかりさんの写真付きのセミナー案内が貼り出され、学生たちの間で「水瀬あかり」という名前が一気に広まり始めた。

高原教授は、その様子を見ながら静かに思った。
(……これは……ただのセミナーではない…… 日本の科学界が揺らぐ日になるかもしれない……)

◆ 火星研究者たちの動き
その日の夕方――JAXA(宇宙航空研究開発機構)の一角では、火星探査チームの研究者たちが、いつものようにデータ解析を進めていた。

火星環境適応の心理・生理学研究を担当する主任研究員の白石(しらいし)は、情報共有のためのPC画面に表示された案内に目を留めた。
『市民向け科学セミナー「地球から見た火星・火星から見た地球」 講師:水瀬あかり』

白石は、少し目を見開いた。
(……この名前……どこかで聞いた……)
急いで端末の画面を開き、内部データベースを検索した。
──数秒後。
(……やっぱりだ…… あの大学にあるM-HIMを考案した研究者…)

白石は、隣にいた若手研究者の三宅に話しかけた。
「ね、三宅君…。大学にあるM-HIMって知ってるだろ? あれの考案者が、市民図書館でセミナーするんだって」

三宅は椅子から半分立ち上がった。
「えっ…… M-HIMは、地上にいながら0.38Gを体感できる画期的な装置だということは聞いてます。…それで、…その考案者の人が…セミナーをするんですか!? でも、市民図書館でですか?」

白石は、その案内を見つめながら呟いた。
「うん…。 …こんな機会、二度とない…… 火星環境適応に従事するのなら、絶対に聞くべきだ……」

そのとき、別の研究員が声を上げた。
「白石さん! これ……見てください!」

彼が印刷して持ってきたのは、大学側から共有された内部連絡だった。
──『佐伯みのりという高校生が、M-HIMによる火星模擬居住体験において、異常適応パターンを示した可能性があります。貴研究機構においても、何らかのヒントになる可能性があるため、共有させていただきました。なお、M-HIMの考案者であり、佐伯みのりの能力を解放させた人物でもある水瀬あかり氏が、今週土曜日に市民図書館で下記のとおり、科学セミナーの講師を務められますので、ご確認いただければと思います。』──

白石は、資料を握る手がわずかに震えた。
「……これ、水瀬さんが…その高校生の火星適応力を引き出した…… そういうことだよね……?!」

三宅は、息を呑んだ。
「白石さん……これ…… JAXAとしても、聞き逃してはならない内容ですよね……?」

白石は、静かに頷いた。
「……行こう。私だけじゃない。火星探査チーム全員に連絡する。これは……研究者としての必修科目だよ」

その日のうちに、火星探査チームの内部チャットには、白石からのメッセージが投稿された。
『今週土曜、市民図書館で水瀬あかり氏の講演。火星環境適応研究に関わる者は、可能な限り参加すること。内容は、地球・火星の環境比較、心理適応、M-HIM関連。重要度:最優先。』
──

数分後、研究者たちから次々と返信が届いた。
「参加します」
「絶対聞きたいです」
「こんな機会ない」
「火星班全員で行きましょう」

白石は、返信の嵐を見ながら、静かに思った。
(……これは……ただのセミナーじゃない…… 火星研究の未来が……少し動く日になるかも……)

◆ 前日の金曜日から異変が始まる
金曜日の午後――市民図書館の事務室では、明日の準備を進める職員たちが、いつも通りの静かな空気の中で作業をしていた。

そのとき──電話が鳴った。担当の職員・山下が受話器を取る。
「はい、市民図書館でございます」

少し落ち着いた男性の声が聞こえた。
「こちら、大学の〇〇研究室の△△と申します。
明日のセミナーに参加予定なのですが……駐車場は利用できますか?」

山下は、いつもの案内をした。
「はい、図書館の駐車場は108台分ございますので、問題なくご利用いただけますよ」

「そうですか、ありがとうございます。明日は研究室の者が数名で伺いますので、よろしくお願いします」

電話が切れた。
山下は、少し首を傾けた。
(……大学の研究室……? 市民向けセミナーなのに…?)
しかし、深く考えずに作業へ戻った。

──数分後。また電話が鳴った。

「はい、市民図書館でございます」

「こちら、大学の□□研究室の◇◇ですが…… 明日のセミナー、車で行く予定なのですが、駐車場は混みますか?」

山下は、同じ案内をした。
「はい、108台分ございますので……」
電話が切れたあと、山下は眉を寄せた。
(……また大学……? 今日は大学関係者からの電話が多いな……)

──その30分後。電話が鳴った。

「はい、市民図書館でございます」

「こちら、JAXAの火星探査チームの白石と申します。明日のセミナーについて、駐車場の利用状況を確認したくてお電話させていただきました」

山下は、一瞬固まった。
「……JAXA……?」

「はい。研究者が複数名で伺う予定ですので、駐車場が利用できるかどうかを確認したくて……」

山下は、慌てて声を整えた。
「は、はい……駐車場は108台ございますので……」

電話が終わる。
山下は、受話器を置いたまま、しばらく動けなかった。
(……JAXA……? なんで……? 市民向けセミナーなのに……?)

その後も──
「大学の××研究室ですが」
「JAXAの△△ですが」
「研究者数名で伺います」
「駐車場は確保できますか?」
電話は途切れることなく続いた。

山下は、ついに隣の職員に声をかけた。
「ねぇ……なんか今日、大学とかJAXAとか……研究者からの電話が多くない……?」

隣の職員も驚いた顔をした。
「えっ……市民セミナーだよね……? なんで研究者がそんなに……?」

山下は、案内資料を見返した。
講師名──水瀬あかり
(……この人……そんなに有名な人なの……?)

胸の奥に、じわじわと不安が広がっていく。
(……明日……何か……とんでもないことが起きるんじゃ……)

図書館の事務室には、静かなはずの金曜日の午後に、説明できない“ざわつき”が生まれていた。

◆ 開演当日の図書館
土曜日――空は晴れ、湿度も低く、まさに「イベント日和」と言える朝だった。
市民図書館の職員たちは、いつものように午前の準備を進めていた。昨日の電話ラッシュのことが頭に残ってはいたが、「まぁ、そんなに来ないだろう」と半ば自分に言い聞かせていた。
しかし──その予想は、12時15分頃に静かに裏切られた。

◇ 12:15 最初の異変
図書館の駐車場に、一台の車が入ってきた。大学生らしき若者が降りてくる。職員の山下は、昨日の電話を思い出しながらも、「まぁ、早めに来る人もいるよね」と軽く考えていた。

しかし、その数分後──二台目、三台目、四台目と、立て続けに車が入ってきた。しかも、どれも大学生らしき若者たち。
山下は眉を寄せた。
(……昨日の電話……本当に大学の人たちだったんだ……)

◇ 12:25 大学生の車が連続到着
駐車場の奥から順に埋まっていく。大学生たちは、まるで「席取り合戦」のように急いで図書館へ向かっていく。
山下は、隣の職員に声をかけた。
「ねぇ……なんか今日、大学生が多くない……?」

「ほんとだ……なんでこんなに……?」
職員たちの不安が、少しずつ膨らみ始めた。

◇ 12:30 JAXA研究者の車が到着
黒いワンボックスカーが駐車場に入ってきた。車体の横には、見慣れないロゴ。
山下は目を見開いた。
(……えっ……JAXA……?)

車から降りてきた数名の研究者は、昨日電話をしてきた白石主任の姿もあった。
「こんにちは。昨日お電話した者です。駐車場、まだ空いていて助かりました」

山下は、慌てて頭を下げた。
「は、はい……どうぞ……」

山下以外の、何も知らなかった図書館職員は驚いた。
(……なんで……なんでJAXAが来るの……? 市民向けセミナーだよ……?)
職員たちの不安は、次第に“恐怖”に近いものになっていった。

◇ 12:40 親御さんたちが動き始める
高校生の親御さんたちが、「水瀬あかりさんの話は絶対聞いたほうがいい」という校長の言葉を受けて、続々と車で来始めた。そして108台収容の駐車場は、一気に 70% 埋まった。
「うちの子も行きたいと言ってて……」
「席、取れるかしら……」
「早めに来ました」
親御さんたちは、図書館内に入ってきた時に出くわした隣の人と話していた。

山下は、ついに声を上げた。
「ちょっと……多すぎる……!」

◇ 12:50 駐車場がほぼ満車
大学生、研究者、親御さん、一般市民──あらゆる層の人々が押し寄せ、駐車場は 90% 埋まってしまった。

やがて、図書館周辺の道路が混み始めてきた。そして、当日のスタッフから連絡を受けた館長が慌てて事務室に飛び込んできた。
「なんでこんなに車が来てるの!? 駐車場のクルマの誘導、誰かやって! 至急、頼みます。周辺の道路まで混んできたから!」

山下は、余力のありそうなスタッフは一人もいないため、徒歩や自転車などで来ることができるパートさんたちに、時間外ではあるが手伝ってほしいと、お願いの緊急電話を始めた。

館長は、独り言のように呟いた。
「今日は……市民セミナーだよね……? 大学生っぽい若者がなぜこんなにたくさん…。 それでいて…JAXAのワゴン車が2台も来ていて、いかにも研究者だって感じの人がたくさん降りてきた…」

パートさんへの電話が終わった山下は、館長に話した。
「昨日……複数名の大学教授の人からも、駐車場に関して問い合わせをいただいたのですが… まさか、こんなことになるとは予想できませんでした…」

館長は顔を青くした。
「……えっ……大学教授… …なんでそんな人たちが……?」

◇ 13:00 高校生が大量に押し寄せる
土曜授業を終えた高校生たちが、友達同士で、あるいは親と一緒に、大勢が図書館へ向かってきた。徒歩、自転車、バス──あらゆる手段で押し寄せた制服姿の高校生で、図書館前が埋め尽くされてしまった。

駐車場で誘導してくれたパートさんから、山下に連絡が入った。
「山下さん! もう満車になりました! もう、これ以上入れません!!」

◇ 13:10 駐車場入口からクルマの行列が伸び始めた
誘導係のパートさんに、車内からの問い合わせが押し寄せた。
「満車なんですね!? この近くに停められるところはありますか?」
「もう、動かないですよね…。どこか、駐車場をご存じないですか?」
親御さんたちの焦りが広がる。

館長は血相を変えて叫んだ。
「ちょっとみんな、道路に出て、図書館目的でないクルマに迷惑が掛からないよう、誘導してあげて!」

他のスタッフから、別の悲鳴が聞こえた。
「館長っ!! ホールがほぼ満席になりました! どうしましょう??」

「じゃ、席の周囲に、立ち見席を確保してっ!!」

◇ 13:20 図書館の外に長蛇の人の列
開演40分前にもかかわらず、図書館の外には 200メートル以上の行列ができた。比較的図書館まで近い人が多かったが、高校生、大学生、親御さん、一般市民の方々など、あらゆる層の人々が入り混じっていた。

職員たちは、廊下や閲覧コーナーなど、入れる部分への誘導を勧めた。
「…すみません…、ホール内は満杯になりまして…、もう入れません。ここで良ければ講演内容はスピーカーから流しますので、ご了承願います」

やがて、他のスタッフが叫んだ。
「もう、館内に入り切れません! どうしましょう??」

それを受けて、館長も叫んだ。
「だれか!! 放送設備に詳しい人、屋外スピーカーを設置して! 図書館周囲の全ての場所で講演内容が聞けるようにしてっ!」

臨時に召集されたパートさんも含めて、全スタッフが夢中で走り回り、時には叫び、できるだけのことはやった。図書館の敷地内には、押し寄せた人でぎっしりと埋まった。

◆ 13:50 控室のあかりさんは…
あかりさんは、これまでに図書館を訪れたときと同じように、徒歩にて早めに到着していた。そして、特別に設けられていた控室で待機していた。ただ、扉や窓から侵入してくる騒ぎに驚いていた。
(……こんなに……来てくれたんだ…… でも… どうしてこんなにたくさんの人が…)

そのとき、館長が息を切らせて控え室に入ってきた。そして、丁寧に頭を下げた。
「水瀬さん…、このたびは、大変お騒がせして申し訳ありませんでした」

あかりさんは、柔らかな表情で微笑んだ。
「いいえ、館長さんが頭を下げられる必要はありません。大丈夫ですよ」

館長は、下を向いたまま
「…本来… 水瀬さんには、ご来館されてから丁重に対応すべきところが… それが出来なかった自分が情けないです。ちゃんとシミュレーションできていなかったといいますか… 読みが浅かったといいますか… 本当に申し訳ございませんでした」

あかりさんは、やさしい表情にて館長をねぎらった。
「…いろんな物事… 完璧に予想できないからこそ…人生って楽しいんだと思います。全然気にしないでください、館長さん」

館長の目が潤んだ。
(……普通なら… お茶の一杯も出せなかったスタッフに対して…こんなふうに対応される人はいない… 本当に…絶対にいないと思う…。 ……水瀬あかりさん… だからこそ、こんなにたくさんの人が…)

◆ 14:00 開演
ホール内は満席、ドアも通路も解放、館内の全ての場所も満杯、屋外の敷地も押し寄せた人で満杯。市民図書館は歴史が始まって以来、初めてパンクした。
そして、全館スピーカー、屋外スピーカーを通じ、水瀬あかりさんの話が始まった。

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