水瀬あかりの講演内容~パート2

水瀬あかりの講演内容~パート2
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水瀬あかり
◆ 第23話 ── 講演内容~パート2

◆ あかりさんのお話 <5> 火星で再現すべき空気・大気・環境場
……今度は、火星の“空気”のお話をしようと思います。先ほど、火星の空気は地球の1%しかなく、そのほとんどが二酸化炭素だとお伝えしましたが、ここではもう少しだけ踏み込んだお話をさせていただこうと思います。

なお、“空気”という言葉に似た言葉として、“大気”という言葉がありますね。空気は、私たちが普段生活している地上付近にある気体のことをいう場合に使われます。一方の、大気は、天体を取り巻く気体全体の層のことをいう場合に使われます。“大気圏”という語がありますが、地球の場合でしたら、上空約500kmまでが該当します。

そのため、空気の成分と言えば、地上付近の気体に含まれるもの、即ち、窒素が約78%、酸素が約21%、二酸化炭素が0.04%、水蒸気が数%という構成になっています。
一方、地球の大気の成分と言った場合は、地上からの高さによって変わってくることになります。そして、窒素、酸素、二酸化炭素、水蒸気の他に、植物や微生物が放散する揮発性物質、花粉や胞子、微小な砂や埃、様々な化学物質なども、大気の成分として含めることになります。

私たちは、実際には、いわゆる「空気」の成分だけを吸って生きているのではなくて、地上付近の「大気」の成分を吸って生きていることになります。特に、植物や微生物が放散する揮発性物質が、思いのほか、重要な役割を果たしています。

たとえば、地球の大気の中には、植物同士がコミュニケーションに使っている物質が混じっています。植物は口がありませんので、音声で会話することはできませんが、その代わりに、葉や幹から微量の物質を放散し、それを他の植物が受け取ることによって、「天敵となる虫や微生物が増えているよ」とか、「日照りが続いて水が足りなくなるよ」とか、「今のうちに成長しておいたほうがいいよ」などといった情報の交換をしています。

また、植物と昆虫の間でも、物質を使ったコミュニケーションが行われています。植物が受粉のために特定の昆虫を引き寄せたり、逆に来てほしくない昆虫を遠ざけたりするために、特定の物質を放散します。昆虫たちは、その物質を嗅ぎ分けることで、何キロメートルも離れた場所から樹液に集まってきたり、蜜に集まってきたりします。

植物と微生物の関係も同じように、その植物と共生している微生物がいるかと思えば、その植物が枯死してしまった時にだけ増えて分解してくれる微生物もいます。これも、植物は「今は生きてるから、あなただけ来てね」とか、「自分がこの物質を出さなくなったときは死んだ時だから、そのときだけ分解しに来てね」とかの、情報を伝えています。

地球上のほとんどの植物は、昆虫や微生物がいることを前提として進化してきました。さらに…、鳥を含めた動物たちも、植物が生存エリアを広げるために居なくてはならない存在です。たとえば、蜜を吸いに来る鳥がいますが、赤く色づいた果実を食べに来る鳥は凄くたくさんいますね。そのおかげで、植物は子孫を遠隔地まで運んでもらうことに成功しました。揮発性物質だけでなくて、色づける物質も、植物は大いに利用してきました。

さらに…物質だけではありません。振動、音、超高周波音も、植物同士、植物と昆虫、植物や昆虫と動物の間のコミュニケーションに利用されています。たとえば、超高周波音というのは、いわゆる超音波ともいわれるものですが、そのイメージが工業的で人工的なイメージをもたれますので、私たちは超高周波音と呼んでいます。この超高周波音は、ヒトの耳には音としては聞こえませんが、小さな生き物ほどよく聞こえますので、コミュニケーションの手段として多く利用されています。

また、水や風によって作られる環境音や微細な振動、大気圏内に侵入してくる電磁波や素粒子、磁場の揺らぎなども、植物たち、微生物たち、昆虫や動物たちは、それを大いに利用しています。言い換えれば、私たちの周囲に広がっている環境は、空気だけでなくて、大気だけでもなくて、振動、可聴音、超高周波音、光や電波を含めた電磁波、各種の素粒子、磁場の変動など、その全てが情報であり、その全部を含めたものが、実際に私たちが生きている環境なのですね。そして、これらのものを含めて表現したい場合、私たちはそれを“環境場”というふうに呼んでいます。

私たちが火星の表面に、宇宙服無しで暮らせる環境を用意しようとした場合、気体成分として地球の空気を再現してやれば、短期的には生きることは可能になります。でも、長く健康を保つことはできません。なぜなら、足りないものが沢山あるからなのです。このことは、都会の人工的環境に身を置く場合も同じことなのです。

地球上の全ての生き物たちは、この環境場で生きています。それは、私たちヒトも同じことです。なぜなら、私たちは原始的な単細胞生物から始まって、その中から偶然にもこの体になっただけであって、細胞レベルでみれば、その環境場でこそ本来の生き方ができるのです。

そうなると、火星の表面にドームを作って、その内部に地球の空気を満たすだけでは、私たちの健康を維持することはできない…ということになります。そこで、地球上でも優良な場所の環境場を、火星の表面に部分的ではあっても、それを実現することが必須になってくるのです。

◆ あかりさんのお話 <6> PhytoCore とLifeSignal Generator(生命信号生成装置)
そこで、私たちが考案したものの一つが、PhytoCore という装置です。PhytoCore は、地球上の植物がコミュニケーションに使っている物質を、種類ごとに、そして濃度ごとに、精密に再現して放散できる仕組みになっています。これを人が吸い込むと、嗅覚を通じて脳の辺縁系にダイレクトに作用して、自律神経の調整、情緒の安定、認知機能の向上が実現します。やがて脳幹が大脳各部位の“弱い同調”を促し、脳全体が落ち着いたリズムで働き始めます。

なぜそんなことが起こるのでしょうか…。それは、私たちの祖先が、植物のコミュニケーション物質を無意識のうちに利用してきたからです。私たちが森の中に入ると落ち着くのは、単に緑が美しいからではありません。植物が発している“生命の信号”を、脳が受け取っているからなのです。

…そして、もう一つの装置が、LifeSignal Generatorです。日本語では“生命信号生成装置”という意味になります。これも、地球の“大気”を、地球の“環境場”へと引き上げる装置の一つになります。

先ほど、地球の大気には、植物や微生物がコミュニケーションのツールとして放散する揮発性物質が含まれていること、そして、それに加えて、昆虫や鳥や水などの自然界が発する音や超高周波音、振動、地球磁場の揺らぎ、大気圏内に侵入する電磁波や素粒子などを含む環境場が、全ての生命の営みを支えていることをお話ししました。その中で、LifeSignal Generatorは、昆虫や鳥や水などの自然界が発する超高周波音のうち、特に生命の営みに重要だと思われる信号部分、すなわち“生命信号”と呼べるものを発生する装置なのです。

私たちの細胞は、私たちが気づかないうちに、生物進化の過程でずっと使い続けてきた、あるいは、参照し続けてきた生命信号を受けることによって、初めて本来の働きをするようになります。さらに、原始的な脳の部位であると言える脳幹は、この生命信号に対して鋭敏に反応します。そして、脳幹部分の上に覆いかぶさる大脳の働きを、正しくコントロールしてくれるようになります。

私たちが森の中に行くと、心が落ち着き、頭が冴えるように感じるのは、まさに生命信号のおかげなのですね。しかし、火星には、この生命信号が、ほぼゼロです。なぜなら、それを発する生物が居ないからです。すると、その状態では、人間の脳は本来の働きを維持できません。自律神経は乱れ、情緒は不安定になり、認知機能は低下し、前庭系は方向感覚を失い、脳幹のリズムは崩れていきます。

そこで、私どもが開発しましたLifeSignal Generatorを用いると、それが放射する生命信号によって、私たちの全細胞、そして脳幹にも直接的に作用し、大脳皮質の複数領域をゆっくりと同調させることなども含めて、私たちの脳が持っている本来の力を発揮できるように変化していきます。

◆ あかりさんのお話 <7> どの微生物を連れていくのか・いかないのか
次に、これも火星定住において避けて通れない、とても大切なお話をしたいと思います。それは、どの微生物を火星に連れていくのか、そして、どの微生物は連れていけないのか …という問題です。

火星には、植物も昆虫も鳥もいません。水の流れも、土壌の生態系もありません。そして、微生物がほとんど存在しません。これは、火星の環境が過酷だからという理由だけではありません。火星の表面は、強烈な宇宙線、紫外線、過酸化物質、極端な乾燥、低気圧、低温、そして強い酸化環境が重なり、少なくとも地球型の微生物は生存できません。

そして、ここで一つ、とても重要な事実があります。それは、人間は微生物なしでは生きられない…ということなんです。私たちの体は、腸内細菌、皮膚常在菌、口腔細菌、呼吸器常在菌、そして土壌由来の共生細菌など、膨大な微生物のネットワークに支えられています。これらの微生物は、ビタミン合成、神経伝達物質の生成、各種の代謝、免疫の調整、炎症の制御、ホルモン調整、情緒の安定、認知機能など、ヒトの生命活動において直接的または間接的に関わっています。だからこそ、現状の火星は「微生物のいない世界」=「人間が長期生存できない世界」ということになります。

では、どうすればよいのでしょうか…。答えは一つです。地球の微生物を、火星に連れていく…、ということなのですが、ここでまた大きな問題が生じます。地球の微生物をそのまま持ち込むと、火星の環境で暴走したり、閉鎖空間で異常増殖したり、予期せぬ感染症を引き起こしたり、異常な生態系が暴走する危険性があります。つまり、地球の微生物のほとんどは、火星に持ち込めない、ということになります。では、どの微生物なら持ち込めるのでしょうか…。

私たちが選んだのは、火星環境で安定するとともに、私たちにとって不可欠な微生物群で、それを“火星適応型微生物群;Mars-Compatible Microbial Consortium” と呼ぶことにしました。具体的には、放線菌(Actinobacteria)、バチルス属(Bacillus)、芽胞形成菌、耐乾燥性細菌、耐紫外線性細菌など、地球の土壌で植物や人間を含めた動物を支えてきた、環境場の基盤となる重要な微生物たちです。これには、腸内細菌の中からも、火星環境で暴走しないように再設計された株を加えています。もちろん、これらはヒトのためだけでなくて、植物共生微生物、根圏微生物、菌根菌など、植物のストレス耐性を高める微生物も含まれています。

本来、ヒトを支えようと思うのなら、植物を支える必要もあります。そして、この微生物群は、火星の人工環境で人間への直接的恩恵だけでなく、やがては生命信号の基盤を作ることにもなります。また、この厳選された微生物群を、私たちは 一口で飲めるサイズのカプセルに封入しました。ちなみに、この微生物カプセルは、地球に居る場合にでも摂取してもらうと、心身の機能が凄く良く整うことになります。

◆――そのとき聴衆は――(教授・研究者たちの反応)
あかりさんの話が続く中、会場の後方に座っていた大学教授たちは互いに顔を見合わせながら、信じられないものを見ているような表情を浮かべていた。

◇ 高原教授の場合
高原教授は、あかりさんと共同研究をしている間柄であり、生体機能工学の領域で、あかりさんの異常とも言える優れた能力を何度も目にしてきた。そして、稀にみる天才だと思っていた。それでも、今目の前で起きていることは、そのあかりさんのイメージを遥かに超えていた。高原教授は、あかりさんの話を聞きながらも、遠くからあかりさんの手元を一生懸命に見ようとしていた。
(……水瀬さん… あの演台の上に、何らかの資料とか、メモとかを置いている…? …それとも、タブレット端末を置いている?)

高原教授は、仮に自分が話す場合であれば、話すことの内容を予めスライドにし、そのスライドに基づいて話を進めていく。もし、スライドを使わない大学の授業であれば、手元には参照するための何らかの資料やメモを置いている。いや、誰もが、学術的な話をする場合は、誰もがそうしているはずである。高原教授は、演台の上を必死に確かめようとしていたのである。
(……入場時… 演台に立つまでの水瀬さん… 何かを手に持っていたっけ… いや、持っていなかった気がする。 ……いや、まてよ… それよりも、水瀬さんは、ずっと客席のほうを向いて、一人一人に丁寧に話しかけるようにして話している…)

高原教授は、その後もずっと観察していた。やがて、あかりさんの話は、かなり専門的な話に入ってきていた。しかし…
(……水瀬さんは …話し始めて以来… 一度も手元の演台に視線を落としたことがない… ……ということは… 今話している内容が、すべて頭の中に入っている… 内容だけでなく、話す順番も… 全てが…)

高原教授の表情は、この世で信じられないものを目の当たりにしているという、脅えたようなものに変わっていった。
(……しかも… 宇宙や惑星の物理的な話があったと思えば… 細胞や脳に与える生理学的、脳科学的な話があり… そうかと思えば…植物や昆虫のコミュニケーションの問題… 微生物に関するかなり専門的な話まで…。 自分と水瀬さんは、M-HIMのことでは色々と話してきたつもりだったが… そんなのは、水瀬さんのごく一部の知識でしかなかったということか…)

高原教授は、目の前で起きていることを、何とか理解しようとしていたが、解決しなかった。そして、次のように自分を納得させた。
(……あの人は…… 知識を持っているというのではなく…… 知識そのものだということなのか……)

◇ 佐野教授の場合
佐野教授は、講演が始まってからずっと、あかりさんの語りの“脳科学的な精度”に圧倒されていた。彼は脳科学の専門家であり、脳幹の同期現象、自律神経の調整、環境刺激による情緒変化、植物由来物質の神経作用など、これらの研究を長年続けてきた。だからこそ、あかりさんの語りは、彼の専門領域に直撃していた。
(……水瀬さんは… 脳科学者…というわけではないはずなのに… 「…脳幹が大脳各部位の弱い同調を促し…… 脳全体が落ち着いたリズムで働き始めます……」などの説明をしている… あれは…佐伯さんの MEGで見た現象だ… …これはいったい…どういうことなんだ…)

佐野教授自身が、まだ言語化できていなかった脳内の現象を、あかりさんは、ごく当たり前のように話していたため、それは彼にとって極めて大きな衝撃だった。そして、自分の専門領域が、あかりさんの語りの中で、みのりに見られたいくつもの不思議な現象が、自然に統合されていく のを感じていた。
(……脳幹の同期現象が…… 環境場とか… 生命信号によって作られる可能性がある…… そういうことなのか……)

そして、佐伯教授は、自分の研究人生が、あかりさんの数分の語りによって、別の次元へと引き上げられていくように感じていた。そして…もはや恐怖に近い感情が胸に湧いていた。
(……この人は…… 脳科学を“知っている”のではない…… 脳科学そのものだ……)
佐野教授は、震える指で何度もメモを取ろうとしたが、しっかりと文字を書けなかった。

◇ JAXAの研究者の場合
JAXAの研究者たちは、さらに深刻な驚愕に陥っていた。彼らは、火星定住の研究を長年続けてきたが、生物側の視点はほとんど持っていなかった。だからこそ、あかりさんの語りは、彼らの盲点を次々と突いていった。
(……そうか…… 火星の空気を作るだけではダメなんだ…… 環境場を再現しないと… 人間は長期生存できない……)

別の研究者も…
(……植物の揮発性物質…… 昆虫の超高周波音…… そのようなものが欠落していると、どれだけ空気の組成を厳密に調整したところで、人を健康にはできないのか…)

また別の研究者は…
(……微生物の種類を…あそこまで知り尽くし… そして、選別している… そこまでしなければ…火星への永住はできない……)

白石主任研究員は…
(……この人は…… まるで… 自然科学の神……)
彼らは、あかりさんの語りの内容に納得し、感動し、自分たちの研究の不足を痛感し、そして、あかりさんの能力に度肝を抜かれていた。

◆ あかりさんのお話 <8> 火星の表面を直撃する脅威
地球に在って、火星に無いものは、凄くたくさんあって、その代表的なものを紹介してきました。今度は、逆に、地球に無くて火星に在るものもありますので、それらを紹介しますね。

地球に無くて火星に在るものは、私たち人類をはじめ、地球の殆どの生物はそれに慣れていない…ということでもあります。そして、慣れていないということは、対応できていない…、耐性が無いということでもあります。

私たちが最も恐れなければならないのは、“銀河宇宙線”と呼ばれるものです。これは、銀河系内で、自ら光り輝いていた恒星が寿命を迎えて爆発したときに飛び散ったものです。その粒子の中には、割合は少ないのですが、鉄より重くて大きな粒子が含まれていることがあります。運悪く、それがヒトの脳や心臓、あるいは中枢神経を貫通した場合、局所的な細胞の爆発的な破壊や、その部位で大量の中性子を生み出してしまって、それが破壊を広げることになります。それによって、たとえば脳幹などが破壊されれば即死することになります。そうでなくても脳浮腫や中枢神経系の即時不全によって、数時間〜数日で死んでしまうことになります。

では、それは地球へも到達するのかと言えば、もちろん、上空までは到達するのですが、大気圏に突入した瞬間に、地球の空気の分子と衝突して粉々に砕け散ります。そして、姿を変えた別の無数の粒子、これを二次宇宙線といいますが、それがシャワーのように地表に到達します。ただ、途中で地球の分厚い大気によって速度が弱められますので、私たちの健康への影響はほぼゼロなんです。それは、それによるDNAの損傷があったとしても、その程度の損傷や頻度であれば、私たちはそれを修復する能力を持っているからです。言い換えるならば、この環境の地球で生育できる生物だけが生き延びて、私たち人類になったからです。……このようなお話をしていると、地球の大気は、本当にありがたいものだと思いますね。

先ほど述べましたような鉄よりも重くて大きな粒子が火星表面のヒトを直撃する確率は低いのですが、鉄などの重イオン、それよりも軽い炭素や酸素などのイオン、陽子、電子などは、常に火星の表面に降り注いでいます。平均的には、何の防御もせずにそれらを浴び続けた場合、火星の表面で生きられる限界は、最長でも4年だと見積もられています。

次に、恐れなければならないのは、太陽で起こる爆発現象です。なかでも“太陽フレア(別名:太陽嵐)”と呼ばれるものや、“コロナ質量放出”と呼ばれるものです。これらが起こりますと、大量の荷電粒子が一度に放出されて、それが火星の表面に到達します。具体的には、陽子、電子、α粒子(これはヘリウムのイオンに相当するもの)などです。
もし、そのときに、それらの荷電粒子を私たちが直接浴びてしまいますと、爆発の大きさにもよるのですが、数年に一度起こるような大きな爆発の場合でしたら、私たちは早ければ数時間~数日ほどで命を落とすことになります。

私たちが地球に住んでいる場合、地球の磁場によって、それらの荷電粒子は進路が歪められて弾き飛ばされたり、分厚い大気によって減速および吸収されてしまいますので、地表までは到達しません。

……ちょっと怖いお話になりましたが、逆に言うならば、この地球だからこそ、私たちは普通に生きていけるのですね。日ごろ、私たちは空を見上げて、太陽に感謝する人はいらっしゃるでしょうけれど、地球の大気や磁場に感謝する人はめったにいないでしょう。でも…皆さま、今日からは、“大気さん”や“地場さん”にも「ありがとう」と言いましょう。

…話を戻しますが、太陽からは強い電磁波も放射されています。特に注意すべきものは、強烈な 紫外線(特にUV‑BとUV‑C)やX線です。地球に居ると、大気がこれらの多くを防いでくれているのですが、火星では直撃を受けることになりますので、そのままでは、少なくとも地球型の生物は生きられないことになります。

その他にも、火星の表面には、“過塩素酸塩”という、強い酸化性物質が広く存在しています。これは、人体にとって有害で、吸い込んだり皮膚に触れたりすると危険です。
他にも、火星の砂は非常に細かく、ナノサイズの粒子が大量に舞い上がります。砂嵐が起きますと、静電気が発生して、電子機器に深刻なダメージを与えることもあります。

◆ あかりさんのお話 <9> 火星の表面で宇宙服のヘルメットを外したら
火星の空気の密度は、地球の空気の約1%だというお話はしました。そのため、もし、火星の外気に直接曝されると、水分が瞬時に沸騰してしまうことになります。…あまり考えたくないことではあるのですが…、これもシミュレーションの一環ですので、お話します。

もし、火星の表面で、宇宙服のヘルメットを外したなら、人はいったいどうなってしまうでしょう…。
まず、5秒以内に、まぶたの裏、口の中、喉、肺の表面にある水分が、一瞬でシュワシュワっと沸騰して、蒸発し始めます。その後、皮膚のすぐ下にある毛細血管では血液がガス化して、全身が激しく腫れ上がります。

その後、5秒~15秒に起きることは、肺の中にある空気が外の空間に向かって一気に吸い出されます。そして、肺から酸素が完全に奪われると、今度は血液中の酸素が逆に肺へと吸い出される「逆呼吸」の状態になります。酸素を完全に失った血液が脳に到達するまでに要する時間は約10〜15秒で、そのときには脳が酸欠状態に陥りますので、人はここで完全に意識を失って卒倒します。

その後の 1分以内には、脳幹への酸素供給が完全に途絶え、呼吸が停止し、やがて心臓も止まります。また、火星の地面が昼間で20℃まで上がっていたとしても、空気が薄いですから人の顔付近の高さでは0℃近いですし、夜間であればマイナス70℃まで下がりますので、むき出しの顔や頭部から順に凍りついていきます。

◆ あかりさんのお話 <10> 居住区を覆うドームの役割
ちょっと怖い話をしてしまいましたが、火星の表面で私たちが生活しようと思いますと、そのような問題の全てを解決しなければなりません。そこで、大きく分けるならば、火星の地中に潜る方法と、表面にドーム状の覆いを作ってその中に住む方法が考えられます。そこで、私たちは、透明な巨大ドームを火星の表面に作る方法を採用しました。

この透明ドームは、火星の外環境から私たちを守るための“第一の防御層” になります。先ほどお話ししましたように、火星の表面には、銀河宇宙線、太陽フレア、コロナ質量放出、太陽風、紫外線、X線、そして火星特有の過塩素酸塩や砂塵など、地球では考えられないほど多くの脅威が存在しています。この透明ドームは、それらをすべて遮蔽するために、複数の層を重ねた透明多層シールド構造になっています。

最も外側の層では、高エネルギー粒子を散乱・減速させるための特殊な素材を使っています。その内側には、紫外線やX線を吸収する層があります。さらにその内側には、火星の砂塵や過塩素酸塩を寄せ付けない帯電防止膜があります。そして、透明ドーム全体には、地球の磁場の一部を模倣した“局所磁場生成膜”を張り巡らせています。これによって、太陽風や荷電粒子の進路を曲げて、私たちが実際に暮らす部分、すなわち居住区の内部に到達しないようにしています。……つまり、透明ドームは、火星の脅威をすべて防ぐための “巨大な傘” のようなものなのですね。

そして、この透明ドームの内部に、もう一つ、とても重要なシステムを配置しています。それが、Terra‑Sphere System(TSS)です。TSSは、地球の生命圏の“最も良好な部分だけ”を抽出して、火星の居住区内部に再構築するための装置です。

透明ドームが外側の脅威をすべて防ぎ、その内側でTSSが、重力補正、さらに磁場・電磁場・光・温度・湿度・気圧の精密な補正、地球の良好な空気や環境場の再現、微生物環境の再現などを実現します。つまり、外側の透明ドームは“外敵を防ぐ層”、その内部に在るTSSは“地球の生命圏を再構築する層”――という二重構造になっているのです。

私たちが実際に生活する居住区は、このTSSの内部に配置されます。火星の景色は、透明ドーム越しにそのまま見えます。しかし、居住区内部の環境は、地球の森のように快適で、生命信号が満ちていて、脳幹が本来の働きを取り戻し、情緒が安定し、認知機能が向上し、人が人らしく生きられる環境になっています。火星の景色を見ながら、地球の生命圏の中で暮らす──これが、私たちが目指している火星居住の形なのです。

では、この後…、TSSを地球に居て体験できる、TSSの地球バージョンであるM‑HIM について、簡単に紹介しようと思います。

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