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◆ 第9話 ──本来の能力に触れる日
昨日の夕方、みのりはあかりさんから、5種類のカプセル/錠剤と、フィトンチッドを最適な比率で放散するPhytoCore(フィトコア)、さらに、超高周波音で構成された生命信号を発するLifeSignal Generator(ライフシグナルジェネレーター)の3点セットをもらった。
みのりは、昨夜にこれらを試し、なんとも清々しくて穏やかな気持ちになった。
(…明日、私… いったいどうなっちゃうんだろ…)
そんなことを思いながら、いつのまにか寝入ってしまった。
そして、翌朝まで穏やかな睡眠が続いた。
***
翌朝になった。
部屋には、朝の淡い光がカーテン越しに注いでいた。
みのりは、胸の奥に静かな明るさが灯っているのを感じながら、いつもよりも少し早い時間に目を覚ました。
(そうだった… 昨日の夜、あかりさんから頂いたもの、全部を試したんだった…)
(この部屋の空気、やっぱり… いつもと全然違う…)
(ちょっと怖い… でも、嫌な感じじゃなくて、なんかワクワクする…)
布団から起き上がると、体が驚くほど軽いと感じた。
呼吸は深く、胸の奥まで空気が入っていく。
昨日までの自分が、どれほど重かったのかが実感できるほどだった。
(……なんで? なんでこんなに軽くて、穏やかなんだろう)
(…なんか 昨日までと全然違ってる気がする…)
みのりはゆっくりと立ち上がり、窓の外の景色を見た。
いつもと同じはずなのに、色がひとつひとつ鮮明で、遠くの葉の揺れまで見える気がした。
台所で、母が朝食の用意をしている音が聞こえた。
みのりは着替えを済ませ、LifeSignal Generatorをいつものカバンに入れ、階段を下りた。
台所に入ると、母が振り返って目を丸くした。
「みのり、今日は早いのね。なんだか……顔が明るいわ」
「そうかな……なんか、すごく気持ちよく目が覚めたの」
母はしばらくみのりを見つめ、ふっと表情を緩めた。
「……なんだろう。みのりの声、いつもより落ち着いてる。
聞いてるだけで、こっちまで気持ちが軽くなる感じ」
妹も起きてきて、みのりを見るなり言った。
「おねーちゃん、今日すごく楽しそう。
なんか……雰囲気が違うよね?」
みのりは自分の胸に手を当てた。
そこには、説明できない“軽さ”と“穏やかさ”があった。
昨日までの自分が抱えていた重さが、どこかへ消えてしまったようだった。
(……これ、あかりさんから頂いたものの影響なんだ…
ほかに、理由は見当たらない…)
朝食を食べながら、みのりは自分でも驚くほどスムーズに思考が流れていくのを感じた。
(……頭が、軽い。考えが散らばらない。こんな朝、初めてかもしれない)
(あっ、そうだ… 5種類のカプセル/錠剤を飲まなくちゃ…)
みのりは自分の部屋に戻ってカプセル/錠剤を飲み、またすぐに台所に降りてきた。
「いつもより少し早いけど、学校行ってくるね」
母は、なぜか急に変わり始めたみのりの雰囲気と行動に、少々驚いた。
(……あの子 …いったい、どうしちゃったんだろう。今まで、私には話すことはなかったけど、ずいぶん苦しんでた感じがする。でも、今朝は違う…)
(何があったの… みのり…)
(でも、よかったね …みのり。おかあさん、いつも応援しているからね)
母の目には、安堵の涙が込み上げてきた。
ただ、下の子に涙を見られないよう、そっと別のことに意識を向けた。
***
学校へ向かう道。
朝の空気は澄んでいて、みのりの呼吸は驚くほど深かった。
歩くたびに、体の中心が静かに整っていくような感覚が続いていた。
(……こんな朝、初めてかもしれない)
ふと、道路わきの植え込みで、小さな影が動いた。
みのりが近づくと、少し成長したスズメの雛がうずくまっていた。
羽は十分に伸びているのに…、地面に伏せたまま動かない。
「……どうしたの?」
みのりはしゃがみ込み、そっと声をかけた。
スズメは弱々しく身じろぎしただけだった。
その小さな体が、朝の光の中で小刻みに震えている。
みのりは、どうしようかと迷ったが、あることを思いついた。
そして…
(……あっ… あれで助けられるかもしれない…)
みのりはカバンを開け、LifeSignal Generator を取り出した。
そして、スズメのそばに、そっと置いた。
(距離が近いほど、伝わるエネルギーは大きいはず)
一分ほど経っただろうか… スズメの体が、少し大きめに揺れた。
そして、閉じていた目がゆっくりと開き、光を捉えるように瞬きをした。
やがて、羽がわずかに動く。
その動きは最初とても弱かったが、次第に、生命が“立ち上がる”ように力を帯びていった。
そして──
スズメは小さく跳ね、パタパタと羽ばたき…
ついに、朝の空へ向かって飛び立った。
みのりは静かに、ふぅ~っと息を吐いた。
胸の奥に、柔らかな温かさが広がった。
(……よかった)
スズメが飛び去った空をしばらく見つめたあと、みのりは装置をカバンに戻し、再び歩き始めた。
(……これ、やっぱりすごい装置なんだ)
その確信は、このあと教室で起きる異変へとつながっていく。
***
学校に着くころには、みのりの頭の中は驚くほど穏やかだった。
思考が散らばらず、一本の線のように流れていく。
歩くたびに、体の中心がすっと整うような感覚が続いていた。
教室の扉を開けた瞬間、みのりは空気の違いを感じた。
それは、教室内が変わっていたのではなく、みのりの感じ方が変わっていたのである。
(……なんだろう、この穏やかさ)
いつものように授業が始まった。
ただ、いつもと違うことが起こり始める。
科目によっては、生徒に順番に答えさせるシーンがいつものようにやってくるが、みのりと、みのりの周囲にいる生徒だけが、即座に正解を答える。
「今日は冴えてるなぁ」
先生は、いつもは答えられない生徒がすぐに正解を答える様子を見て、ちょっと驚く。
そんな中、1時限目の授業が終わった。
隣の席の友達が、みのりを見るなり言った。
「なんか今日、頭スッとするんだけど。
みのりの近くにいると、特に (笑)」
前の席の生徒も振り返った。
「分かる。なんか……集中しやすい。
空気が軽いっていうか……変な感じ」
みのりは首をかしげた。
自分では何もしていない。
ただ、カバンの中には LifeSignal Generator が入っているだけ…。
(……これ、やっぱり… あの装置の影響なのかな)
1時限目担当の先生も、職員室に戻った時に次のように語った。
「さっきの2年生の授業、佐伯みのりと、その周囲の生徒だけが、すごく答えるんですよ。うん、正解をね…。 ちょっと、びっくりしましたよ。あの子たち、急にどうしたんですかね (笑)」
「先生、それは、先生の教え方が上手いからじゃないんですか?! (笑)」
その会話を聞いていた2時限目担当の数学の先生が、みのりたちのクラスで授業を始めた。
そして、その異常さに、この先生も驚くことに…。
先生が黒板に書いた式が、みのりの頭の中で自然に整理されていく。
説明の意図が、言葉より先に理解できる。
(……分かる。全部、分かる)
みのりの周囲の生徒たちも、いつもより反応が速かった。
先生が質問すると、みのりの近くの生徒たちが次々と手を挙げる。
答えも正確で、迷いがない。
先生は
(…1時限目と全然違う科目なのに…)
思わず、声を出す。
「……ちょっと待って」
黒板の前で動きを止め、教室全体を見渡す。
(1時限目の先生が言っていた通りだ。佐伯とその周囲だけ、反応が速すぎる)
信じられないような表情をして、先生はゆっくりと歩いて、みのりの周囲に近づいた。
その瞬間、まるで“見えない膜”に触れたように足を止めた。
「……空気が違う。ここだけ……何かが起きてる」
声がわずかに震えていた。
その先生の言葉を聞き、生徒たちもざわつき始めた。
「なんか、あの辺だけ変じゃない?」
「え? なに? なんで?」
LifeSignal Generator の超高周波音は、距離の2乗に反比例して急激に減衰する。
だから、みのりの半径2〜3mだけが、異常とも言える集中力と処理速度を生み出していたのである。
みのりは不思議そうに周囲を見渡した。
(……私の周りだけ、いつもとそんなに違うんだ…)
先生は、おびえたような表情のまま黒板の前に戻ったが、その後の授業は、いつもの先生らしくなく、ちょっと、しどろもどろの感じがした。
みのりは、自分の中で確実に大きな変化が起きていることを確信した。
(……今日のこと、あとであかりさんに伝えよう)
その後の授業でも同様のことが繰り返され、そのクラスで授業を担当した先生方はみんな、信じがたい、そして、恐怖に近い感覚に襲われたのである。
***
放課後、塾でも、よく似たことが起こった。
そして、塾の先生も、その急変に、少々の恐怖感を抱くことになった。
(佐伯みのり… この子、いったいどうしたというんだ…
嬉しいことだけど… 怖いぐらいの急成長だ…)
みのりは家に帰ると、制服のままベッドに腰を下ろした。
今日一日の出来事が、胸の奥で静かに渦を巻いていた。
(……あれは、いったい何だったんだろう…)
スズメが立ち上がり、飛び立った瞬間の、あの命の覚醒。
教室で起きた、友達や先生たちの驚き。
そして──
自分の中に流れ続けていた、あの深い集中と透明感。
(……全部、LifeSignal Generator の影響なのかな)
みのりはカバンを開け、白い小さな装置をそっと取り出した。
手のひらに乗せると、まるで体の奥と共鳴するような、静かな気配が伝わってくる。
(……あかりさんに、伝えなきゃ)
スマホを開き、指が自然に動いた。
「あかりさん。
今日、すごいことが起きました。
スズメが元気になって飛び立って……
それだけじゃなくて、私の周りだけ、みんなの頭の回転が速くなっていました。
先生も驚いていました。
これって、LifeSignal Generator の影響なんでしょうか?」
送信ボタンを押すと、胸の奥が少しだけ高鳴った。
返事が来るまでの時間が、いつもより長く感じられた。
数分後。
スマホが静かに震えた。
みのりは息を整え、画面を開いた。
そこには、あかりさんらしい、短くて、静かで、
でも胸の奥に深く響く言葉が並んでいた。
「みのりさん。
今日のことは、すべて自然なことです。
あなたは“本来の能力”に近づいただけ。
生命は、本来こうあるべきなのです。
これからも、どんどん伸びていきますよ。」
みのりは画面を見つめたまま、胸の奥に広がる“静かな光”を感じていた。
(……本来の、能力)
その言葉が、今日一日の出来事と静かに結びついていく。
そして、そのすべてが、“本来の姿に戻る”という言葉で、ひとつの線につながった。
みのりはスマホを胸に抱き、ゆっくりと目を閉じた。
(そういえば、あかりさんに会うまで… 私は、全部がうまくできない感じがしてて、泣きだしそうになっていた。
でも、あかりさんに出会い、あかりさんの言葉に感動し、物理の数式とか…その見方も教えてもらい、ずいぶん変わった気がする)
(その上で、今日のような変化…
明日、どんな一日になるんだろう)
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