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◆ 第50話 ── 夏休み明けの登校
★コラム――佐伯みのり――経緯
・佐伯みのりは、高校2年生の春が始まった頃、かなり頑張っていたのであるが、学習が思うように捗らないと感じ、悪循環に陥っていた。そんなとき、水瀬あかりと出会った《第1話》
・その後も、あかりとの対話によって、精神状態が改善され、脳機能も本来の状態に近づいていった《第2話~5話》
・みのりの学習が少し捗り始めた頃、物理や化学の捉え方や考え方を、あかりとの対話から学んだ《第6話~7話》
・6月に入ると、5種類のカプセル/錠剤、LifeSignal Generator、PhytoCoreが、あかりから渡され、心身の機能が急激に高まっていった《第8話~10話》
・みのりの急激な学力向上が学校中で話題となり、複数の計測器で微妙な異常も計測された《第13話》
・大学で脳波が計測されることになり、集中状態を作るために課された物理の問題を、大学生が要する時間の10分の1の時間で解いてしまった《第14話》
・脳磁図(MEG)による検査が行われると、超人的な脳機能が明らかとなった《第15話~16話》
・6月末には、大学側から飛び入学してほしいとの打診があり、本人も母親も同意し、高校側も全力でそれを支援することになり、正式に飛び入学が決定した《第17話~20話》
・7月に入ると、あかりの講演内容を聞き、火星と地球の違い、火星で健全に暮らすための方法、脳の機能を最大限に高める方法など、その内容をしっかりと自分のものにした《第21話~24話》
・講演の後の、あかりが居る控え室での談話の中で、高原教授、佐野教授、JAXAの白石主任研究員、高木先生との交流によって、みのりの、これまでの経緯が共有化された《第25話》
・その帰り、上記メンバーでお店に行き、臨時に結成された「ぶつりーず」の演奏が行われた。演奏が終わる頃には、店の周囲に半径数十メートルにも及ぶ人だかりが出来た《第26話~28話》
・みのりは夏休み期間に入ったが、ぶつりーずとしての演奏動画がネット上にアップされ、その演奏の凄さゆえに、知名度がどんどん高まっていった《第29話~30話》
・みのりの演奏能力に最初に目を付けたのがアストレア楽器株式会社であり、ブランドイメージキャラクターとして、みのりが起用されることになった《第31話~32話》
・8月に入ると、アストレア楽器株式会社にて、みのりのポスター用の撮影や、演奏動画の収録が行われた《第34話》
・大学の研究室では、ぶつりーずでの、みのりの演奏を聴いた学生の、脳機能や運動機能が高まることが確認された《第36話》
・あかりが改良を加えたLSG-miniが、みのりに渡された。それの効力は一層高まっており、小脳の機能も大幅に高まった《第37話~38話》
・8月半ば、大学にて、みのりのアドリブ演奏時の脳活動がMEGによって測定され、創造の脳が理想的に活動することが確認された《第39話》
・アストレア楽器の、みのり起用のポスターが全店舗に貼られ、同社のWebサイトに、みのりの演奏動画がアップされた。それによって、みのりの知名度は更に高まることになった《第40話》
・みのりが大きく変化してきた理由が、あかりから大学側(高原教授、佐野教授)に伝えられた《第41話》。また、アストレア楽器にも伝えられた《第42話》
・みのりのポスターや動画のアップから5日後には、アストレア楽器株式会社の売り上げも急上昇し、「育脳キャンペーン」がスタートすることになった《第43話》
・8月末、アストレア楽器株式会社からの初めての契約料(30万円/月)が入った《第48話》。なお、今後も引き続き、毎月入金されることになっている。
・そして、夏休み明けの最初の登校日を迎えることになった。
◆ 先生たちは…
朝の校舎は、夏休みが終わったばかりの独特のざわめきに包まれていた。
時計の針が8時10分を指した頃、校長室の隣に設けてある会議スペースに、校長、教頭、担任、そして高木先生が席に着いていた。
校長が口火を切った。
「では……少しだけ確認しておきましょう。佐伯みのりさんが、今日から登校します。夏休み中の活動については、企業側から正式な書面をいただいていますし、学校としても承認済みです。ただ…初日ですから…、念のため、状況を確認しておきたいと思います」
担任が頷いた。
「はい。佐伯さんは、夏休み中に、かなり有名になってしまいましたからね…。特に周囲の反応につきましては、気をつけて見ておきます」
教頭が資料をめくりながら言った。
「例の楽器店のポスターの件も、動画の件も、学校としては問題ありません。ただ、本人がどう感じているか……そこは確認しておきたいですね」
高木先生は、少し笑みを浮かべた。
「佐伯なら大丈夫ですよ。以前よりずっと落ち着いているようですし、それも水瀬あかりさんの影響でしょうね……。揺れない感じです」
校長はその言葉に軽く頷き、短くまとめた。
「では、佐伯さんが登校したら、私も直接、その様子を確認したいですので、校長室に案内してください。5分程度で済ませたいと思いますので…」
打ち合わせが終わると、担任の先生は廊下に出て、みのりの登校を待った。
◆ 一方、みのりは…
みのりは、校門をくぐったとき、校舎全体を見渡した。
(……なんか… 学校… 久しぶり)
すると、校舎の前で、数人の生徒が、みのりに気づいた。
「あ……佐伯さんだ……」
「ポスター…見たよ!」
「私、動画も見たよ。すごいね(笑)」
「…なんかさぁ… みのりが、どんどん遠くへ行っちゃう気がしてさ…」
帰宅部である、みのりにとっては、1か月以上ぶりの再会であった。
みのりは、ちょっと照れながら微笑んだ。
「ありがとう。…でも、いろんなことがあったよ…」
「それ、聞きた~い!(笑)」
「ねぇ、今、どんな気持ち? 楽しい? しんどい?」
「うーん… …楽しいかな(笑)」
「え~ そうなんだ… いいなぁ、みのりは…」
談笑しながら校舎に入ると、数名の男子生徒が声をかけてきた。
「おっ、佐伯さん!! めっちゃ有名になったんじゃない?!」
「今のうちにサインもらっといた方がよさそうだな… あとで頼むよ(笑)」
「うん。。わかった。 じゃ、あとでね(笑)」
そのとき、担任の先生が廊下の向こうから歩いてきた。
「佐伯さん、おはよう。校長先生が少し話したいそうなので、校長室に来てもらえますか」
「はい。わかりました」
みのりは、教室に入らないまま、校長室に向かうことになった。
◆ 校長室での対話
担任の先生と一緒に校長室に入ると、校長だけでなく、教頭、そして高木先生も同席していた。そして3人とも、みのりを見るとすぐに柔らかく微笑んだ。
「佐伯さん。おはようございます」
校長の言葉は、いつもより少し丁寧だった。
「おはようございます」
「どうぞ、座ってください。ほんの少しだけお話しします」
みのりは椅子に腰を下ろし、背筋を自然に伸ばした。
校長は微笑みながら、穏やかに話し始めた。
「夏休み中は、企業での撮影や、大学とのやり取りなど、いろいろと忙しかったでしょう。お疲れさまでした」
みのりは、少し微笑んだ。
「ありがとうございます。どれも、とても貴重な経験でした。おかげで、いろいろなことを学べた気がします」
その言葉の選び方が、あまりにも社会人っぽくて、教頭は思わず目を細めた。
校長は続けた。
「企業側からは、あなたの活動について正式な書面をいただいています。学校としても、責任を持ってサポートしますので、安心してください」
みのりは静かに頷いた。
「はい。ありがとうございます」
高木先生が、少し前に身を乗り出した。
「佐伯…。夏休み中に、一人で大学の研究室にも行ったんだよね。有名になってるだろうから……大丈夫だった?」
みのりは、笑顔で答えた。
「はい。高原先生に、私であることがバレないように変装して来なさいって言われました(笑)…そしたら、大丈夫でした。正門に近づいたら、大学院の人たちが出迎えてくれましたので、スムーズに研究室まで行けました」
「へぇ~、そうだったんだ。手厚く歓迎された感じだね」
他の先生たちも、少しばかりの緊張がほぐれ、笑顔になって頷いていた。
みのりは続けた。
「…あと…研究室では、私がキーボードを演奏してる時のMEGが測定されたんですが、結構楽しかったです。高原先生や佐野先生からは、通常の人間の範囲を超えてるとか言われましたけど、そうやってお話ししてるときも、すごく楽しかったです」
高木先生は、みのりが、かなり社交的になったことに一番驚いた。
(……佐伯… 2年生に上がったばかりの頃の君とは…もう…ぜんぜん違う…。表情も豊かだし… 会話も流暢… 夏休み中に多くの社会人と接してきたからなのかな…)
校長は笑顔で頷き、短くまとめるように言った。
「佐伯さん、安心しましたよ。あなたが残りの期間、安心して学べるように、学校全体で支えます。困ったことがあれば、いつでも言ってくださいね。じゃ、教室のほうに向かってください」
みのりは丁寧に頭を下げた。
「はい。ありがとうございました」
みのりは席を立ち、もう一度頭を下げて校長室を出た。
高木は思った。
(……なんか……あの…水瀬さんの雰囲気を感じる… 佐伯… どんどん成長していってる…)
◆ 教室に入ると…
みのりが教室に入ったその瞬間、クラスメイトの視線が一気に集まった。
「……あっ、佐伯さん……」
「…担任の先生に呼ばれてたんだよね…」
「休みかと思って… 心配してたんだよ(笑)」
「佐伯さん……なんか、夏休み明けてから雰囲気変わったよね」
「うん、思う思う。…大人っぽいというか……」
「…よっし… 俺も負けないように頑張るとするか(笑)」
みのりは、柔らかく微笑んだ。
「ありがとう(笑)」
すぐにチャイムが鳴り、教室のざわめきがゆっくりと落ち着いていった。
担任の先生が教室に入り、出席簿を開きながら、出席の確認を行った。
「はい、では、夏休み明けの最初のHRを始めます。まず、夏休み中の課題で、提出物のあったものは、それを前に出してください」
生徒たちは一斉に立ち上がり、課題の束を教卓に置いていった。みのりも同様に課題をこなしており、それをしっかりと提出した。
みのりは思っていた。
(……高校生活… クラスメイトの皆は、来年もある。…でも、私は、この学年が最後… 大切にしなくちゃ…)
担任の先生は、提出物を確認したあと、連絡事項に移った。
「はい、では、連絡事項に移ります。必要な連絡事項は、各自で端末にて確認してもらっていると思いますが、そこには掲載していないことについてお話しします。それは、佐伯さんの活動についてです」
生徒の皆が、一斉に先生のほうに目を向けた。
先生は続けた。
「夏休み中に、佐伯さんの活動について、学校にも正式な連絡が来ています。それは、皆さんの中にも知っている人がいると思いますが、佐伯さんは、アストレア楽器さんのブランドイメージキャラクターとして採用されました」
「えーーーっ!!?」
「…そうなんだ…」
教室の空気が大きく揺れた。
先生はさらに続けた。
「今後、佐伯さんが登場するCMも公開されることになると思いますが、学校側も全て承認していますので、クラスのみんなも安心してくださいね」
教室じゅうがどよめいた。
「…CMにも出るんだ…」
「すっげぇ…」
みのりは、少し申し訳なさそうな表情で下を向いた。
先生は、みのりの様子を確認しながらも、HRを終えることにした。
「では、HRはこれで終わります。2時限目から通常授業です。…じゃ、佐伯さん、何か困ったことがあれば、すぐ言ってくださいね」
みのりは笑顔で頷いた。
「はい。ありがとうございます」
先生が教室を出て行ったあと、みのりの斜め前の男子生徒が話しかけてきた。
「俺さぁ、楽器店であのポスター見たんだよ。それでさ、あれ…佐伯さんじゃないの?って思ったんだけど…、世の中にはそっくりさんっているじゃん(笑)その、そっくりさんだということで、納得してその場を去ったんだよ(笑)」
その後ろの女子生徒が思わず切り返した。
「何言ってんの。佐伯さんに決まってんじゃん(笑)…どう見たって佐伯さんにしか見えないよ(笑)」
「だってさ、普段は俺、恥ずかしいから、佐伯さんをあんまり直視したことなかったんだ…」
「その言い訳は、確かに筋が通ってる(笑)」
また別の場所で、別の女子生徒たちが盛り上がっていた。
「ネット上の動画、何度も見たんだけど、高木先生がベースやってたでしょう!?」
「そうそう。なんで、あそこに高木先生がいるんだって(笑)」
「…あれはね、高木先生が、佐伯さんのそばにいたから!!」
「えっ!?なにそれ(笑)」
「付き合ってんの??」
「それはないでしょ…(笑)」
みのりの周囲で、みのりたちの話題で盛り上がっていた。
みのりは、自分が答える前に他の誰かが答えるため、話すタイミングが合わず、ただクスクス笑いながら聞いていた。
そんな感じの休み時間はすぐに終わり、化学の授業時間がやってきた。
◆ 2時限目──化学
休み時間のざわめきがゆっくりと収まり、化学担当の江藤先生が教室に入ってきた。
久しぶりに見る生徒たちの顔を見渡し、頷きながら少々の笑顔で授業に入った。
「はい、それでは、今日は “化学反応の速さ” についてですね…」
黒板にチョークが走り、反応速度を表わす式が次々と書かれ、具体的な物質における反応速度を求める演習も行われた。
みのりは、先生が書く式から、各物質の電子の状態や、反応による電子の動きを頭に描いていた。
江藤先生は、教科書に基づいて説明を進めていき、授業時間も後半に差し掛かったころ、ふと黒板の前で立ち止まった。
「……では、ちょっと根本的な話をしましょうか」
その声に、教室の空気がわずかに張りつめた。
「反応速度が速くなる理由──“なぜ速くなるのか”を、電子の動きとエネルギーの観点から説明できる人はいますか?」
その瞬間、江藤自身が「あっ」と思った。
(……しまった…… このクラスには佐伯がいるんだった……。しかも、今の質問は、普通の高校生には無理な質問だ……)
しかし、言ってしまった以上、引っ込められなかった。そして、回答を催促した。
「分かる人、手を上げてください」
教室は静まり返った。
(……誰も手を上げない。当然だ…。ここが超進学校だとはいえ、今のは大学レベルの質問だ)
みのりは、ごく普通に分かっていた。ただ、毎回自分だけが答えるのはちょっと…という遠慮もあって、数秒だけ様子を見た。
(……あんな質問、高校生は答えられないよね。でも、誰も反応しないと先生がかわいそう… じゃ、私が手を上げよう)
みのりは、遠慮がちに手を上げた。
その瞬間、江藤は心の中で苦笑した。
(……そうだよな…… 分かるのは佐伯だけだよな……)
「じゃあ、佐伯さん。お願いします」
みのりは、指名されたから仕方ないと腹をくくり、静かに立ち上がった。そして、あかりさんなら、こう答えるだろうな…と想像しながら、淡々と話し始めた。
「反応速度が速くなる理由は、単に物質同士の衝突機会が増えるだけではなくて、電子がどこに向かいたいか、その方向性が強くなるほど、電子の状態そのものが変化して、それに伴ってポテンシャルエネルギー曲面も変形します。その結果、遷移状態へ向かうためのエネルギー障壁が低くなれば、反応は進みやすくなって、速度も上がります」
江藤は、黒板の前で固まった。
(……いや…… 私が説明しようとしていた内容より…… 遥かに核心を突いている…… しかも、わかりやすい……)
生徒は呆然としていた。
(……え…?)
(……佐伯さん……なんでそんな答えできるの……)
江藤は、黒板の前で数秒ほど言葉を探していた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「……佐伯さんの説明は、大学の物理化学で扱う内容です。反応速度が上がる理由を、電子の向きとポテンシャルエネルギー曲面の変形から説明できる高校生は、普通はいません」
その声は、驚きというより、事実をそのまま述べるという淡々とした響きだった。
「私が今から説明しようとしていた内容よりも、ずっと核心を突いています。……正直に言うと、ちょっと助かりました…(苦笑)」
教室のあちこちで、生徒たちが息を飲む気配があった。
(……佐伯さん……)
(……あんなことを理解してるって……どういうこと……)
(……先生が助かったって言うレベル……)
みのりは、少しだけ肩をすくめた。
(……あかりさんなら、もっと上手に説明するんだろうけど…… 私なりには、これが精一杯……)
江藤は、黒板に向き直り、授業を再開した。
「では、今の佐伯さんの説明を踏まえて、反応速度の式と、活性化エネルギーの関係を整理します」
チョークが反応座標図を描き、活性化エネルギーの位置が示された。
「反応に必要なエネルギーが少なくて済むということは、反応物が遷移状態に到達しやすくなるということです。つまり、反応速度が上がる。これは、佐伯さんが言った通りです」
生徒たちは、ノートを取りながらも、どこか落ち着かない様子だった。
(……佐伯さん…… 夏休み中にもパワーアップしてる……)
(……夏休み前から凄かったけど… 一段と凄くなってる感じする…)
みのりは、周囲の反応を感じながらも、ただ淡々とノートを閉じた。
江藤は、授業の最後にこう締めくくった。
「先ほどの質問と回答は、高校化学の範囲を超えているんですが、反応速度を理解するうえで、“電子がどこに向かいたいか”という視点は非常に重要です。……佐伯さん、ありがとう。では、次回は具体的な反応速度の計算練習に入ります」
チャイムが鳴り、教室の空気がゆっくりと動き始めた。
みのりの周囲では、まだ小さなざわめきが続いていた。
「……佐伯さん、すごすぎる……」
「……あれ、大学の内容だって…先生言ってたね……」
「……なんで分かるんだろ……」
みのりは、少し照れたような表情で、教科書を閉じた。
◆ 職員室──江藤先生の報告
化学の授業が終わると、江藤は教科書とノートを抱えたまま、額に脂汗をかき、呆然とした様子で職員室に戻ってきた。
その様子に、周囲の先生方が顔を上げた。
「江藤先生、どうされました?」
「何かトラブルでも?」
江藤は、職員室のドア付近で立ち止まり、呼吸を整えながら言葉を探した。
「……いえ、トラブルではありません。ただ……佐伯さんが……」
その名が出た瞬間、他の先生たちも一斉に江藤に注目した。
「何かあったんですか?」
江藤は、自分の席に戻ることも忘れたまま続けた。
「夏休み前にも、あの子はすごかったんですが…… 今日の授業で、反応速度の話をしているときに、私がつい、大学レベルの質問をしてしまったんです。あれは、完全に私のミスだったんですが、高校生には普通は答えられない内容だったんです」
周囲の先生方が息を飲んだ。
「それで……?」
「佐伯さん、答えたんですか?」
江藤は、苦笑に近い表情で頷いた。
「……答えました。しかも、私が説明しようとしていた内容よりも、ずっと核心を突いていました。ポテンシャルエネルギー曲面の変形と、電子の向きによる活性化エネルギーの低下を、高校生とは思えない精度で説明しました」
職員室の空気が揺れた。
「……それは……」
「高校生の範囲を…完全に超えてしまっている……ということですよね……」
江藤は、少しだけ肩を落とした。
「はい。夏休み前よりも、さらにパワーアップしていました」
そのとき、物理の高木先生が、ゆっくりと顔を上げた。
「……やはり、そうだったか……」
江藤が振り返った。
「高木先生、何か……?」
高木は、少し間を置いてから言った。
「江藤先生の様子から… あの子は、夏休みの間にさらに進化したんだと確信しました。正直に言うと……少し怖いです。あの年齢で、そのようなレベルに達してしまうことが……」
江藤は、ゆっくりと頷いた。
「……ええ。私も、授業中に背筋が震えました。大学生以上のレベルで理解していることを…」
高木は、窓の外を見ながら小さくつぶやいた。
「……佐伯みのりは、いったい…どこまで行くんだろう……」
その言葉は、誰も否定できなかった。
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