宇宙の勉強とアストレア楽器からの招待

宇宙の勉強とアストレア楽器からの招待
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今回のアイキャッチ画像(高解像度版)
佐伯みのり
◆ 第31話 ── ブランドイメージキャラクターする?

火曜日――みのりは夏休みに入ったので、ノートにまとめていた「宇宙飛行士になるための条件」を見直していた。

《宇宙飛行士になるために必要なこと(JAXA)》
● 日本国籍であること
 → これはクリア。

● 学歴は問われない
 → 文系でも理系でも応募できる。
 → ただし、専門分野を持っているほうが有利らしい。

● 実務経験が3年以上必要
 → 修士なら1年、博士なら3年扱い。
 → つまり、大学院に進むと少し有利になる。

● 身体条件
 ・身長:149.5〜190.5 cm ・視力:矯正で1.0以上(メガネOK) ・色覚:正常 ・聴力:正常 ・年齢制限なし
 → 特別な体格じゃなくても大丈夫。
 → 健康であれば問題なし。

● 語学(英語は必須)
 → ISS(International Space Station; 国際宇宙ステーション)での生活は英語が中心。
 → ロシア語も必要になることがある。

● 求められる能力
 ・チームワーク ・コミュニケーション ・極限環境での冷静さ ・柔軟な思考
 ・専門分野を持ちつつ、他分野にも対応できる力
 → 「ひとりで優秀」より「みんなで強い」が大事。

● 選抜試験の流れ(倍率は約2000倍)
 ・書類 ・筆記(STEM) ・英語 ・心理検査 ・医学検査 ・閉鎖環境試験 ・最終面接
 → とても大変。でも、挑戦する価値はある。

● 合格後の訓練(約2年)
 ・航空宇宙工学 ・ISSシステム ・宇宙科学 ・健康管理 ・航空機操縦 ・語学 ・サバイバル ・スキューバ
 → “宇宙に行く”というより、“宇宙で生きる”ための訓練。

《まとめ》
宇宙飛行士は、特別な人だけがなれるわけじゃない。
でも、努力し続けられる人じゃないと絶対に無理。
今の私に足りないのは「専門性」と「経験」
高校生のうちにできることは、
・英語 ・ 体力 ・ 科学の基礎 ・チームでの活動
この4つをしっかり積み上げること。
“宇宙に行きたい”という気持ちを、今日からちゃんと形にしていく。

みのりは、ノートを閉じて、少しだけ深呼吸した。
(……宇宙って、どんなところなんだろう…)
そのまま机の上のパソコンを開き、午前中の残りの時間を “宇宙の基礎” の学習に使うことにした。みのりが選んだのは、難しい専門書ではなく、高校生でも理解できるレベルの「宇宙の入門講座」
地球の大気の構造、宇宙空間の環境(真空・放射線・温度)、ISSの生活、宇宙服の仕組み、ロケットの基本構造、軌道の種類(低軌道・静止軌道など)、無重量状態での身体の変化。

みのりは、興味が湧いた項目だけを、自分のペースで静かに読み進めた。
(……宇宙服って、服じゃなくて“小さな宇宙船”なんだ……)
(ISSって、地球の周りを90分で一周してるんだ……)
(無重量だと、味覚が変わるんだ……)
ページをめくるたびに、みのりの目が少しずつ輝いていった。
そして、ノートの端に小さく書き足した。

《今日のまとめ》
宇宙は“遠い場所”じゃなくて、“準備すれば行ける場所”。
そのためには、まず知ること。

みのりは、次のページを開こうとしたところで、スマホが震えた。
画面には──「水瀬あかり」の文字。
(……あかりさん…? どうしたんだろ……)

◆ あかりさんからの意外な連絡
通話ボタンを押すと、少し慌てた声が聞こえた。
「みのりさん!? 今、大丈夫?」

「…はい。どうかしましたか?」

あかりさんは息を整えてから言った。
「えっとね…… 先週の土曜日の演奏を聴いた楽器店の会社の人が、みのりさんを広告に使いたいって言ってきたの……」

みのりは驚いて、胸の奥がじんわり熱くなった。
「え? 広告…?」

「うん。みのりさんの演奏を聴いて、絶対にこの子を起用したいって…社内で話題になったらしくて…。その会社は、みのりさんの連絡先を知らないので、私のほうに連絡が来て、みのりさんの連絡先を教えてほしいって言われたの」

みのりは、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「…そうだったんですか… …なんか…あかりさんにご迷惑おかけしちゃいました…」

「いえいえ、むしろ嬉しい話ですよ。…それで、みのりさんの連絡先、伝えていいですか?」

「もちろんです。ありがとうございます……あかりさん…」

電話を切ると、みのりの心臓は少しテンポを増した。

◆ アストレア楽器株式会社(Astrea Music Inc.)からの電話
数分後、スマホが再び震えた。画面には見慣れない番号。
(…あ… 楽器店の人…かな…)
「はい…もしもし……」

落ち着いた男性の声が返ってきた。
「アストレア楽器株式会社の川村と申します。佐伯みのりさん…でしょうか…」

みのりは背筋を伸ばした。
「…はい。みのりです…」

川村さんは丁寧に続けた。
「水瀬あかり先生から、みのりさんのご連絡先をいただきました。…実は… 先週の土曜日に、みのりさんの演奏を拝見しまして…社内で大きな話題になっています。社長を含め、部門長の全員が、みのりさんに、当社の公告にご協力いただけないか…ということになりました。そこで、今日はその件でご連絡させていただきました」

みのりは息を呑んだ。
「…はい …でも… 私でいいんですか…?」

「もちろんです。社長は “才能を見逃さないことは企業の責任だ” とまで言いました。みのりさんの演奏は、演奏技術だけでなく、多くの人を惹きつける力があります。ぜひ当社の公告に、ご協力いただきたいのです」

みのりは胸の奥が熱くなった。
「…ありがとうございます… …あの… 具体的にどのようなことをするのか、教えていただけますでしょうか…」

川村さんは安心したように言った。
「ありがとうございます。では、詳細は、オンラインでお話しできればと思いますので、今日の17時に、お時間いただけますでしょうか…」

「…はい…大丈夫です」

「助かります。…では、リンクを送りますので、よろしくお願いいたします」

通話が終わると、みのりはスマホを胸の前でそっと抱えた。
(……こんな…お話が来るなんて…… でも、具体的に聞いてみないと……)

◆ アストレア楽器(株)との17時のオンライン打ち合わせ
17時になり、みのりは机の前に座って、オンライン通話のリンクをそっと押した。

画面が開くと、落ち着いた雰囲気の男性が映った。
「はじめまして。アストレア楽器株式会社・広報部の川村と申します」

みのりは少し緊張しながら頭を下げた。
「…はじめまして… 佐伯みのりです…」

川村さんは、柔らかく微笑んだ。
「…午前中は、お電話にて、ありがとうございました。…実は、私と、もう一人の社員が、先週の土曜日に、あのお店に注文の楽器を届けに行ったんです。その時には、ブルースのセッションが中盤ぐらいに差し掛かっていたと思います。私たちは、お店の裏口から入ったのですが、店内はすでに満杯でした。そのときは、サックスの音も聞こえましたが、最初は姿が見えませんので、今日は凄いプロの方たちが招かれたんだと思っていました。そして、その姿をどうしても見たくて、店主さんに合図を送ったら、スタッフ用の通路から演奏シーンを見せていただくことができました。そしたら、その瞬間、自分の目を疑いました。なんと、高校の制服を着た女の子が、そのサックスを吹いていたんです。しかも、人生経験豊富な演奏家でなければ表現できないはずのブルース・フレーズが…その女の子から…圧倒的な表現力で…。私たちはすごく衝撃を受け、引き込まれてしまいました」

みのりは、川村さんの話を、うなづきながら聞いていた。

川村さんは、さらに続けた。
「大歓声のあと、大学の先生がメンバーを紹介されました。それで、みのりさんが高校2年生であることを知りました。そして、アンコール曲として演奏されました Wonderful Tonight … 私たちはまた、さらに大きな衝撃を受けました。サックスだからこそ出来る細かな表現やアレンジが、ボーカルラインを別物のように魅力的なものにしていました。そして、次は、みのりさんのエレキギターのシーンを、この曲のリードギターで初めて聴くことになりました。それこそ、本家のエリッククラプトンを上回る表現を随所に入れられていました。私はそれを聴いた時、…いや…もう…鳥肌どころか… …震え上がりました。正直… 怖くなりました。こんな高校生の女の子がいるなんて… 信じられませんでした。 ……あ…すみません… 話がずいぶんと逸れてしまいました。……そして… もし… みのりさんが、どこにも所属されていない人なのであれば、ぜひ、うちの広告にご協力いただければ、それこそ最強の広告が制作できる…と思ったのです」

みのりは、川村さんの話を聞き、本当にあの現場で聴いてくださっていたことを確信した。
「…ありがとうございます…」

川村さんは続けた。
「…そこで、私たちは急いで帰社し、社長に報告しました。そして、翌日には、SNSにアップされている Wonderful Tonight の動画も見てもらいました。そしたら、社長も、みのりさんのサックスやギターに大変驚き、演奏の細かな部分まで、すごく高い評価をしました。そして、みのりさんを、当社の広告・イメージキャラクターとして、ぜひ、お迎えしたいとうことになりました。また、その翌日には、各部門の部門長を集めた緊急会議が行われたのですが、全員が、みのりさんを迎えたいとの意思表示をしました」

みのりは、ちょっと驚いたような表情で、そのつど頷きながら話を聞いていた。

川村さんは、少しだけ資料を確認するように視線を落とし、続けた。
「みのりさんの演奏は、動画を流せば何度も再生されるでしょうし、ポスターも長期的に使わせていただきたいんです。また、うちの複数店舗で展開しますので、継続的な広告価値が発生します。そして、先ほども申し上げましたように、イメージキャラクターとして向け入れたいと思っています。ですので、単発の広告出演ではなくて、月額契約としてお願いしたいと考えています」

「……月額……ですか…?」

川村さんは、画面の向こうで真剣に言った。
「はい。そのため、毎月30万円をお支払いしたいというのが、当社の希望です」

みのりは、言葉を失った。
(……え…30万円も…)

川村さんは続けた。
「もちろん、みのりさんは学業が最優先です。撮影とか収録とかは、みのりさんの都合に合わせます。大学に進学されてからも、無理のない範囲で続けていただければ大丈夫です」

みのりは、いろんなことが頭をよぎったが、次のように答えた。
「…ありがとうございます…。 このお話、母とか、知り合いに相談したいとは思いますが… 問題が無いようでしたら、やらせていただきたいと思います」

川村さんは安心したように微笑んだ。
「ありがとうございます。正式な契約書は、保護者の方の同意が必要になりますので、後ほどメールでお送りします」

「…はい…わかりました。母に伝えたら、折り返し連絡させていただきます。よろしくお願いします…」

オンライン打ち合わせが終わってから、みのりはしばらくパソコンの前でぼんやりしていた。
(……私が… …楽器店の広告とか… イメージキャラクターとか…。 …本当に……そんな話… あるんだ……。 今まで…そんなこと一度も…想像したこともなかった……)

◆ 契約書のメールが届く
そのとき、スマホが小さく震えた。
画面には──「アストレア楽器株式会社(Astrea Music Inc.)広報部・川村」 の名前と、「契約書送付のご連絡」という件名。
(……もう……来た……)

みのりは深呼吸して、メールを開いた。
添付ファイルには、「ブランドイメージキャラクター契約書(案)」 というPDF。

内容をざっと見ただけで、胸がぎゅっと締めつけられた。
(……これ…… ママに……ちゃんと話さないと……)

みのりはスマホを持って、リビングへ向かった。
ママは夕食の片付けをしていた。
「…ママ……」
みのりの声が、少しだけ震えていた。

ママは振り返り、みのりの表情を見て、すぐに手を止めた。
「みのり? どうしたの……?」

みのりはスマホを差し出した。
「……あの… 今日、アストレア楽器という会社の人と…… 広告とか… イメージキャラクターのお仕事の話をして…… その契約書が…届いて……」

ママは驚いたように目を見開き、スマホを受け取った。
画面をスクロールしながら、契約内容を読み進める。
「え!? アストレア楽器株式会社(Astrea Music Inc.)…… みのりに…ブランドイメージキャラクターとして…… 月額出演料:30万円… えっ、こんなにもらえるの… すごい……」

みのりは、小さく頷いた。
「…うん… 動画とか… ポスターとか… 長く使うから…… 単発じゃなくて…月額契約にしたいって……」

ママはスマホを持つ手を、そっと胸の前に引き寄せた。
「……それにしても… 30万円って…… みのり……ママのお給料より……」

みのりは慌てて言った。
「ち、違うの! ママより多くなっちゃうのは……なんか…申し訳ないから…… 30万円にしてもらったの!」

ママは、みのりの必死な表情を見て、ふっと笑った。
「……みのり… そんなこと気にしなくていいのに(笑) ……それで、みのりの時間とかは大丈夫なの?」

「うん… 私は学業優先で… 私の都合のいい曜日とか時間に撮影するみたい…。大学に進学してからも、無理のない範囲でいいって…」

「そっか… 一度撮影しておけば、それをずっと使えるわけだしね…」

みのりは、少し息を吸って言った。
「…ママの許可がいるそうなんだけど…… 私…これ…引き受けていい?」

ママはスマホを見つめながら、静かに頷いた。
「契約書、ちゃんと読むね…… 問題なければ、ママが同意するから…… みのりが安心して働けるように……」

みのりは、少し照れながら笑った。
「……うん…ありがとう……ママ……」

そして、みのりはさらに続けた。
「……私……家計……助けたい…。…妹にも……いろいろしてあげたい……」

それを聞いたママは、みのりをそっと抱きしめた。
「……ありがとう、みのり…… あなたは…本当に……優しい子だね……」

みのりは、ママの胸の中で小さく頷いた。
(……よかった…… ママ……喜んでくれた……)
みのりの目にも、じんわりと涙が滲んだ。

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