その装置を、誰が作るのか

その装置を、誰が作るのか
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水瀬あかり
◆ 第49話 ── 大学発ベンチャーへの委託

★解説コラム――新規装置の量産について
この物語において、水瀬あかりが開発した数々の装置のうち、LifeSignal Generator(LSG;生命信号発生装置)、PhytoCore(フィトンチッド放散装置)、PhotoSignal Modulator(PSM;揺らぎを再構成する光源ユニット)などの小物も、人類が火星で暮らすときに必要となる装置群である。因みに、その内容について詳しく紹介している回は、LSGについては第37話『生命信号発生装置(LifeSignal Generator)を改良する水瀬あかり』、PSMについては第47話『地球上の光には揺らぎがある』である。なお、PhytoCoreやLSG-miniの概略について紹介しているのは、第46話『研究開発室に足りなかったもの』である。

これらの装置の本来の目的は、上述したように、火星の居住区の内部に地球上の理想的な住環境を再現することであるが、現代人が暮らしたり学んだり働いたりしている環境が、あまりにも人工的かつ不適切なものになったため、それらの装置の必要性が高まっている。もっとも、大自然に囲まれて人生を送っている場合は、それらの装置が無くても大きな問題にはならないが、例えば、鉄筋コンクリートの建物の中で活動する場合は大問題である。ただ、多くの人は気づいていない…、或いは、話を聞いても信じない人が多い。「それだけのことで、心身の状態が大きく変わるなんて、あり得ない」と…。だからこそ、この物語にて強調している。

LSG、PhytoCore、PSMは、単に地球上の良環境を再現するだけでなく、脳科学的、および全身の生理学的な観点で、本当に必要な要素を見出し、重要度の高いものを選び出し、増幅して出力するからこそ、高効率にて心身の機能を高めることができる。そのため、大自然に囲まれて生活している人も、これらの装置を日常的に使う事によって、心身の機能が高まり(本来の能力が引き出され)、心身のトラブルが予防され、老化も抑制される。

この物語に出てくる水瀬あかりの能力が、通常の人間のレベルを遥かに超えているのも、佐伯みのりの能力が急に高まったのも、上記の装置が何割か関係している。「何割か…」と言ったのは、他の要因もあるからであり、それについては、『水瀬あかりの講演内容~パート2』『水瀬あかりの講演内容~パート3』を参照していただければ結構であろう。

さて、現代人においても必要性が高まってきている上記の装置(LSG 、PhytoCore、PSM)を、あかりは研究室内で試験的に自作し、それを佐伯みのりに渡したり、アストレア楽器株式会社に送ったりした。ただ、これらを多くに人に提供しようと思うと、当然のことながら、研究室内での自作では到底間に合わない。そこで、量産の段階に入ることになるわけであるが、水瀬あかりが選ぶことになったのは、“大学発ベンチャー企業”への委託である。

★解説コラム――大学発ベンチャーとは何か
大学発ベンチャーとは、大学で生まれた研究成果を社会に届けるために設立される企業のことである。大学の研究室で生まれた技術や特許を事業化する場合もあれば、大学と共同研究を行った企業がそのまま法人化する場合もある。さらには、学生が起業するケースや、大学教員・研究者が自ら会社を立ち上げるケースも含まれる。つまり大学発ベンチャーは、大学が得た研究成果を社会に送り出す出口として機能している。

近年、日本の大学発ベンチャーは急速に増えている。最新の調査(2026年公表)では、2025年時点で 6,220社と、前年から 1,146社も増加しており、企業数・増加数ともに過去最高を記録した。これは単なる数字の伸びだけでなく、日本の研究成果が社会に出始めている兆候といえる。

興味深いのは、増加した企業の約60%が東京以外で創業している点である。地方大学の研究力がそのまま企業化されており、地方から世界へという流れが静かに生まれつつある。また、CEOとなる人の最終経歴は、大学・公的研究機関の教職員・研究者が多く、高度な技術を扱う企業が多い。そのため、自然と専門性の高い人材が集まる構造になっている。

大学発ベンチャーが得意とする領域は、大企業が扱いにくい、高度でニッチな技術領域である。例えば、生体信号処理、高周波解析、光学デバイス、医療機器レベルの精密製造などは、まさに大学発ベンチャーが強みを発揮する領域である。LSG、PhytoCore、PSM のような装置は、大量生産よりも小ロット高精度製造が向いているため、大学発ベンチャーとの相性が非常に良い。

さらに、大学発ベンチャーの増加には、政府の支援制度が大きく関与している。助成金や外部資金の拡充、大学との共同研究の推進、インキュベーション施設の整備などが進められており、大学発ベンチャーが生まれやすい環境が整いつつある。なお、インキュベーション施設とは、「Incubation」には元々「孵化(卵をかえすこと)」という意味があり、生まれたばかりの企業(卵)を、一人前に育てて社会へ送り出す場所を指している。

LSG、PhytoCore、PSM は、複数の高度技術を統合した装置であり、量産できる企業は限られている。大学発ベンチャーは、高度な専門性、小ロット高精度製造、大学との共同研究体制、博士号取得者の多さといった特徴を持つため、あかりが創り出した装置群を量産できる数少ない候補となる。そのため、あかりは大学発ベンチャー企業を中心に、量産化の体制を整えていくことにしたのである。

◆ あかりが作った装置の量産計画
あかりは、大学のキャンパス内に入っているベンチャー企業約30社のうち、最も可能性の高いと考えられるNeuroSilk Engineering(ニューロシルク・エンジニアリング)を訪れた。この会社は、同大学の工学部から派生した技術系ベンチャーであり、生体の信号や光学系など、既存の工学では扱いきれない境界領域の解析に強みを持つことで知られていた。また、かつて M‑HIM の光環境モジュールの一部に技術協力した経歴を持っていた。

あかりが訪れると、若い女性社員が応接エリアに案内してくれた。間もなく、仕切りの向こうから一人の男性が姿を見せた。四十代前半ほどの落ち着いた雰囲気で、技術者らしいシンプルなジャケット姿であった。

「水瀬さん。お会いできて光栄です。私は、代表を務めております、榊原と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ。お時間をいただき、ありがとうございます」

「水瀬さんのことは、M-HIM の件で以前に少し関わらせていただいた際、その開発者であることを伺っておりました。ただ、そのときは別の者が窓口になっておりましたので、私自身がお目にかかるのは今日が初めてになります」

「そうだったんですね。よろしくお願いします」

あかりが微笑んでお辞儀をすると、榊原は少し照れたように、深めに頭を下げた。

あかりは、持ってきた3つの装置――LSG、PhytoCore、PSM を机の上にそっと並べた。
「これ、私が自作した試作機なんです。量産を考えていまして……今日は、そのご相談で伺いました」

榊原は、まるで未知の生物を観察するような眼差しで、机上の装置を眺めた。
「……これが… 試作機ですか…。凄い完成度ですね……」

「ありがとうございます。ただ、図面は無いんです。私は図面無しで組み上げていくものですから……」

次に、あかりは、それぞれの装置の役割と動作の概要を簡潔に説明していった。

榊原は黙って頷きながら聞いていたが、その内容は既存の知識レベルを遥かに超えていたため、理解するには至らなかった。そして、次のように思った。
(……あのM-HIMを開発した人… 特に…地上にいながら0.38Gを体感できる仕組みを考え出すなんて…普通は誰も思いつかないアプローチ…。 ……そのような方が、うちの会社を選んでくれた…)

あかりは、自分が説明しているときの、榊原の目の動き、表情、相槌の打ち方、仕草などから、その理解度を確実に捉えた。
(……すぐに理解できるはずは無いし、理解してもらう必要もない。ただ、多くの人に渡せるだけの数を作ってほしい…)

榊原は、まず、LSGをそっと持ち上げた。重さを確かめ、素材を指で軽く叩いた。
「少し、中を見せていただいてもいいですか?」

「はい、もちろんです」
あかりは、LSGの上面のカバーを外した。

榊原は、内部の配線や素子の並びを追いながら、しばらく見入ってしまった。
(……この装置で… …生命信号というものを作り出し… 下面から放射する…。もちろん、分解してみなければ、使われている部品は解らないが… しかし、どうやってそれを実現しているのか…)

しばらくして、榊原は顔を上げた。
「……これと同じものを作るという場合… うちのメンバーで中を確認させていただいて、解らなかった部分は、あとで質問させていただくことになるかも知れません」

「はい、ご質問をいただけば、その都度お答えさせていただきます」

榊原は、今度はPhytoCoreに視線を向けた。そして、装置の外装をそっと撫で、重さを確かめ、素材を指で軽く叩いた。
「こちらも……中を見せていただいてよろしいですか?」

「はい、どうぞ」
あかりは、PhytoCore の上面カバーを外した。
内部には、複数の小型カートリッジ、微細な流路、そして揮発成分を制御するための素子が並んでいた。

榊原は、しばらく見入ってしまった。
(……揮発成分を……この流路で…… いや、どういう順番で拡散させているのか…… 素材の組み合わせも……一般的な化学工学の常識とは違う…… でも……破綻していない……)

しばらくして、榊原は顔を上げた。
「……水瀬さん… こちらも、原理を理解することは私たちには難しそうです……」

あかりは静かに頷いた。
「はい。理解していただく必要はありません。同じ部品を同じように組み上げていただければ、同じ動作になります。ただ、揮発成分の流路の調整が必要な箇所だけは、後でお伝えします」

榊原は安堵したように息を吐いた。
「……ありがとうございます。では、こちらも分解して構造を把握し、必要な部分があれば質問させていただきます」

あかりは微笑んだ。
「はい。必要なことは、すべてお答えします」

榊原は、最後に PSM に手を伸ばした。装置の外装をそっと持ち上げ、重さを確かめ、光学系が収められている部分に指先を添えた。
「こちらも……中を拝見してよろしいでしょうか」

「どうぞ」
あかりは、PSM の光学ユニットのカバーを外した。

内部には、複数の微細レンズ、光路制御素子、そして揺らぎを再構成するための小型モジュールが静かに並んでいた。

榊原は、息を飲んだ。
(……光学系…… レンズの配置が……一般的な光学機器とは違う…… でも…破綻していない…… どうやって…揺らぎを再構成しているんだ……)

しばらくして、榊原はゆっくりと顔を上げた。
「……水瀬さん…… こちらも、原理を私たちが理解するのは難しそうですが… 同じものを作るという意味では、分解して構造を把握すれば、再現は可能だと思います」

あかりは頷いた。
「はい。光学系は、部品の配置と角度が重要です。そこだけは、後で細かくお伝えします。それ以外は、同じ部品を同じように組んでいただければ大丈夫です」

榊原は深く息を吸った。
「……ありがとうございます。では、こちらも図面化に必要な部分だけ、後ほど質問させていただきます」

あかりは静かに微笑んだ。
「はい。必要なことは、すべてお伝えします」

「よろしくお願いします」
榊原はPSMをそっと机に戻し、深く息を吸った。
そして、思った。
(……分解させていただいて、これらの装置の原理や仕組みが理解できれば、当社にとって大きな躍進になるはずだ。絶対に引き受けなければ…)

「ところで、生産数については、どのようなご意向でしょうか…」

「はい。今のところは、具体的な数字はありません。量産の可否にもよりますし…」

「そりゃそうですよね。では、最初は品質最優先で進めていきましょう」

二人は笑顔で頷いた。そして、軽く握手を交わした。その瞬間、LSG、PhytoCore、PSMは、子どもから高齢者まで、多くの人の能力を伸ばし、機能低下を防ぎ、人生を豊かにする装置として、量産体制のスタートが切られることになった。

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