私たちは、年齢を重ねることによって、一般的には体の柔軟性が乏しくなっていきます。例えば、前屈し難くなったり、腕が後ろまで回らなくなったりなど、「体が硬くなっていく」ことになります。併せて、肩が凝る、腰が重い、姿勢が崩れる、動きがぎこちない、などの自覚症状が増えていくことになります。例えば、歩く姿を見て、若者が歩いているのか、高齢者が歩いているのか、遠目からでも、おおよその年齢が推測できる理由はここにあります。
このような現象は、単なる〝加齢〟として片づけられがちですが、実はもっと根本的な原因があるわけです。それが、今回のテーマにします〝筋膜(myofascia)の滑走性低下〟です。
では、〝筋膜〟とは何なのかということですが、基本的には字のごとく、筋肉の内部や周囲に存在する複数種類の膜のことです。具体的には、添付しました図(高画質PDFはこちら)の左上図に示されていますように、複数の種類に分けられています。
なお、〝筋膜〟の種類と名称は、対応する英語との関係で、特に日本では少々の混乱が生じています。例えば、「筋膜は、筋肉だけでなくて骨や血管や内臓など、全身のあらゆる組織を包み込んで支える、薄くて丈夫な結合組織の膜のことを…」などという説明がWeb上に広がっています。このような解釈をすると、「じゃ、なぜそれを「筋膜」と呼ぶの?おかしいんじゃないですか?」という疑問が生じます。従いまして、私がこの場を借りて、それを修正しておきたいと思います。
まず、誤解が生じていない最も内側の筋膜から見ていくことにします。それは、〝筋内膜(きんないまく;Endomysium)〟です。この膜が包む対象は、1本1本の筋細胞(筋線維)です。また、この膜の特徴は、最も細かく、深い層にある膜であり、毛細血管や神経が通っており、個々の筋細胞を保護しながら、必要な栄養を届ける隙間を作っています。
次は、〝筋周膜(きんしゅうまく;Perimysium)〟です。この膜が包む対象は、数十本の筋線維が束になった〝筋線維束(きんせんいそく)〟です。また、この膜の特徴は、中間の層にある膜であり、筋肉の中に「小分けの仕切り」を作ることで、筋肉が大きな塊として機能できるように調整しているものです。
その外側にあって、筋肉全体を被うのが〝筋外膜(きんがいまく;Epimysium)〟です。この膜が包む対象は、前述のように、筋肉全体です。また、この膜の特徴は、筋肉の最も表面にある膜であり、筋肉の形を維持し、隣接する他の筋肉との摩擦を減らしてスムーズな動きを支えることです。なお、この筋外膜が筋肉の末端で集約されると、それが「腱」になります。
次に、最も混乱を生じている種類の筋膜の話なのですが、それが〝深筋膜(しんきんまく;Deep fascia)〟です。多くのイラストでは、この膜が筋外膜の外側に、まるで別の膜として描かれています。しかし、実際の解剖学的構造は、そのような二重構造ではありません。筋外膜のコラーゲン線維は、そのまま深筋膜へと“移行しながら連続”しており、明確な境界は存在しません。筋肉の表面では〝筋外膜〟として機能し、筋間や広範囲の張力伝達が必要な領域では〝深筋膜〟として機能しています。
また、〝深筋膜〟の英語表記である〝Deep fascia〟が日本に入ってきた際に、「fascia=筋膜」と解釈されてしまったことも混乱の原因になっています。その結果、カタカナで「ファシア」という表現も使われ始め、「ファシア=筋膜」という理解が広く浸透していきました。しかし、本来の「fascia(ファシア)」は、筋膜だけを指す言葉ではありません。原義としては、全身に広がる線維性結合組織のネットワークを意味しており、骨膜・腱・靭帯・神経膜・血管周囲の膜・内臓膜なども含む、非常に広い概念です。ところが日本では「筋膜は筋肉だけでなく、骨や血管や内臓など全身のあらゆる組織を包み込んで支える膜である」といった説明がされるようになり、「それなら、なぜそれを“筋膜”と呼ぶのか?」という疑問を生む結果となりました。これは、fascia(広義)と myofascia(筋膜:狭義)を区別しないまま翻訳したことによる混乱です。従いまして、英語表記におきましても、筋肉の周囲に存在し、筋外膜(epimysium)と連続する〝深筋膜〟を指したいのであれば、正確には〝myofascial deep fascia〟と書くことで、こうした誤解を避けることができると考えています。
もう一つだけ…。この深筋膜につきましては、後述において話題の中心になりますので詳し目に紹介しているのですが、深筋膜は3つのコラーゲン層が異なる方向に走行した複層構造になっていて、その層間をヒアルロン酸に富んだ疎性結合組織が挟まれた“多層構造”になっているということです。また、他の種類の筋膜も、同様に多層構造になっていると考えられています。
筋膜の種類で最後の紹介になる〝浅筋膜(せんきんまく;Superficial fascia)についてですが、この膜は、皮膚(真皮)のすぐ下にある皮下脂肪の中に存在します。この膜の特徴は、脂肪組織を包み込み、皮膚を下層の組織に緩やかに繋ぎ止めている、薄い膜状のネットワークです。全身の皮膚が滑らかに動き、衝撃を吸収するためのクッションのような役割を担っています。
もう一段掘り下げるならば、次のようなことが言えます。解剖学書では浅筋膜と深筋膜とを完全に分けていますが、実際の生体では境界は曖昧で、連続的に繋がる張力ネットワークとして機能しています。今回はその詳細には触れませんが、浅筋膜は外界の情報を受け取り、深筋膜はその情報を身体の力学へ翻訳するという、環境と身体をつなぐ〝連続した情報ネットワーク〟だということが出来ます。
では、〝筋膜〟というものの概略が分かったところで、タイトルに挙げました「身体の老化の正体は〝筋膜の滑走性低下〟だった ─その最大原因はヒアルロン酸の物性変化である」について話を進めて行くことにします。
そもそも、老化によって体が硬くなるという現象は、生物学的に見れば、次のような変化の総合的な結果として生じるものです。即ち、コラーゲンの架橋(AGEs・カルバミル化)、水分量の低下、結合組織の乾燥・硬化、神経伝達の低下、代謝の低下などです。そして、これらはすべて 〝滑らかに動けなくなる〟 という現象に収束することになります。即ち、老化とは〝滑走性の喪失〟だと言うことが出来ます。そして、滑走性を生み出す構造物が〝筋膜〟なのです。
各種の筋膜の概略を既に紹介しましたが、それらの筋膜は単なる「筋肉の包み」ではありません。筋膜の種類を限定せずに総合的に言うならば、姿勢を保つ・動作の効率を決める・力の伝達を最適化する・神経・血管・リンパの通り道になる・身体の「張力バランス」を調整する、などのことを担当していることになります。そのため、その機能が低下すると、冒頭に書きましたように、体が硬くなり、肩が凝る、腰が重い、姿勢が崩れる、動きがぎこちない、などの自覚症状が増えていくことになるわけです。
では、その筋膜の機能低下とは、実際には何がどうなっているのか…ということなのですが、おおよそ、どの種類の筋膜も多層構造になっていて、層と層の間にはヒアルロン酸(HA)を含む〝滑走層〟が存在します。そして、この滑走層がスムーズに滑ることで、筋肉や関節が自由に動けるようになるわけです。
ヒアルロン酸の話は後述することにして、「おおよそ、どの種類の筋膜も多層構造に…」と言いましたが、臨床的に問題の生じやすい筋膜を特定することができます。そのポイントは、添付しました図の左下に挙げた表にまとめています。それをここにも書いておきますが、★の数が多いほど問題になり易いことを示しています。
● 深筋膜 × 筋外膜の滑走性低下 ★★★★★ → 肩こり・腰痛・首の張り・慢性痛の主犯格
● 筋周膜レベルの滑走性低下 ★★★★☆ → トリガーポイント(押すと痛い点)の形成
● 深筋膜の乾燥・硬化 ★★★★☆ → 姿勢の崩れ・動作の硬さ・疲労感
● 筋内膜の微細滑走性低下 ★★☆☆☆ → 筋肉の伸びにくさ・パフォーマンス低下
といったところです。概して言うならば、筋膜の滑走性が低下すると、身体は一気に〝老化した身体〟へと変わってしまうということです。
では、ヒアルロン酸の話に移りますが、どの筋膜も多層構造になっていて、その層間にヒアルロン酸の層が存在しているのは上述のとおりです。添付しました図の右側の図には深筋膜の例が描かれていて、この図にはヒアルロン酸の層が1層だけ描かれていますが、実際には2層のことが多いとの報告があります。そして、機能低下を起こした深筋膜中のヒアルロン酸の分子鎖が細切れになっている(分子鎖が短く、断片化している)様子が描かれています。このようになると、ヒアルロン酸は潤滑ではなく接着性となり、滑走性が大いに低下することになるわけです。
このように、筋膜の層内に存在して滑走性を与えているヒアルロン酸の分子が細切れになることで、体の柔軟性が乏しくなり、前屈し難くなったり、腕が後ろまで回らなくなったり、肩が凝ったり、腰が重く感じたり、姿勢が崩れたりる、動きがぎこちなくなったり、いかにも高齢者だという歩き方になったりするわけです。
では、筋膜に存在するヒアルロン酸の分子は、どのような場合に細切れになってしまうのでしょうか…。それは、次のような場合です。酸化ストレスやpHの低下(疲労・ストレスが主な原因)、温度低下(冷えが主な原因)、動かない時間が長い(デスクワークなどが原因)、水分不足、過度な負荷、老化による生理的な短鎖化(fragmentation)、Fasciacytes(HA産生細胞)の機能低下、などを挙げることができます。
では、その対策として、どのようなことをすればヒアルロン酸(HA)の性状を良好に保てるのでしょうか…。今回は、日常的に誰もができる行動面での5つの対策を、箇条書きにて紹介しておきます。
① 過度の精神的ストレスを避ける:酸化ストレスやpH低下によるヒアルロン酸の変性を防ぐことができます。
② 温熱(40℃前後)を与える:HAは40℃付近で粘性が低下し、滑走性が改善します。入浴や、軽い運動が最適です。
③ 体をゆっくり大き動かす(太極拳的な動き):急激な動きより、ゆっくり大きく動かすほうがHAが分散します。
④ 軽いストレッチを行う:強いストレッチは逆効果です。気持ちがよいと感じる範囲が最も効果的です。
⑤ 過度な圧を避ける:強圧の「筋膜リリース」は逆効果になることがあります。筋膜は、優しく扱うほど若返る組織だと言われています。
⑥ 長時間にわたる同じ姿勢を避ける:30分に一度、軽く動くだけで滑走性が保たれます。
以上のように、身体の老化は、ヒアルロン酸の物性変化によって筋膜の滑走性が失われることが主原因だということになります。行動面での日常的な対策としましては、上述しました6つのことが有効ですので、心掛けるようにしていただければと思います。なお、栄養素や機能性成分による対策については、次回に紹介させていただく予定をしております。
