森林浴でα-ピネンを吸えば病気知らず

森林浴でα-ピネンを吸えば病気知らず

 春から夏にかけて気温がどんどん高まっていく時期に、森林の木々からの揮発性物質の発散量もどんどんと増えていきます。樹種にもよりますが、その発散量のピークは6~7月頃になります。なお、スギやヒノキなどの常緑針葉樹の森林であれば、冬場でもピーク時の6~7割ほどの発散量になりますので、そのような森林での森林浴ならば、1年じゅう可能だということになります。ただ、花粉に反応する人は、春は極めて厳しい季節になりますから、その時期を避けてお出かけください。

 どのような物質が発散されるのかというと、掲載した図(高画質PDFはこちら)の中央右寄りの表に一覧が載せられていますので、ご参照ください。ポイントのみをごく簡単に紹介しておきますと、スギの森林の場合は、α-ピネン(α-pinene)という物質が格段に高濃度に存在しています。或いは、ヒノキの森林の場合も、α-ピネンが格段に高濃度に存在しています。一方、アカマツの森林の場合は、α-テルピネンという物質が最も高濃度に存在していますが、次にはα-ピネンが多く存在しています。これらはいずれも〝モノテルペン〟と呼ばれる種類の物質に該当します。

 日本の場合、地域や地形によって植生は様々ですが、平均的に見てみるならば、本来ならば広葉樹の森が多いはずです。しかし、建築資材にするためのスギやヒノキが植林され、多くの面積を占めるようになりました。それによって、花粉症が増えたり、生物多様性が失われたりなどのデメリットが顕在化したわけですが、せめてもの救いが、α-ピネンなどの揮発性物質が増えたことです。こうなったら、その恩恵を目いっぱい受けたい…、と思わずにはいられません。

 このような揮発性物質は、一般には〝フィトンチッド〟と呼ばれて広く知られるようになりました。「森林浴=フィトンチッドを吸い込む」という感じです。「フィトン」は「植物」の意味で、「チッド」は「(病害菌や昆虫を)殺す」という意味で、1930年ごろに命名されたそうです。
 また、〝精油(エッセンシャルオイル;essential oil)〟と呼ばれることもありますが、こちらのほうが意味する範囲が広く、精油のうち森林の中に漂うものを〝フィトンチッド〟と言う、という感じになります。
 或いは、学術的には〝BVOC(Biogenic Volatile Organic Compounds;生物起源揮発性有機化合物)〟と呼ばれることが多くなっています。

 α-ピネンをはじめとする揮発性物質を、スギ、ヒノキ、マツなどの木々が発散する理由は、上述のように、病害菌や昆虫を寄せ付けないようにすることと、植物同士のコミュニケーション・ツールとしても役立っていることです。
 後者の場合、他の植物個体が周囲に漂ってきたα-ピネンを感知すると、近くに病害菌や昆虫が増えてきたのだと判断し、自らも応戦のために防衛物質の濃度を高める…、という感じのコミュニケーションです。

 そのような物質が、なぜ人に好ましい生理的作用をもたらすのでしょうか…。これは、このブログにて度々申し上げることなのですが、そのような揮発性物質が存在する環境中で生活することが当たり前の体になってしまったからだと考えられます。
 即ち、この話は各種のビタミンと似ていて、本来は、例えばα-ピネンが存在していなくても健康に生活できる体であったと思われます。しかし、α-ピネンが当たり前に存在する環境中で何千年も生活し、世代交代を繰り返すうちに、α-ピネンに依存しなければ健康が保てない体になってしまったのだと考えられるわけです。

 掲載した図において、左下の図(血管弛緩作用)の論文の著者が「住宅が緑地に近接していることが、全死因および心血管死亡のリスク低下と関連していることを示しています(和訳)」と書いています。そして、それらのリスクを低下させている最大要因がα-ピネンであろうと予想し、α-ピネンの作用について検証されたわけです。その結果、図に示されているような作用を示すことが確認されました。
 一言で言えば、α-ピネンを投与すると、その代謝産物であるミルテノールとベルベノールと相まって血管内皮細胞に作用し、一酸化窒素(NO)の産生を促し、血管弛緩作用を示す、ということです。このNOによる血管弛緩作用は、血流、血圧、血栓症を調節することになり、総合的には心血管系疾患による死亡のリスクを低下させる、ということになります。

 α-ピネンには、他にも次のような作用が確認されています。下段中央の図は、α-ピネンが虚血性脳障害を防ぐことと、その機序が描かれています。即ち、α-ピネンは抗炎症作用を示すと共に神経保護作用を示し、それによって血性脳障害が防がれる、ということです。
 また、右下の図は、α-ピネンが抗がん作用を示す機序が描かれたものなのですが、α-ピネンがNK(ナチュラルキラー)細胞を活性化することによって、抗がん作用を示すということです。
 他にも、α-ピネンは、統合失調症の改善、記憶力や集中力などの脳力向上、睡眠の質の向上などの作用を示すことが確認されています。

 一般に言われています〝森林浴〟というのは、α-ピネンが主要成分になるわけですが、その他にも表に挙げられている沢山の揮発成分との混合物を吸うことになります。そして、最も即効性のある効果としてストレスの軽減を挙げることができます。左上のグラフは、森林浴の前後における唾液中のコルチゾール濃度の変化が示されています。
 森林散策にて森林浴をした直後には、コルチゾール濃度が低下し、ストレスが軽減されたことを示しています。そして、その効果は翌日も同程度に維持され、翌々日にもまだ効果が残っています。

 TV番組の「ポツンと一軒家」によく出てくる光景は、広大な森林に囲まれた一軒家です。そこにお住いの人は、1年じゅう毎日、森林浴をし、α-ピネンを継続的に吸い込んでいるわけですから、例え過酷な農作業をしていてもストレスは大いに軽減され、心血管系疾患、虚血性脳疾患、がん、統合失調症などの精神科の病気、などが防がれます。また、既に罹患している人が移り住んだ場合、その疾患が治癒してしまいます。
 私たちは、森林を取り去って都市を作ることをしてきたわけですが、それによって上記のような病気が増えるのは当然の結果でしょう。いくらビタミンなどの栄養素を補給したところで、根本解決にはなりません。都市部に住む人は、時間が許す限り、森林へと向かわれることを期待いたします。また、『ケルセチンは松葉からも摂れる』の中に書きましたように、松葉からもα-ピネンを摂ることができますので、大いにご利用ください。

 
タイトルとURLをコピーしました