教授会に激震が走った――大学への飛び入学が可決される

教授会に激震が走った――大学への飛び入学が可決される
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佐伯みのり
◆ 第17話 ── 佐野教授による報告と提案

夜の研究棟は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。廊下の照明は半分だけが点灯し、白い床に淡い光が落ちていた。
佐野教授は、手にした分厚いファイルを見つめながら、生体物理学研究室の内線番号を押した。コール音が二度鳴ったところで、落ち着いた声が受話器の向こうから聞こえてきた。
「──はい、高原です」

「佐野です。今、お時間よろしいでしょうか…。例の“高校生”の件で… 分析結果がまとまりました」

内線の向こうで、一瞬の沈黙があった。その後、わずかに驚いたような声が返ってくる。
「……そうですか。もう結果が出たんですね…。私は研究室にいますので、どうぞ来てください」

「では、すぐに伺います」

受話器を置くと、佐野教授は深く息を吸い、分厚いファイルを抱えて静かな廊下を歩き始めた。
生体物理学研究室のドアの前に立つと、中から機器の低い駆動音がかすかに聞こえた。ノックをすると、「どうぞ」と高原教授の声。

扉を開けると、高原教授は、机に広げた資料から顔を上げた。
「佐野先生。遅くまで本当にご苦労さまです。 …どうでしたか?」

佐野教授は、机の上に分厚いファイルをそっと置き、深く息を整えてから話し始めた。

◆ 佐野教授の報告
「高原先生…。まず……脳波計の結果からお伝えします」

高原教授は、椅子に座り直し、静かに頷いた。

「脳波ですが…… 一般的にはまず見られない“高周波成分の同期”が確認されました。しかも、外部刺激なしで、です」

高原教授の眉がわずかに動く。
「外部刺激なしで……同期?」

「はい。脳の複数領域が、まるで“同じテンポで動いている”ような状態でした。これは、通常の神経伝達速度では説明がつきません」

高原教授は、腕を組んだまま黙り込んだ。
佐野教授は、ファイルの別ページを開きながら、声のトーンを落とした。
「……しかし、脳波以上に重要なことがあります…」

高原教授が顔を上げる。

「佐伯さんには、脳波測定中に“集中状態”を作るため、大学の授業でも使う物理の基礎問題を渡しました。本来なら……物理学専攻の大学生が、15分から20分ぐらいかけて取り組むレベルの問題です」

「……それで?」
佐野教授は、問題用紙、解答用紙、途中のメモに使われた計算用紙を机の上に置いた。
「2分です。佐伯さんは、わずか2分で全問を解き終えました。しかも、すべて正解です」

高原教授の目が大きく開き、食い入るように3枚の用紙を見た。
「……2分? この問題を……?  たったの2分で…」

「はい。しかも、計算過程を見れば分かりますが…… 途中の式がいくつも飛んでいるんです。普通の人間なら必ず書くべき中間式が、脳内で勝手に処理されているんだと思います」

高原教授は、しばらく言葉を失った。
「……つまり、思考そのものが……常人とは違う?」

「そうです。脳波計の異常よりも、たったの2分で、この問題を完璧に解いたという事実のほうが、今回の最大の衝撃です」

佐野教授は、次に、MEGのログを開きながら続けた。
「そして……MEGです。こちらは、脳波よりもさらに説明がつきません」

高原教授は、息を呑むように身を乗り出した。

「視覚化ネットワークと数量処理領域が、同時に活性化していました。本来なら“交互”に働く領域です」

「同時に……」

「はい。さらに、脳幹から皮質への信号が“基準振動子”のように働き、脳全体のリズムを整えていました。これは…人間の脳では、ほとんど報告がありません」

高原教授は、深く息を吐いた。
「……つまり、脳の“構造”そのものが違う可能性があると?」

「その通りです。脳波、MEG、そして、2分で物理の問題を解いた事実…。これらを総合すると…… 佐伯さんの脳は、通常の人間の枠組みでは説明できません」

高原教授は、しばらく目を閉じたが、悟ったように頷いた。
「……分かりました。これは……確かに… ただ事ではない…」

研究室の空気が、静かに、しかし確実に変わった。

◆ 佐野教授が本音を打ち明ける
佐野教授は、ファイルを閉じたあと、しばらく黙っていた。その沈黙には、言葉を選んでいる気配があった。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……高原先生。ここから先は、研究者としてではなく…… “佐野個人”としての意見になりますが…」

高原教授は、静かに頷いた。その表情には、長年の研究仲間に向ける信頼があった。
佐野教授は、深く息を吸い、言葉を続けた。
「佐伯さんは… 今高校2年生ですが、3年生が終わるまで高校に置いておくような存在ではありません。あの脳は… 大学生レベルどころか…… 今までに天才と言われてきた人のような動作をしているように思えます」

高原教授の目が、わずかに細くなる。
「……確かに… 信じられないことばかりが起こっている…。……佐野先生、私もそう思いますよ」

「はい。どれを取っても、常識の範囲を超えています。これは……単に才能という言葉では片づけられません」

高原教授は、深く息を吐いた。
「……つまり、佐野先生は…… 佐伯さんを“研究対象として迎えたい”…と?」

佐野教授は、迷いなく頷いた。
「はい。彼女の脳を理解するには、大学の環境が必要です。 それに、高校の授業のレベルでは、彼女の成長を止めてしまう可能性も考えられます。それは……彼女自身にとっても不幸です」

高原教授は、腕を組んだまま、しばらく黙り込んだ。その沈黙は、重く、しかし前向きなものだった。
「……飛び入学…か…」

「ええ。文科省の制度を使えば可能です。佐伯さんは、条件を満たすどころか、溢れています。むしろ……この制度は、彼女のような人のためにあると言ってもいいでしょう」

佐野教授は、少しだけ声を落とした。
「高原先生…… 私は、彼女を“守りたい”んです。研究対象としてだけではなく……彼女の才能が、正しく育つ場所に置いてあげたい。高校という枠では、彼女はやがて孤立してしまうかもしれません。それによって、押しつぶされてしまう可能性もあるでしょう」

高原教授は静かに目を閉じた。そして、ゆっくりと開き、佐野教授を見た。
「……分かった。佐野先生の気持ちは、よく分かりました。教授会で……私も全力で支えますよ」

佐野教授は、ほっとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます。高原先生がそう言ってくれると……心強いです」

二人の教授の間に、静かな決意が流れた。
「……佐伯さんは、未来だよ。あの子を……正しい場所へ導こう」

「ええ。私たちの責任ですね」

研究室の空気が確実に変わった。“未知の才能をどう守り、どう育てるか”──その使命を、二人の教授が共有した瞬間だった。

◆ 教授会の緊急招集――佐野教授のプレゼンテーション
翌日の午後――大学本部棟の最上階にある大会議室には、理学、工学、情報科学、神経科学、医学などの、主に理系分野を代表する数十名の教授たちが次々と集まった。

「……佐野先生が“緊急”と言うなんて珍しいな」
「高校生のデータで教授会? 前代未聞だぞ」
「何が起きているんだ……?」
ざわつく空気の中、高原教授と佐野教授も、分厚い資料を抱えて入室した。会議室の空気が、一瞬で静まる。

議長の老教授が口を開いた。
「本日の議題は… “佐伯みのりさん(高校2年生)の脳活動について” です。では、佐野先生、高原先生、説明をお願いします」

佐野教授は、ゆっくりと前に出た。
「……まず最初に申し上げます。今回の件は、単なる“興味深いデータ”ではありません。人類史に残る可能性がある現象です」

会議室の空気が、わずかにどよめいた。

佐野教授は、スライドを使って説明を始めた。
「こちらが、佐伯みのりという生徒さんの、脳波計の結果です。一般的にはまず見られない“高周波成分の同期”が確認されました。しかも、外部刺激なしで、です」

医学系の教授が眉をひそめる。
「……同期? 自発的に?」

「はい。複数領域が“同じテンポ”で動いていました。通常の神経伝達速度では説明できません」

会議室に、低いざわめきが広がった。

佐野教授は、次のスライドを映した。
「しかし──脳波以上に重要な事実があります」

会議室の視線が一斉に集まる。

「これは、脳波測定中に、集中状態を作るために佐伯さんに手渡した、大学の授業でも使う物理の基礎問題です。物理学専攻の大学生が15〜20分かけて解くレベルの問題です。高校2年生の佐伯さんに解いてもらえるような、適当なレベルの問題が手元にありませんでしたので、解けないことを承知の上で、うちの研究室の大学院生が佐伯さんに手渡してくれました」

工学系の教授が頷く。
「…確かに、この問題は簡単ではない」

佐野教授は、次に、みのりが書いた解答用紙をスライドに映した。
「これは、佐伯さんが書いた解答です。さらに驚くべきことは、これが出来上がったのが、問題を手渡してから2分後だったのです。しかも、全問正解です」

会議室全体に強い衝撃が走った。そして、ざわついた。
「……2分?」
「嘘だろ……」
「あの問題を……?」
「ありえない……」
ざわめきが広がったあと、誰もが言葉を失った。

佐野教授は、淡々と続けた。
「次に、彼女が答えを導き出すためにメモ書きした計算用紙の方をお見せします。計算過程を見ていただければ分かると思いますが、式と式の間にあるべき式がいくつも飛んでいます。つまり、脳内での処理が“段階”ではなく“跳躍”している、ということが分かります」

工学系の教授が震える声で言った。
「……確かにそうだ…… いきなり…全然形の違う式に飛んでる… だから速いんだ…」

医学系の教授も続いた。
「それは……思考のパターンそのものが一般人と違うということなのかもしれませんね…」

「その通りです」

佐野教授は、次にMEGのログを映した。
「こちらがMEG、すなわち脳磁図を測定した結果です。視覚化ネットワークと数量処理領域が、同時に活性化していました。さらに、脳幹から皮質への信号が“基準振動子”のように働き、脳全体のリズムを整えていました」

医学系の教授が息を呑む。
「……脳幹が主導… そんなことが起こるものなのですね……」

会議室全体が、まるで別世界の現象を見たような驚嘆で充満した。

◆ 高原教授による補足
ここで、高原教授が前に出て、話を続けた。
「……佐伯みのりさんの異常とも言える兆候は、実は、大学を訪れる前から始まっていました。彼女が通う高校の教室で、測定項目が異なる色々な測定器を、生徒たちに順番に回して測定したところ… 佐伯さんの席に測定器が回ってきた時だけ、全ての測定器の数値が振れたのです。それは誤差レベルの振れなのですが、全測定器で同じ席でのみ振れることは、なかなか理解できない現象だと言えるのです」

情報科学系の教授が目を見開いて言った。
「……外部ノイズでは説明できない…ということですよね…。スマホのような通信機器はほとんどの生徒が持っているでしょうけど、佐伯さんの席だけ全ての測定器が反応することの説明にはならないですし…」

「はい。“場所依存”か“人物依存”かは断定できませんが、外部ノイズでは説明できない偏りがあるのは確かです」

神経科学系の教授が静かに言った。
「……もう、普通ではあり得ないことばかりが、その佐伯さんを中心に起こっているということですよね…」

◆ 佐野教授からの提案
佐野教授は、会議室全体を見渡し、静かに言った。
「……以上が、佐伯さんの脳に関する現時点での報告です。そして──ここからが本題です」

会議室が静まり返る。

「佐伯みのりさんを、“研究対象”として迎えたい、と考える次第です。また、“飛び入学”の制度を活用したいと思っているのですが、いかかでございますでしょうか…」

会議室に、再びざわめきが走る。
「飛び入学……」
「佐伯さんは高校2年生だからか……」
「確かに… あの物理の問題を2分で解答するとは… 既に大学生のレベルを超えている……」

佐野教授は、はっきりと言った。
「彼女は、高校に置いておくべき存在ではありません。せっかくの才能が、潰されてしまう可能性もあります。従いまして、大学に招き入れて、彼女に合った環境で育てるべきだと思うのです」

高原教授も頷いた。
「私も同意します。佐伯さんは……未来です。うちの大学が責任を持って受け入れるべきです」

◆ 教授会の決定
議長が、静かに口を開いた。
「……異議のある方は?」

誰も手を挙げなかった。

「では──佐伯みのりさんの受け入れ方や、飛び入学について、正式に検討を開始します。本日は、ありがとうございました」

会議室の空気が、ゆっくりと変わっていった。“未知の才能をどう守り、どう育てるか”その使命を、大学全体が共有した瞬間だった。

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