腰椎の回旋限界角度は非常に小さいことに注意しましょう

昔の日本人は、腰を痛めないように、太くて頑丈な帯で、腰から胸まで締め上げていた。

 和服(着物)の帯は、きつい労働の場合に腰を守ってくれる、非常に優れたものであると言えます。また、和服そのものも伸縮性が殆どありませんから、それも相乗効果を発揮してくれます。「和服は窮屈で身動きが取れない…」といったデメリットを挙げることも出来るでしょうが、そのお陰で腰が守られる、ということになります。
 では、少し具体的に見ていくことにしましょう。例えば、和服姿で後ろを振り返ろうとする場合、腰から肩までが和服(と帯)によってほぼ固定されている状態ですので、上半身を捻じる(ねじる)ことはほぼ不可能です。そのため、後ろを振り返ろうとすると、まずは首を回旋すること(解剖学用語で、長軸を中心として回転すること)になりますが、首だけの回旋可能角度は図(高画質PDFはこちら)の中央上部に計算結果を示しておきましたが、85度前後になります。この角度は、前を向いている状態から首だけを右に捻(ひね)っても、真横さえ向けないという角度です。従いまして、和服にて後ろを振り返ろうとすると、足元から回転させていかなければなりません。

 では、帯を解いて着物を脱ぎ棄てたらどうなるでしょうか…? その場合、上半身の回旋を邪魔していた物が全て取り払われますから、上半身を大いに捻ることが可能になります。そして、重さ(質量)を伴ったものが運動を始めると慣性力が生じますから、その勢いによって過回旋になってしまう可能性が出てくることになります。
 柔軟体操などで「はい、次は、腰を右に捻ってくださ~い」などと呼びかけられることがあるかも知れません。或いは、スポーツにおいては腰を捻る動作が非常に多いと言えます。アスリートの場合、若くして腰痛に悩まされるケースが非常に多く、例えばプロ野球選手では約4割が悩まされていると言われています。また最近では、小学生の頃から腰痛に悩まされるケースが増えてきています。
 スポーツをする上で致し方の無いことかもしれませんが、特に腰椎を回旋させることには非常に大きなリスクが潜んでいることに注意しながら、運動フォームの改善を心掛けることが重要でしょう。

 では、腰椎が可能としている回旋限界角度を見てみることにしましょう。図の左端に、代表的とも言える回旋角度が示された図を引用しました。腰椎は全部で5個の椎骨から成り立っていて、椎骨と椎骨の間には椎間板が挟まっている構造になっています。回旋角度を制限しているのは椎骨の構造で、特に背側は非常に複雑な構造になっていて、上下の椎骨の出っ張り部分が互いに干渉することによって、ある一定の角度以上には回旋しない仕組みになっています。そして、1関節当たりの回旋可能角度は3度前後であり、5関節分では15度程度となります。
 15度というのは、図に示した分度器で赤線を引いた角度で、非常に小さな角度であることが解ります。それ以上に強引に回旋させようとすると、椎骨の出っ張り部分(椎弓)が骨折しなければならないことになります。多くの場合、腰を捻る動作によって何度も出っ張り部分が接触し、余計な力が何度も加わることによって疲労骨折を来します。その代表例が、腰椎分離症と呼ばれるものです。
 
 ヒトの腰椎は、何故このような構造になってしまったのでしょうか…? 先にupした記事『背骨は水中を泳ぐことを前提として設計された』にて紹介したことが一つの理由です。もう一つの理由は、その後に四つ足で歩いていた時期が長かったことを挙げることが出来ます。今、私たちは二本足で立っていたり、椅子に座っていても上半身は立てている状態です。そのため、下半身の向きをそのままにして、上半身を回旋させて横や後ろを向くことがあります。しかし、四つ足の動物はどうでしょうか…? 後ろ足も前足も地面を捉えていますから、体幹が捻じれることは殆どありません。捻る必要性が無いわけです。
 人類が二足歩行になった歴史(何百万年)は、陸上動物の進化(何億年)から見ると、ごく短期間です。腰を捻る動作は当初から想定外であったわけですし、その動作に適応しきれていないわけです。では、将来的に適応できる可能性があるのかと言えば、それは次のようだと考えられます。
 腰椎は胸椎に比べて直径がかなり太くなりました。これは直立二足歩行への適応だと考えられますが、その太い直径の背中側には太い神経が走っています。そして、椎骨が太くなればなるほど、回旋させたときに神経が引き延ばされる量が増えることになります。要するに、回転軸から離れた位置にあるものほど、回旋させたときの移動距離が長くなるわけですから、太い腰椎が少し回旋するだけで神経が大きく引き伸ばされることになります。逆に言えば、比較的細い胸椎や頸椎を同じ角度だけ回旋させても、その背側を走っている神経の伸びは少なくて済むことになります。結局、腰椎の部分の回旋可能角度を増やすことは難しいということになります。

 そのようなわけですので、腰は出来る限り優しく大事に扱うことが、トラブルを避けるために重要になります。冒頭に触れました和服は、見事なまでに腰の弱点をカバーする、非常に優れた衣装であると言えるでしょう。

 
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